母の死
リチャードとバルトがエドガーに弟子入りしてから数年。
バルトも遅まきながら冒険者となり彼らは二人で共に競うように己を鍛え、時には二人で依頼をこなし、いつの間にやらエドラの街で少しばかり注目される冒険者となっていた。
なんといってもSランク冒険者の弟子で、なによりも依頼達成率100%となれば注目されるのも当然だ。
さらに言えば彼らはビジュアルも女性受けが良く、故に他の男性冒険者からは妬まれていた。
「ねえねえ。アンタどっち派?」
「えー? 私はシュタイナー君かなあ」
「理知的でカッコいいよねえ。でも私はネール君がいいなあ」
時折冒険者ギルド内で話される女性冒険者たちの会話である。
そんな話題を耳にするたびに、リチャードに想いを寄せるアイリスは気が気ではなく。
女性冒険者たちに「アンタたち、暇なら模擬戦する?」と絡みに行っていた。
「出た。シュタイナー君狙い筆頭」
「だ、だ、誰がリック狙いかな⁉ ほら、アンタたちこれからクエストでしょ早く行きなさい!」
「マスターが狙ってるんじゃシュタイナー君は諦めるかあ。じゃあマスター、クエスト行ってきまーす」
受付前でそんなやり取りをしているものだから、もちろんクエストを受けに来ていたリチャードの耳にも会話の内容は入ってくるが、彼はアイリスの気持に気が付いていないのか顔色すら変えずにアイリスに「やあ、今日も元気だなアイリス」と声を掛けては受付に向かった。
その後ギルドを出て、クエストに向かうリチャードとバルト。
この時二人は20歳。冒険者としてもAランクとなり、エドガーとの鍛錬も模擬戦だけになっていた。
「なあリック。お前、ギルドマスターの気持に気付いてない訳じゃないよな?」
「……まあ。好いてくれてるのは分かってるが」
「応えてやんねえのか?」
「応えたいさ。俺も彼女の事は好きだからな。でも駄目だ」
「は? なんで」
「俺は人間、彼女はエルフだ。もし気持ちを伝えて結ばれたとして、どうあがいても俺が先に死ぬ。彼女が悲しんで顔を曇らせる事が確定している未来を、俺は選べない」
「っかあ~。難儀な性格だねえお前さんは。真面目が過ぎるぜ? 異種族婚はそんなもんだろうが」
「お前は師匠に似てきたな。でもだめだ俺は彼女を泣かせたくない」
リチャードのアイリスへの気持を聞き、呆れたように肩を竦めるバルト。
しかし、人の恋愛観に口を出せるはずもなく、バルトはそれ以上何も言わなかった。
「明日は休みだよな?」
「ああ。そうだな、俺はソロで依頼を受ける予定にしているが」
「根詰め過ぎじゃねえのか? ……母ちゃんの調子悪いのか?」
「……ああ。良くない」
ここ連日、リチャードはひたすらクエストをこなして金を稼いでいた。
それというのも母親の容体が遂に悪化。数日目覚めないことも珍しくなくなってしまっている。
「俺が、弱いから」
「馬鹿言うなよ。俺達は強いだろ、20歳でAランクなんて珍しいってアルギスも言ってたろ」
実のところ彼らは決して弱い類の人間ではない。
今でも死にそうなほどキツイ鍛錬を行い、師匠と模擬戦でボコボコにされているとはいえ戦えるようになっている。
才能無しの人間にしてはオメェはすげえよ。とは師匠の言葉だ。
それでも、リチャードは自分が許せなかった。
考えが甘かったというのは成長すればするほど身に染みる。
Sランクを超え、EXランクという最強の冒険者を目指す。それがどれだけ無謀な事だったか、強くなればなるほどリチャードは噛み締める事になってしまっていた。
「今でAランク。俺じゃあどれだけ頑張ってもEXランクどころか、Sランクだって」
「おいリック。それ以上抜かすな、ぶん殴るぞ」
「……すまない」
「っち。謝んなよ馬鹿」
こうしてクエストの為に街を出て三日後。
いつものように依頼を完遂し、街に帰還したリチャードとバルト。
バルトは借りている宿へ、リチャードは我が家へと向かう。
だが、どうも様子がおかしい。
リチャードが自宅に近付くにつれ、近所の奥様方が普段通り挨拶を交わしてくれた後、何か言いたげに、それでも何も言わず目を逸らすのだ。
嫌な予感。いや、もはや確信に近い嫌なイメージがリチャードの脳裏に浮かぶ。
気が付けば、リチャードは自宅に向かって駆けていた。
そして、自宅の玄関の扉を壊さんばかりの勢いで開け放って寝室に入った。
「お帰り。リック」
「父さん。母さん大丈夫?」
「……来なさいリック」
寝室の扉を開けてベッドの側に椅子を置いて座っていた父親が静かに寝ている妻を起こさないように息子を呼ぶ。
そんな弱々しい声に引っ張られるようにリチャードは寝室に足を踏み入れるとベッドの側に歩み寄り、ベッドの横に立った。
「昨日息を、引き取ったよ」
「そんな。嘘だろ父さん」
「葬儀は明後日だ。依頼は受けてはいけないよ?」
「父さん!」
「静かにしなさい。母さんがゆっくり眠れないだろう?」
ベッドに眠るようにして亡くなっている母親を見下ろすリチャード。
そこにはクエストに行く当日見た母親の寝顔のままの姿があった。
ただ一つ違うのは、息をすることで上下する胸の動きが一切ない事。
明かりを点けていないので気付かなかったが、明らかに顔色が悪く、生気がない事。
そして、生きていれば感じる事が出来るはずの魔力を一切感じないことが、母親の死を実感させていった。
「リック。今までありがとうな。私がもっと健康であれば共に働けていれば」
「やめろよ父さん。父さんだってがんばったろ。父さんのおかげで生態が解明されて狩りやすくなった魔物も多い。自分を責めないでくれ」
「ああ。そうだな」
この日、母親の死を受け入れる為に、リチャードは母親の亡骸の側で一夜を明かした。
次の日は葬儀の為に準備をし、翌々日、知人や関係者を呼んで母親を教会の墓地に埋葬。
父は最愛の妻を、息子は最愛の母を、天の神々の元へと送ったのだった。