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師匠、エドガーとの出会い

 リチャードがアイリスと出会い、孤児院の業務を手伝うようになってから数日。

 ある日仕事を終え、年端もいかぬ子供たちの元気さに振り回されて疲労困憊で帰ってきたリチャードだったが、そんな疲労も父や母に今日あったことを話してる間は吹き飛んでいるような感覚だった。


「それでさあ。僕が抱っこしても泣き止まないのにシスターが抱っこしたらすぐ泣き止むんだ」


「あらあら。そうなの?」


「ははは。まだリックも子供だからなあ。子供達も安心するとまではいかないんだろう」


 夕食の為にテーブルを囲み、楽しそうに話しているとあっという間に時間は過ぎていく。

 家族と共に過ごす、大切な時間が。


「っう、ゲホ、ゴホ」


 今日突然というわけではなかった。

 リチャードの母は時折この時のように咳き込み、そして口から血を滲ませた。


「いかん! リック水を頼む! 私は薬の用意を」


「う、うん!」


 父に言われた通り、リチャードはキッチンに水を汲みにいく。

 時折起こる母の発作。苦しそうな母を見るたびに、リチャードも自身の心の臓が張り裂けそうな思いだった。

 自分がもっと強ければ、才能があれば、父を助け、金を稼ぎ、母にもっといい薬を、万能薬エリクサーを飲ませてあげられたら。


 そんな思いは悔しさに変換され、その悔しさはいつしか少年の心にある願望を生み出す。


「強くなりたい?」


 その日は偶然、アイリスと一人の男が鍛錬するというので興味本位で他の冒険者に交じって冒険者ギルドの地下鍛錬場へとリチャードは向かった。

 そこで見たのは初めて目にするSランク冒険者としてのアイリスの戦いだった。

 戦いとはいえもちろん鍛錬だ、その手には刃引きされた鍛錬用のショートソードが握られ、相対してる赤茶で長めのボサボサ髪の男はロングソードを肩に担いで腰を深く落としていた。

  

 踊るように連撃を繰り出すアイリス、そんな連撃を体捌きで避け、剣で受けながら隙を見ては反撃する。

  

 長いような短い時間、踊るように戦っていた二人の勝敗はつかず。


 アイリスは満足したように笑い、相手をしていた無精ひげの男は心底不服そうに顔をしかめていた。


 そんな男を尻目に、アイリスは冒険者の隙間からリチャードの姿を見つけて歩み寄っていく。


「やあ少年。今日も依頼かな?」


「そのつもりだったんですけど」


「ん?」


 勝敗はつかなかったが、鍛錬が終わったとみて他の冒険者は解散し、ガラガラになる地下鍛錬場。

 残っているのはアイリスと戦った男とその男のパーティだろうか、数名が鍛錬場で模擬戦を開始していた。


 そんな彼らを見ながら、リチャードはアイリスに胸中を吐露する。

 強くなりたい、誰よりも、冒険者の最高峰であるSランクすら超え、国の頂点であるEXランクになって凶悪な魔物を倒し、金を稼いで、そして母を助けたい、と。


「エリクサー。私の故郷でも確か作ってたけどそうねえ。あれは確かに秘薬だから、買うとなると私でもちょっと無理だわ」


 最近気に入った人間族の少年に、買ってやれるもんなら買ってやりたい。

 そんな事を考えながら、アイリスはため息をつく。

 その横でリチャードは「子供の俺でも分かるよ、とんでもない事言ってるって」と呟きながら鍛錬しているパーティを見やって拳を握った。


「誰だって一人の人間を助ける為に屋敷一つポンと買える金額を出そうとは思わないと思います。だから僕が、俺が強くなるしかない」


 そうか、じゃあ頑張れ。とは、アイリスは軽々しく言う事が出来なかった。

 冒険者に限らず、騎士や軍人、街から出て戦うことのある職業がこの世界でいかに危険かを良く知っているからだ。

 まあ、アイリス本人はそんな世界を旅して回ったこともあるのだが。


「そうね。冒険者たるもの強くあらねばねえ」


「だからマスター、俺を鍛えてくれませんか?」


 冒険者ギルドのギルドマスターたるのも強者でなければならない。それというのも他の冒険者同士のいざこざを時には治めねばならないからだ。

 それが分かっているからこそ、アイリスが強者だと分かっているからこそ、リチャードはアイリスに師事しようとした。

 顔を上げ、横に立つアイリスの眼をまっすぐ見つめるリチャード。


 真剣な眼差しを向けられ、アイリスは思う。


(っつあー! 好みのショタ可愛いー! 魂も綺麗だし裏がない、ああ、私好みに鍛えてつがいにしたーい! 落ち着きなさいアイリス、落ち着け私ぃい!)

「そうね。教えてあげたいのは山々なんだけど、ギルドの運営業務があるし」


「っそ、そう、ですよね。すみません俺みたいな駆け出しが出しゃばって」


(いやー! 落ち込まないでリチャード! くっそー! なんで私ギルドマスターなんて引き受けちゃったんだろう)

「まあそう落ち込まないで、丁度先日長期遠征から帰ってきて退屈してる腕利きがいるから紹介してあげる」

(やだやだ! 私が教えたい! でもアイツなら適任かもしれないしなあ)


 心の中で百面相しながらそれでいて表情に出さず、アイリスは深くため息のような深呼吸を数回繰り返す。

 そして先ほど自らと模擬戦をしていた男の方を見やると「エドガー! ちょっと来てくれ!」と声を上げた。


「あ? なんだよ。一回勝負だったんじゃねえのか?」


「リベンジマッチの誘いではない、これからこの子を鍛えてやってくれんか?」


「はあ? 俺に子守しろってか? ふざけんな、そんなに暇じゃねえよ。それに見た感じ、欠片も才能ねえだろコイツ、加護も持ってねえし。やめとけやめとけ」


「引き受けてくれたら報酬を出すぞ?」


「ほう。いいねえ、じゃあ話は別だ。よし小僧、今日からお前を死ぬほど鍛えてやる。俺はエドガー・リドル、これから俺の事は師匠って呼べよ?」


 伸びっぱなしで整えられていない赤茶色の長髪、剃ってはいるようだが適当にしているのであろう無精ひげ、肉食の獣のようなギラギラした眼光を放つ紺色の瞳。

 背丈にして180㎝ほどのガッチリとした、それでいて太くは見えない鍛えられた体と威圧感。

 そんな男が品定めをするかのようにリチャードを見下ろしたのだった。

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