2人で教会へ
アイリスに半ば引きずられるように、リチャードは街の南に建つ教会へと向かっていった。
晴れ渡る青い空。
流れる白い雲。
爽やかに吹く涼やかな風がアイリスとリチャードの背中を押す。
街中をリチャードの手を引き歩くアイリスは上機嫌だ。
鼻歌混じりでスキップしそうな勢いだが、リチャードは逆に不機嫌、というよりは気まずさに顔を赤くしていた。
それというのもエルフであるアイリスが美人なのに加えて、街を上機嫌で闊歩しているものだから、手を繋いで歩いている二人が道行く人達からの注目を集めていたからだ。
「マスター。なあマスター!」
「あら。どうしたの? 疲れた?」
「違う。手を離してくれ」
「なになに? 恥ずかしいの?」
「べ、別に恥ずかしくなんてねえし。ただ、マスターにあらぬ噂がたつだろ」
「へえ。気にしてくれるんだ。でも大丈夫よ。子供を連れて歩いているだけだもん。誰も勘違いなんてしないし、誰も困らないわよ」
「俺が、困るんだよ!」
繋がれている手をブンブン振り回してリチャードはアイリスから自分の手を離そうとするが、どういう体の構造をしているのか、華奢に見えるとはいえ、リチャードはギルドマスターの手から一切逃れる事が出来なかった。
しかし、あまり新米を困らせるのも可哀想かと考えたアイリスはパッとリチャードの手を離す。
「おわ⁉︎」
急に手を離され、後ろに転びそうになるリチャード。
そんなリチャードの視界からアイリスが消えたかと思うと、背中を誰かに支えられ、リチャードは転倒する事なく体勢を整える。
アイリスが一瞬でリチャードの後ろに回り込んで背中を押したのだ。
「ごめんごめん。困らせるつもりはなかったんだけどね」
「マスターだって恋人とかいるんだろ。変な噂は困るんじゃねえのか?」
「ははは。恋人、恋人ねえ。そうねえ、いたらねえ良かったのにねえ」
リチャードの言葉に、アイリスはガクッと肩を落とし、下を向いてリチャードの横を通り過ぎると教会への道を歩き出す。
エドラの街の冒険者ギルドのギルドマスターは現在、約180歳。
ギルドマスター就任までから今日に至るまで、依頼に狩りに仕事にと忙しく暴れ回っていた為、恋人はいない。
「な、なんかすみません」
「謝らないで! 余計に虚しくなるから!」
気を落としてトボトボ歩くアイリスの後ろを着いて歩くリチャードは、困ったように顔をしかめていた。
気まずい空気のまま2人は途中で街を巡回している馬車に乗り、街の南区の教会を目指す。
その馬車の箱型の荷台の中で、アイリスは気まずい空気を払拭するために口を開いた。
「ねえ。リチャード君」
「なんですか?」
「キミはなんで冒険者になったの?」
「それ、言わなきゃダメですか?」
「いや。まあ言いたくないなら良いけど。せっかくこうやって話す機会が出来たしさあ。ね?」
「別に聞いて楽しい話でもないと思うけど」
隣に座るアイリスにねだられ、リチャードは難病に苦しむ母の為、エリクサーを買うために莫大な金が必要な理由も含めて冒険者になった理由を話し始めた。
そして揺られる馬車の中、リチャードから理由を聞いたアイリスは他の乗客の視線もお構いなしに涙を流す。
「アンタ良い子ねえ〜。冒険者になろうなんて考える男なんて功名心や承認欲求を満たす為だったり冒険者なら楽に金を稼げるって勘違いしてる奴が多いのに。アンタの魂がやたらと綺麗なのはそう言う理由からなのねえ」
「マスター、泣きすぎです」
人目も憚らず涙を流すアイリスに慌てた様子で持って来ていた手拭いを渡すリチャード。
その手拭いでアイリスは涙を拭かずに鼻をかむ。
「うう。ありがとう」
「あ、いや。返さなくて良いです」
そんなやり取りをしているうちに、馬車は教会に最寄りの停留所に到着した。
2人は馬車を降りてアイリスを先頭に教会へ。
あっちにはこんな店が、こっちにはこんな店がとアイリスはリチャードにおすすめの飲食店の情報を教えながら楽しそうに歩いていた。
そんな彼女の笑顔に、リチャードは初恋を知る。
しかし、まだまだ子供のリチャードにそれが恋心だとわかる筈もなかった。
「あ、見えた見えた。あそこだよ」
不意にアイリスが言って指をさす先、丘の上に建つ小さな教会がリチャードの視界に映る。
青く蒼く、澄み渡る空の下。
2人はその教会を目指して歩いていくのだった。