リチャードとアイリスの出会い
その日。エドラの街の冒険者ギルドのギルドマスター、アイリス・エル・シーリンは書類の散らばる執務机に突っ伏していた。
毎日のように繰り返される書類仕事が彼女は嫌いだった。
「あ〜。狩に行きたい」
羽ペンを持って、執務室に額を乗せたままアイリスは呟く。
腰までの長い金髪が、開けたままにしている窓から入ってきた風に揺れてキラキラ光る。
(いかんいかん。ギルドマスターとしてしっかり務めを果たさねば)
そんな事を考えながら、アイリスはお世辞にもあるとは言えない胸を張り、背筋を伸ばして伸びをする。
金髪の隙間から覗く長い耳。
彼女、アイリスはエルフだ。
この大陸の東端にある里から退屈を嫌って飛び出して、あっちにフラフラこっちにフラフラと旅をしながらこの街に辿り着き、冒険者として働いているうちに居心地が良かったこの街に住み着いたエルフの戦士、それが彼女だった。
さあやるぞ!
と、息巻いて執務机の書類を手繰り寄せ、サインをしようとするが、さっきのやる気はどこへやら。
アイリスは机に頬杖をつくと深くため息を吐いた。
そんな時だ。
コンコンっとアイリスの執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ミニアでしょ? 開いてるわよー」
「失礼しますマスター。というか、なんで私だと分かるんです?」
「そりゃあ人によってノックの仕方って特徴あるじゃない?」
「分かりませんよ普通」
扉を開けて入ってきた受付けの人に近い外見を持つ黒髪の猫型獣人のミニアは冷や汗を浮かべながらアイリスの執務机に近付くと、書類を1枚差し出した。
「え〜? また追加ぁ〜? もう書類仕事やだあ〜」
「何言ってんですか。あなたギルドマスターでしょう。それと、ちゃんと確認して下さい、持ってきたのは依頼書です」
「依頼書? 何か不備があった?」
「不備ではありません。マスターが昔用心棒をしてた孤児院の依頼です。この依頼を受ける者に同伴するって話だったでしょう?」
「え? 孤児院からの依頼を受けた冒険者がいるの? 他の依頼に比べたら報酬なんて大した事ないのに」
「新米の少年でした。どうします?」
「行くわよ。暇だし」
「いや、暇ではないでしょ」
「退屈って言った方が正しいかな?」
「全くあなたは」
執務机に手を付き立ち上がり、アイリスは外出用の外套を壁際のポールハンガーから取り、ギルドの制服の上から羽織ると駆け足気味にミニアの横を通り過ぎて「そんじゃ。あとよろしくー」とミニアから渡された依頼書を持つ手を振りながら執務室の外に出た。
階段から一階に向かい、アイリスは受付けカウンターの前を覗くと、少年が1人で立ち尽くしていた。
最近よく見る少年だ。
ボサボサの濃い茶髪に濃い青色の瞳。
身長は160センチ前後でアイリスと大差は無い。
しかし、体格は決して良くはなかった。
良くも悪くも普通という印象だった。
「君が孤児院の依頼を受けてくれた少年かな?」
「ああ。まあ、そう、ですけど。なんでギルドマスターがここに?」
「まあまあまあ。私の事はどうでも良いからさ。早速行きましょうか」
「ちょ! おい、アンタ!」
アイリスは少年の肩に自分の腕を乗せて半ば引きずるようにギルドの出入り口に向かい、嬉しそうに笑いながら勢いよく扉を開けて外に出た。
「いやあありがたい。退屈してたのよねえ。君、名前は?」
「リチャード、リチャード・シュタイナーです、けど」
「ああそうそう! リチャード君だ。最近良くギルドの依頼受けてくれてるよね? 若いのに偉いねえ」
「べ、別に偉くなんてねえ、です」
肩を組まれ、顔を赤くして照れるリチャード少年に、アイリスはニヤニヤしながら自分の顔をリチャードの顔に近づけた。
全てはアイリスの退屈しのぎだ。
退屈しのぎというよりは、パワハラの方が正しいかも知れない。
「おや? 照れてるのかしら? 100歳を優に越えたエルフのお婆ちゃんよ私」
「ね、年齢とか関係あるかよ。美人に顔寄せられたら誰だってこうなるだろ」
思春期真っ只中のリチャード少年は言いながらアイリスの腕から逃れようとするが、アイリスはギルドマスターではあるが、現役の冒険者で、更に言えばハイランカー、冒険者の中でも最上位のランクであるSランクの化け物。
簡単にはアイリスの手からは逃げられ無かった。