少年が冒険者を目指した理由
「母さん。体は大丈夫?」
ある街の一軒家の寝室で焦げ茶色でボサボサの髪の少年が病床に伏す母親のベッドの横に置かれている椅子に座り、心配そうにその濃い青色の瞳を向けた。
「大丈夫よリック。ちょっと風邪をひいただけ」
心配そうに自身と同じ色の瞳でこちらを見る息子の頭に手を置き、艶のない長い茶髪の母親は最愛の息子に微笑む。
優しく微笑む母親に、息子であるリック。リチャード・シュタイナーは恥ずかしそうに俯いた。
そんなリチャードの肩に、ポンと手が置かれる。
リチャード少年の父親、ウィリアムが寝室にリチャードを呼びに来たのだ。
「リック。今日は卒業式だろ? 早く準備しておいで」
「でも母さんが」
「大丈夫だ、と母さんも言ったろ?」
錆色にも似た暗い茶髪を掻き、くたびれた様子で、それでも優しくさとす父の声とこちらを見やるグレーの瞳に、リチャードは渋々椅子から立ち上がる。
父母の寝室から出てクローゼットルームへ向かい、冒険者養成所の制服に着替え、そして朝食を済ませると、リチャードは1人、自宅を出て冒険者の卵を育てる教育機関である冒険者養成所へと足を向けた。
養成所の教育期間は優秀な人材なら半年ほど。どんなに長くても一年で卒業となる。
その間に魔物の特性や剣や魔法の基本的な使い方などを習う。
学校、と言うよりは塾や習い事に近い。
そんな養成所にリチャードは一年通い本日卒業する。
劣等生として。
リチャードは平凡な少年だ。
この世界で信仰されている六柱の神から加護が得られず、それ故に魔法の適性は全く無い。
身体能力も並。むしろ平均よりやや劣る。
加護が得られなかったのは仕方ない。
それが普通、一般的なのだから。
しかし、身体能力が平均以下というのは単に遺伝による。
リチャードの母は今でこそ病に伏しているが、それまでは腕の良い冒険者だった。
問題があったのは父の家系だ。
リチャードの父もその父も、あまり体が丈夫では無かった。
体は細く、脂肪の少ない体には筋肉も付きにくい。
そんな父に比べれば、リチャードはまだマシな方ではあったが、この世界で冒険者として生きるには厳しい。
他の職に就いて普通に生きる方が良い。
それはリチャードの両親がリチャードに向けた言葉でもあった。
それでもリチャードが冒険者を目指したのは、冒険者であれば子供ながらに金を一端に稼げるからだ。
全ては母の病を治す為の薬を買う為に、リチャードは金を稼ぐ必要があった。
父は魔物の生態を調べる学者。
決して給金は少なくない。
隣国フランシアと母国グランベルク王国の国境近くに広がるエドラと呼ばれる大きな街。
その街の外れとはいえ、一軒家を買える程には稼いでいる。
だが足りない。
リチャードに母は言った「ただの風邪」と。
しかし母が病に伏したのは二年も前だ。
風邪が二年も続くものではない事は、いくら子供であるリチャードといえど理解していた。
何よりも、家に来た医者と両親のやりとりをリチャードは聞いている。
「奥さんの病気は細胞、身体を構成する組織の病気です。回復魔法ではその病気を促進してしまうという研究結果が出ています。
毒や呪いの類いでは無いので、解毒魔法や浄化魔法も効果はありません。
治療方法は現状、薬のみです。
ですが、それも延命措置に過ぎません。あるいは、かのエリクサーなら完治する可能性はありますが」
「エリクサー。エルフの里に伝わる伝説の秘薬、ですよね」
「我々医者でも手に入れる事は出来ません。莫大な費用が掛かりますからね」
「どれくらいになるんでしょうか」
「私が最後に聞いたのは末端価格で王都の一等地に屋敷を買うのと同じ値段だったと。それも、今言ったのは劣化版のエリクサーの値段です」
「そんな。馬鹿な」
「不老長寿の万能薬、とまで言われていますからね」
いつの日か、検診に来た医者と父のリビングでの会話だ。
リチャードは別に、盗み聞きするつもりは無かった。
母に頼まれて水を入れにキッチンに行こうとした際に、少しばかり開いていたリビングの扉を閉めようとした。
そんなタイミングで医者と父の会話が聞こえてしまったのだ。
その日から、リチャードは金を稼ぐ為に冒険者になる事を選んだ。
いつの日にか、父の仕事を継いで、魔物の生態を一緒に研究する学者になるという夢を諦めて、リチャードは冒険者になる道を選んだのだ。
かくして養成所を卒業し、冒険者見習いになったリチャードは、連日連夜、依頼を探してギルドを訪れた。
パーティに入ろうとしても同期の冒険者見習い達はリチャードが劣等生だと知っている為パーティに入れて貰えず。
かと言って先輩方に世話になろうにも劣等生のレッテルと噂が邪魔をしてパーティには参加させて貰えなかった。
「俺が弱いのが悪いんだ」
リチャードは他人を恨まなかった。
自分の実力が平均以下なのは分かりきっていたからだ。
それでも金がいる。
母の為に、父の為に。
パーティには参加できなかったが、リチャードはソロ専用の簡単なクエストを毎日受け続けた。
この世界で最弱の魔物、リーフスライムの討伐や、そのスライムの体液と薬草から作られる回復薬の納品。
荷運び、側溝掃除、犬の散歩など。
冒険者見習いのリチャードがこなせる依頼は受ける事が出来る物は出来る限り受け続けたのだ。
そうやってリチャードが半年ほど見習いとして生活を続けていたある日の事。
ギルドの依頼掲示板に見慣れない依頼が貼り付けられていた。
「孤児院の清掃、片付け、子守り、か。報酬は悪くないな。1人でも大丈夫みたいだし、受けてみるか」
掲示板から依頼書を引っぺがし、受付にその依頼書を持ち込むリチャード。
そんなリチャードに、世話になっている受付けの猫型の獣人族の女性、ミニアが「あら。この依頼受けてくれるの? 分かった、ちょっと待ってて」と依頼書を手に受付けカウンターから出るとギルドの二階へと向かって行った。




