瓦小路顕光、天守閣にて最期の絶叫(三十と一夜の短篇第74回)
伊賀も甲賀も死んじまえ。
正統派主人公系忍者も美少女くノ一も高年齢師匠系忍者も、みんなみんな死んじまえ。
おれにはそう呪う正当な理由がある。
おれは直してるんだ。天守閣の瓦を。
忍者どもがぶっ壊した瓦をな。
チクショウ。
だいたい忍者というのはなぜああも天守閣のてっぺんで戦いたがるのか?
他にいくらでも殺し合う場所はあるだろう。なのに、なぜ、よりにもよって、一番直しにくい天守閣の上で戦うのだろう?
やつらが手裏剣を投げたり、互いの忍術をさんざん披露しあった結果、ぶっ壊れた瓦、天守閣の一番上の、足滑らせたらオジャンのあのイカれた場所に並んでる瓦、あれを直すのは誰だと思ってるんだ? おれだよ、チクショウ。
いや、それがお前の仕事だろ、黙って登れよ天守閣、という向きもあるだろう。わが瓦小路家は瓦を修理する技でミカドにお仕えしているのだから、当然だ、という権威筋もあるだろう。
でも、おれは瓦修繕師なんかになりたくなかったんだよ、チキショー!
だいたい、内裏の屋根ならともかく、なんで幕府の城の瓦を直すんだ? わけわからん。壊れた瓦はおれが自分で直すんだぞ? 人にやらせるんじゃなくて、一枚一枚、おれが自分でやるんだぞ? 藤原定家は他人に歌を詠ませたか、いや自分で詠むだろう?って話だよ、クソが、短歌と瓦直しじゃ度合いが違うだろうが、度合いが。
だいたい幕府も幕府だ。禁中と公家の法度つくるくせに、忍者の法度が全然ない! 決めとけよ! 忍者の法度! 法度その一、忍者は如何なる理由があっても天守閣で争うこと、これを禁ず! やぶったら打ち首だ!
ああ、分かってるさ。今日もまたひとつ、天守閣での忍術対決がある。別に誰かに教えてもらうわけじゃあないけど、もう風で分かるんだ。馬鹿どもが天守閣の瓦を好き放題ぶっ壊すのが。
でも、もう、おれには関係ねえや。
伊賀も甲賀も死んじまえ。
天守閣の瓦を割るやつはみんな足を滑らせて落っこちて、首の骨を折ればいいんだ。
冷泉の歌道や飛鳥井の蹴鞠、西園寺の琵琶、有栖川の書道と雅なこと教えて小銭を稼ぐ公家はたくさんいるのに、瓦を取り換えるのはうちだけだ。雅さがまったくない。何が悲しくて三位の位を賜りながら、天守閣の屋根に上って、びゅうびゅう風が吹くなかを直衣姿で割れた瓦を新しいものに取り換えねばならんのだ。直衣だぞ、直衣。重いんだぞ、動きにくいんだぞ、直衣ってのは。
一番ムカつくのはガマだよ。ガマ。でっかいカエル。それがドロンというふざけた音とともにあらわれる。天守閣の瓦の上で。巻物くわえて忍法ガマの術ってか。死ねっ! ちくわでもくわえてろ、カス! ガマは重いんだよ。何もしなくてもバキバキ割れるんだよ。瓦がな! しかも、割れた瓦はベタベタしてる。ガマの油ってやつだ。さぞ健康によろしかろう。クソが。誰が取り換えると思ってんだよ。
伊賀も甲賀も死んじまえ。
おれは瓦修繕師なんかになりたくなかった。おれは出雲阿国の執事になりたかったんだよ。かなわぬ夢だったがな。
チクショウめ。まだ希望はあったのだ。先日、江戸に行ったとき、服部半蔵を見つけた。これは僥倖! だって、相手は忍者の総元締めだ。こいつが否といえば、全ての忍者が天守閣の上で戦うことをやめる!
「いや、おれは知らんよ」
「そんなわけないだろ。あんた、服部半蔵だよな?」
「半蔵だけど、忍者とかよくわからん」
「ふざけんなよ、テメー! 官位は!?」
「い、石見守だけど」
「い、石見守か。じゃ、じゃあ、六位下か。なあ、これは自慢するわけじゃないが、おれは三位だ。おれが召使をまとめて整列させて、番号!って叫んだら、一、二、三って返事してるあいだに、その場所は政所として公式に認められるんだ。そのおれがだよ、クソッタレな全国の、クソッタレな藩主が住む、クソッタレな城の、クソッタレな天守閣で、クソッタレな忍者どもが、クソッタレな戦いをして、クソッタレにぶっ壊した、クソッタレな瓦を、クソッタレな直衣の、クソッタレな裾を、クソッタレみたいにばたつかせながら必死こいて直してるときにだよ、なんちゃって石見国司のお前が、おれは忍者の元締めでござるって顔して江戸でのんべんだらりと過ごして、厠に座って、でっかいクソして暮らしてる。おかしいよな? な? これ、おかしいよな?」
「さあ、拙者には分からんでござる」
「急に忍者みてえな口の利き方してんじゃねえ! テメー、馬鹿にしてんのか? さっき忍者のことなんて知らねえっつっただろうが!」
「ごめんなさい! すいません! 顔だけは! 顔だけはぶたないで!」
「いや、ぶつ。めちゃくちゃにしてやる。眉毛剃ったお歯黒公家の腕っぷしが弱いと思ってるなら、そいつは大きな間違いだ。直衣着て死の危険にさらされながら重い瓦を何千枚も取り換えてきたおれの拳は岩より堅い。鎧をぶち抜く。いまのおれなら徳川四天王も片手でひねれる。折れた指で鼻血の海から砕けた歯を拾う準備はできたか? くらえ、三位の鉄拳を!」
「あっ、後ろに家康さまが!」
「ごめんなさい! すいません! あの、徳川四天王なんて片手でひねれるとか言ってすみません! 幕府に楯突こうとか、そんなんじゃ全然ないんです! 禁中並びに公家諸法度、守ってます! だから、――って、誰もいねえじゃねえか! テメー! あっ、あの野郎、逃げやがった。くそー、忍者め、卑怯な手を使いやがって!」
伊賀も甲賀も死んじまえ。
おれの人生には天守閣に立った忍者の体重だけの不幸がある。割れた瓦に責任を持とうとするものがいなくなれば、それは天下の荒廃へと繋がるだろう。やんごとなき方々の一番近くにある瓦が修復されずにそのままになっているのだから、どうして下々がこれに喜んで従うだろう。天下なんざ沙のごとく千々に乱れ、最後の吐息で吹き飛んでしまえ。ふん。江戸も京も、もっとおれを大切にすべきだったのだ。それが嫌なら、また戦国時代に戻ってもらおうじゃねえか。
もう、おれは命を絶つ。おととい幕府で決まり、昨日禁裏で決まった。瓦小路家は今後、しゃちほこも修復することが。しかも剥げた金箔はおれが負担。幕府も朝廷も知らん顔だ。こんなん、もう死ぬしかないじゃん。
自害の手段としては松永久秀にならうことにした。茶釜に火薬をぶち込んで、吹き飛ぶ。とはいえ、おれのような薄給の公家に九十九茄子のような名器が手に入るはずもないので、近所の瓦屋が二束三文で売っている梅干しなんかを漬けるのによさそうだが、釉のない壺でやる。もちろん天守閣の上でだ。直衣を着てな。クソ忍者ども、まさかおれがここにいるとは思ってもみまい。やつらが敵味方そろって、さあ戦うぞってところでやつらは三位の位を賜りしこのおれを見つける。やつらが最後に見るのは、まろの人生において、こんなことは何でもないのでおじゃるって顔をしたおれが火薬壺にキセルを突っ込むときの一瞬の輝きだ。ひとりでも多くの忍者を巻き込む。おれの今生に望むのはもはやこれだけよ。
おれに子どもはいない。妻帯もしなかった。こんな呪われた役目はおれの代で断ち切ると決めたのだ。瓦小路家もこれでおしまいよ。全てのやんごとなき方々よ。雨漏りで風邪ひいて死ねばいい。ここに宣言してやる。
伊賀も甲賀も死んじまえ! みんなみんなくたばっちまえ!