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アポロンの花  作者: 未叉果罪
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引き合わせの夜想曲3

 このあと仕事があると言う、昴に合わせて、食事を済ませると早々と解散をする流れになる。別れ際、ごく自然な流れで2人と連絡先を交換する。教えてもらった番号を繋がらなくなった番号にそっと上書きをする。我ながら未練がましく感じた。いつまでも過去に囚われていたのが、馬鹿らしくなる。2人からメッセージが送信され、きちんと互いが繋がっていることが確認できると、安堵する。

 

 「何かあったら、いや、なくても連絡しろよ。これも縁だろ。んじゃ、仕事行くわ。凛太郎、お前、ちゃんと天音を家まで送れよ。」

 

 昴はそう言うと、私たちに背を向け、夜の繁華街に向け歩き始めた。

 

 「言われなくても。」

 

 凛太郎は、彼に届くかわからない声量で独り言のように言う。

 

 「凛ちゃん、昴はああ言ったけど、寒いし、私、一人で帰れるから、いいよ。ご飯も食べたし、運動ついでに、ここから歩こうかな。」

 

 「じゃ、俺もそうする。」

 

 「寒いよ。しかも、家の方向とか……」

 

 しっとりとした寒さがまとわりつく。雪が降る寒さには遠いが、外で散歩するような気温ではない。

 

 「いいよ、気にしない。それとも、天音さんは嫌?」

 

 「そんなことない。ただ、悪いと……」

 

 「そのくらい、気にしないでいいよ。いつもしてただろ。」

 

 「そうだね。」

 

 きっと彼は、学生の頃のことを言っているのだと、瞬時に理解する。彼もまた、私と同じ時を過ごした人間なのだと改めて思い出す。

 

 「俺の家、S区。天音さんは?」

 

 「隣だね。私は、A区。凛ちゃんぽいね、S区って。憧れの街ナンバーワンって言われてるらしいじゃん。」

 

 「それ、いつの時代の話。今はそうも言われてないよ。」

 

 「え、そうなの?でも、オシャレなカフェとかいっぱいあるから。」

 

 「今はどこでも激戦区。開店しては潰れの繰り返し。慌ただしいよ、ほんと。」

 

 近年、SNSが普及したことにより、若者が人を人を集め、人気店が増える一方、ブームが過ぎ去った店は、軒並み姿を消すということが頻繁になっていた。私の記憶では、そういったことも含め、最先端がS区だと思っていた。

 

 「凜ちゃん、物知りだね。私も結構知っているつもりでいたんだけどなぁ。」

 

 「こういう仕事してるとね……天音さん、帰ってきたの、いつ?」

 

 唐突に聞かれ、ぎょっとする。この手の身の回りに関する質問は、暗黙の了解で避けりものだと甘く見ていた。

 

 「今年の9月。3か月くらいかな。だから、こっちにもちょっとは慣れた。両親はいないけど、高校の頃の友達が結構、働いてたから。」

 

 もちろん、連絡は取れない人も何人かいたよ、と言いそうになったが、それは凛太朗や昴だけのことではないとはいえ、どうしても連想させてしまうので、避けることとなった。

 

 「そっか。まだそんなものなんだ。よかった。」

 

 「よかった?」

 

 よかった、の意味が分からなかった。私が帰って来てくれて嬉しいのだろうか、連絡先もわからず、会える保障もないのに。

 

 「あんまり何も知らないだろうなって思って。こっちのこと。結構変わってると思うよ?」

 

 思い返せば、日本にいた頃はまだ学生で、夜の繁華街に一人で買い物に出ることはなかったし、友人とオシャレなカフェやランチを存分に楽しむこともなかった。どれも保護者達の許す範囲で行動していた。

 

 「それは良かったのかな。」

 

 「俺がいろいろ美味しいもの食べさせてあげる。」

 

 「私のことを食べ物で釣ろうとしているでしょう。」

 

 能天気なことを言われ、呆れ、思わず笑みが零れる。

 

 「……やっと、自然に笑ってくれた。天音さんは、絶対、営業職だよね。そして、お偉いさんに好かれるような……いや、同僚、後輩にもかな、そんな立ち居羽振る舞いしてるんだと思う。」

 

 「どうなのかな。私、日本に帰る前はスイスの本社にいたの。日本に転勤希望を入社当初から出して、約2年でこっちの支社に来れたのは、すごく稀なことなんだって。凛ちゃんが客観的に感じた私の印象がそれに影響してるなら、ラッキーだったと思う。1番は、周りに恵まれていたからだけどね。」

 

 高校在学中からスイスへ行き、そのまま現地の大学に進学した。両親がいたということもあるが、当時、私は人間関係に疲れていたのが事実だった。結局のところ、現実から逃げたのだ。その関係者である凛太朗や昴が今になって現れ、困惑するのもそのせいだ。

 

 「天音さん、引きが強いよ、ほんと。」

 

 白い息を吐きながら、静かに話す凛太郎は、今にも夜に溶けてしまいそうだった。

 

 「凛ちゃんはさ、日本でどうやって過ごしてたの?」

 

 私と離れた後、彼がどう進路を決めたのか純粋に知りたかった。中学から高校に上がった時、私は、小学生の頃に通っていた学校の高等部へ進学した。凛太郎も、私と同じ高校を選んだ。

 それから、高校2年生になった9月、私は両親のいるスイスの姉妹校へと転校した。凛太郎は、それからどうしたのか、同級生に聞いてもわからなかった。わかったことは、その後、彼は、高校に来ていないということだけだった。

 

 「気になる?言うほどのものじゃないと思うけど。」

 

 どこか言いたくないような雰囲気が読み取れた。

 

 「ごめん……そんなこと聞くことじゃないかもしれない、だって。」

 

 彼の人生を滅茶苦茶にした原因の1つは私であるに違いなかったからだ。私を責めてもらっても構わない、何発でも殴ってもらっても構わない。そう言える勇気があればよかったのにと思う。

 

 「でも、言わないと、だよね。ざっくり言うと、高校辞めて、フラフラしてたところを昴に声かけてもらったってとこ。ダサいだろ。」

 

 「そんなこと……」

 

 「気にしないでいいって。天音さんは、海外に行って色々な経験してんだから。」

 

 やっぱり聞かなければよかったと後悔をする。凛太朗に嫌な気持ちをさせただけじゃないか、と。

 

 「ごめん。私のせいで。」

 

 絞り出せたのは、その一言だけだった。

 

 「もう忘れよう、過去のことは。」

 

 「でも……」

 

 「なぁ、この辺からA区のはずだけど、どっち?」

 

 凛太朗は、何事もなかったかのように道を尋ねる。

 

 「……こっちかな。」

 

 彼の意志を酌んで、言いたい気持ちを堪える。今言ったところで、もう何も変わらないのだ。

 

 「オッケー。」

 

 「凜ちゃん、S区とは、反対方向だよ?」

 

 ここで別れるものとばかり思っていた凛太朗がS区の方向ではなく、私の帰宅経路を進むもうとするので尋ねる。

 

 「送るって言ったろ?昴に言われたからじゃないから。」

 

 「まだ結構歩くよ。寒いし、やめた方がいいよ。」

 

 送るためだけに夜の寒空の下を一緒に歩かせるのは、気が引けた。タクシーが通りかかれば引き留めようと考え、周りを見るが、大通りを通っているわけではないので、そんな都合のいいことは起こらなかった。

 

 「運動。最近、たるんでるから。」

 

 「歩いただけで、何も変わらないよ。」

 

 「気持ちの問題かな。しかも、歩いた方が……時間の流れがゆっくりになるから。天音さん、どの辺りで働いてるの。」

 

 「K区。今日会ったお店から1駅あるかないか、ってところ。結構都会でしょ。」

 

 「へぇ。俺もあの辺りよく行くよ。今度、また一緒に夕食、行けるな。」

 

 「でも、凜ちゃん、仕事前は食べないんでしょ。」

 

 「あぁ、天音さんとなら食べるよ。家に帰っても1人で食べるの嫌だろ。」

 

 「うん、まぁ……慣れたけどね。」

 

 日本に戻るまではなんだかんだで一緒に食事する人はいた。高校に上がって、両親がスイスに渡ってしまっても昴たちがいたし、私が転校した先のスイスには、両親が待っていた。

 しかし、再び日本に戻っても、あの頃のように家で待っていてくれる人は、誰一人としていなかった。慣れるまでは、昼食ですらも1人だった。しばらくすると同僚が声をかけてくれるようになり、今では、食事中、寂しい想いをせず済んでいる。

 

 「俺は、慣れてるけど。きっと突然1人になると心に穴が開いたようになるんだよな。」

 

 「そうそう、まさにそんな感じだった。たまに1人で食事するのと、ずっと1人になった時の食事って気持ちが全然違う。でも、その状態を乗り越えたら、普通になっちゃった。だから、今日は、すごく懐かしい気持ちになったよ。」

 

 「うん。俺も、こんな気持ちは久しぶりだった。でも、1人に慣れるとこれが当たり前になるんだよな。」

 

 私の記憶では、凛太朗は、幼い頃から1人が多かった。年の離れた姉がいたが、食事は別にとることが多かったそうだ。それに加え、対照的な性格で、いつも行動を咎められると愚痴をこぼしていた。両親は共働きで、常に家を空けていた。そこそこ裕福で、放任主義の家庭だった。

 

 「そっか、やっぱり最初はそうだよね。私、頑張るよ。……あ、あれ、見える?手前のマンションの右側に見える少し低いマンション。あれが私の家。」

 

 道から見え始めた自宅を指差す。

 

 「あぁ、うん、わかった。ちょうど、月の真下にあるとこね」

 

 もう1度、自宅のマンションの上方を見ると雲から顔を出した月が見えた。

 

 「そう、多分、あってる。密集して、わかりにくいよね。」

 

 「都会ってそんなもんだろ。ここの角曲がる?」

 

 「ううん。こっちは暗いから通らない。もう一個先の角で曲がった方がいいよ」

 

 「ふぅん。たしかに、暗いね。天音さん、もっと大通り住んだ方がいいと思うけど。」

 

 「ダメダメ、家賃高いもん。今でもそこそこ駅近で良物件だよ。オートロックだし。」

 

 「へぇ、天音さん、家賃気にするだ。」

 

 「当たり前よ。っていうか、どういうこと。」

 

 「だって、生粋のお嬢様じゃん。家くらい親が用意してそうだった。」

 

 「うーん、確かにそんな話は出たことは出たけど。そこは社会人だから……ね。」

 

 「やっぱりすごいよ、天音さんは。……ここのマンション?」

 

 マンションが見えてから到着するまでは、一瞬で、彼と話しながら帰路は、苦に感じることのない時間だった。過去に時間が遡ったような、そんな気持ちだった。時間は、22時を過ぎたところだった。

 

 「うん、ここ。わざわざ家までありがとう。散らかってるけど、上がっていく?お酒はないけど、紅茶とかコーヒーとかならあるよ。」

 

 「ううん。今日は遠慮しとく。こんな夜に女の子の家に上がるとか、非常識だろ。」

 

 「えっ、あ、そうなのかな。私こそ、なんかごめん。」

 

 どうやら彼に余計な気を遣わせてしまったように感じた。

 

 「嘘だよ。天音さんの所なら、気にせず上がってるよ。動揺しすぎ。今日は、やめとくってだけ。じゃ、またね。良い夢を。」

 

 そう言うと彼は、私と歩いて来た道の逆方向に歩いていった。きっと、大通りに出てタクシーを拾うか、駅に向かうのだろう。私のマンションは、大通りから路地に3区画程入ったところだった。一つ区画が内側に入るだけで、家賃は少し安くなっていく。

 築年数が経っていても、大通りならそれなりの家賃はかかる。そこそこ駅近と言われる賃貸で、リーズナブルな区画は、ここが限界ではないかと思う。それに、せっかく日本に戻って来たのだから、歩いて、日常を楽しもうと楽観的に考えていた部分もある。

 実際、そんな考えをしたことに1ヶ月ほどで後悔するようになったのだが。自分の新しい生活にいっぱいいっぱいで、引っ越そうとも思えず、今に至る。

 結局のところ、何かないと重い腰を上げることはないのだ。凛太郎や昴は、どのような場所に住んでいるのだろうか、ふと考えるが、全く想像もつかないことに悲しくなる。会って数時間では、何も感じ取れない程に、彼らは未知だった。

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