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アポロンの花  作者: 未叉果罪
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引き合わせの夜想曲

クリスマスシーズンになると、どのブティックのショーウィンドウにも、いつもよりも煌びやかな商品が並ぶ。恋人や大切な人へのプレゼントを選ぼうと、人々は足を止める。クリスチャンが多いとは決して言えない日本でも、多文化を受け入れられている結果からか、クリスマスは誰にとっても特別な日であることがわかる。もちろん、私にとっても、だ。


 金曜日、定時から1時間程残業した後、私は、目当ての店へと向かう。週末なだけあって、街には人が普段よりも多い。店に足を踏み入れると、店員が、いらっしゃいませ、と言い、深々と礼をしてくれる。反射的にこちらも笑顔になり、会釈をする程に。

 店内は、シーズン限定のアロマオイルが焚かれており、甘めの良い香りが広がっていた。店内を見渡すと、私以外に、何人か客はいた。特に目に付いたのは、派手な髪色にスーツ、柄物のネクタイ、瞬時にホストだと思える風貌をした4人組だ。今のご時世、普通のビジネスマンはあんな髪色はしないだろう。チラリと見ただけで柄が悪そうにも見えた。ホスト界隈では、あのような派手な髪色が流行りなのだろうか。テレビでよく見る男性アイドルであるかのようにも見えたが、アイドルであるならばもっとお忍び感を出しそうなので、その可能性は真っ先に消去した。1つ確実であると思うことは、彼らにとっても、きっとクリスマスは特別であろうことだった。大切な誰かにプレゼントを渡すに違いない。人間観察もそこそこに、私が、アクセサリーコーナーで目当ての商品を探していると、店員さんに声を掛けられる。


 「何かお探しでしょうか。」


 私がただ見に来たのではないことは、一目瞭然だったのだろう。


 「すみません、雑誌に載っていたバングルを探してるんです。クリスマスコレクションの。」


 と言うと、店員さんの表情が閃いたような表情になる。


 「こちらです。特別コーナーを設けております。」


 そう言ってすぐに案内してくれる。そして、私の探し求めていた商品が目に入る。


 「ありがとうございます。やっぱり実物はずっとキレイですね。」


 美しい曲線を描いたゴールドのバングルに、濃い、鮮やかなブルーが特徴のアクアマリンが埋め込まれていた。雑誌で見るよりもずっと素敵に映った。


 「着けてみますか?」

 

 「いえ、買います。」


 答えは決まっていた。このために仕事を頑張っていたようなものだった。


 「はい、かしこまりました。プレゼント用でご準備いたします。少々お待ちください。」


 店員が言うと、在庫確認のためか、店の奥へ消えていく。私は、待っている間、店内の他の商品に目をやる。どれも素敵だけど、私が欲しいものは1つだけだからな。

 そう思っていると突然、カバンの中のスマートフォンが鳴り始める。設定した着信音であるノクターンは店内の雰囲気に合っているようにも思われたが、店内のBGMとして流れるものと、着信音として鳴るのとはまた違い、見つかるまでは場にそぐわない音が、カバンの奥底から鳴り続けることとなった。

 着信先は、会社からであった。


 「はいっ、水瀬(みなせ)です。あ、すみません。ちょっと買い物中でして。あ、なんだ、何。」


 会社の電話からかけてきた相手が上司ではなく、後輩であるとわかり、崩れた口調になる。残業していた後輩が仕事のことで急ぎの確認の連絡だったようだ。会話を早々に終え、電話を切ると、店員に待っていましたと言わんばかりに声をかけられる。


 「こちらが商品になります。」


 再び胸が高ぶる。会計を済ませ、店員から懇切丁寧に赤と緑のクリスマス仕様の紙袋を受け取ると、軽い足取りで店を出る。すると、後ろから声をかけられる。



 「おい、お前。天音(あまね)か。」



 乱暴な言葉遣い肩が上がる。日常的にそんな言葉をかける人は、今の私の周りには存在しなかった。ましてやこんな買い物中に。一体誰がそんな呼び方をするのか、不安混じりに振り向くと、忘れることはない、懐かしい顔がそこにはあった。数年ぶりである、諏訪(すわ)(すばる)がそこに立っていた。


 「え、昴……久しぶり。えっと、元気?」


 そう言うと不満げな表情をする。彼は、私が日本に居た頃の同居人であり、親戚だ。


 「あぁ、元気だよ……天音は、あまり変わってないな。」


 「昴も全然だよ。私服かスーツの違いじゃない?」


 黒よりのグレーの髪色をセンター分けにし、後ろ髪は短く切られていた。彼は、大学生の頃は、色を抜いた黄色に近い金髪よりもずっと垢抜けて見えた。けれども、派手な存在感は何一つ変わってはいなかった。


 「お前、ちょっと俺のことディスってるよな。」


 「ふふふ、ごめんね。あぁ私、謝ってばっかじゃん。昔も今も。ていうか、大丈夫なの。ホストみたいな人たち、皆、昴の連れでしょ。」


 背後にいる3人に視線を送ると、1人はこちらを伺っているようで、あとの2人は全く気にせず商品を見ていた。


 「いいんだよ、そんなことは。それより、今から時間あるか。」


 昴の突然の誘いに戸惑う。久しぶりの再会で募る話はあるが、急な再開で心の準備が出来ていないのが本音だ。返答を迷っていると、彼の背後に連れであろうこちらを気にしていたスーツ姿の男が近づく。



 「待って、俺も行く。」



 そう言って昴の背後から声をかけたのは、金よりも白に近い髪色をした長髪気味の男だ。身長がもっと低ければ、間違いなく女性に見えるであろう中性的な雰囲気の持ち主だった。男は、かけていたライトカラーのサングラスを外す。


 「久しぶり、天音さん。すごく大人っぽくなったね。」


 私のことを親しみを込めて、“天音さん”なんて呼ぶ男性は、思い出す限り、1人だ。


 「えっと、(りん)ちゃん……あなたは、変わりすぎでは。」


 私が凜ちゃんと呼ぶ彼は、本名を庵原(いはら)凛太朗(りんたろう)といい、私の小学生からの幼馴染だ。この2人がどういう関係か、今どうして一緒にいるのかは不明だった。私が戸惑っているのを察知してか、凛太郎が言う。


 「仕事仲間なんだ、昴とは。もう8年近い付き合いかな?」


 8年……それは、私が日本を去っていた期間だった。私の知らないところで、私に関係ある人物同士が繋がっていたなんて、世間は意外と狭く感じた。


 「そうなんだ、全然、知らなかった。でも、どこか少し似てるもんね?」


 私の最古の凛太朗のイメージは、どうしようもない悪ガキだった。高校生に上がる頃には、好青年へと成長したことを懐かしく感じる。

 そして、私たち2人が高校生になった頃の昴は、真面目な大学生とは思えないほどの見た目をしていた。時折、突拍子もない行動をして、私を呆れさせたものだ。過去何度かの人生の分岐点に立った時、私は、知らず知らずのうちに彼らの影響を受けたのではないかと、今では思う。

 2人は顔を見合わせ、お互い疑問符を浮かべ、納得のいかない表情をしていた。そういった他人と慣れ合わないところが似ている部分でもあるのにな、と口には出さず、心の中で思い、ノスタルジックな気持ちに浸る。

 それも束の間で、ふらり、と凛太郎は、私たちの前から思い出したかのように去って行く。連れの2人に近づき、何か話している。2人がこちらを見たので、会釈する。きっと凛太郎は、私とこの後どこかへ行くと、そういう話をするために行ったのではないだろうか。私自身、まだこの後の予定に了承したつもりはなかったのだが。視線を昴の方に向けると、目がバチリと合う。気まずくなり、すぐに視線を逸らす。


 「お前、もっと可愛いできるだろ。緊張してんのか。」


 彼はつまり、私にもっとリラックスするように言っているのだろうか。私は、彼らに再会できたことに喜びを感じつつも、やはり、罪悪感が拭えなかった。


 「やっぱり色々あったし。その……解決できていないこともあるでしょ。私自身は吹っ切れるなんてことはできてないの。やっぱ久々に、しかも急に会っちゃうと、複雑だよね。」


 作り笑いを浮かべる、上手く私は笑えてるのだろうか、これでも、彼に余計な気を遣わせないようにしているつもりだ。


 「そうだよな。もう5年以上は、会ってないからな。そんな感情があっても仕方ねぇし。でも、大人になったよな。学生の、あの頃しか、知らねえもんな。……でも、今日だけは、その話はなしにしよう。」


 彼の表情は、伏せ目がちになる。彼の言いたいことは、わかるつもりだ。


 「そうだね。こっちに戻ってきたら、ちゃんと会いたいとは思ってたよ。これは、本当。」


 留学前の彼との関係を思い出すと、今でも、心に影が落ちる。とても苦く、ぬるい、珈琲を飲み干すような感覚だ。


 「あぁ、そうだな。俺も、いつかとは思っていた。でも……」


 彼が何か言いかけたところで、凛太郎が戻る。


 「行こう。どこか行きたいところある?」


 私は、空腹だったことを思い出す。昼食から間食もせずに、黙々と仕事をしていたため、限界に達しようとしていた。目的の物に夢中になり、そんなことも忘れていたのだが。


 「あぁ、天音、お前飲むっていうよりは、晩飯の方がいいよな。」


 「うん。忘れてたけど、お腹すいて死にそうなの。お米が食べたいなぁ。」


 そう言うと、凛太郎は、呆れ顔になる。


 「わかった。でも、死にそうは、言いすぎ。なら、和食かな。」


 こくり、と頷くと、凛太郎が歩き始める。その後ろに、昴と私が続く。結局、了承も何も、2人のペースに流されることになったのだ。二人の後ろ姿は、全く変わってしまったものの、また2人に会えたことで嫌な過去は全て幻だったんじゃないかと思えた。

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