第17話 「救世主」
押さえつけられ身動きのとれない状態で、唇を押し付けられるというのは心地の良いものとは言えない。
ファーストキスというのはもっと初心な感じで果たされるものかと思っていた。
しかし情熱的な性に目覚めてしまったユリが半端に終わらせる筈がなく、強引に口をこじ開けられてしまう。
もっと濃厚なものを求めていたであろう彼女は至福に満ちた表情で舌を絡ませてきた。
「んっ……ちゅっ……好き……」
あまりにも深い接吻により部屋中に淫猥な音が鳴り響いてしまう。
ディープキスなるものに溺れる彼女の頭の中では恋人気取りだろう。相手が自分を求めており、自分も相手を求めている。
そこに隔てはなく純粋な愛だけが絡み合う領域なのだ。そんなことを彼女は思っているのかもしれない。
しかし不愉快だ。
まるで猿の発情期に付き合わせられている正常者のような気持ちだ。
自分だけ楽しんでいることも知らずに、相変わらず人の気持ちを考えることのできない女だ。
だから嫌いなんだよ。
いくら可愛いなどと万人に評価されようと、誰かひとりはそうではないと答えるはずだ。
俺もその一人だ。
この幼馴染の上辺だけの美しさに靡かなかった一人だ。
男だからという期待が微塵も湧いてこなかった。
突き飛ばして真っ向から拒絶したい衝動だけだ。
アヤメを人質にして居なければいつだってそうしている。
だけど俺のせいで彼女の人生が壊れてしまったらと想像するだけで動けなくなっていた。
それはまるで猛犬を縛る、安易に外すことのできない頑丈な首枷のようだ。
「……ねぇソラ、どうして私がこんなに君を愛しているのか、分かるよね?」
「……」
「両親にも見向きされない、孤独だった私を救ってくれたのはソラなんだよ。どんなに顔が良くて、お金を沢山持っている人でも私は愛せない。ソラしか愛せないんだよ、君がそうさせたんだよ」
愛する。
ただの幼馴染という関係から、いつここまで発展するキッカケになったのか。
今の俺では思い出せそうにない。
「永遠に私だけの物……死ぬまで一緒だから」
ユリはそんなことを言い切りながら体を擦り付けてきた。体を弄られ、触られたくない部分まで触られてしまう。
このまま進んでしまったら後戻りできなくなる、それだけは確実だ。
だけど、このまま彼女を突き飛ばしても良い方向には決して転びはしないだろう。
僅かな反抗心すら許さないユリはきっと何かをしでかすはずだ。
それだけはなんとしても避けたい。
考えろ、考えろ。ユリと関係を持ってしまったら、後戻りが出来なくなってしまう。
「……ユリ……俺は……」
なんとか阻止するためか勝手に口が動く。
絶対に告げてはならない事実を彼女に聞かせようとしているのだ。
もう我慢の限界であることを悟った。
「お前の……」
お前の物ではない。
そう言おうとした瞬間、
バッと、部屋の扉が開かれた。
「お兄ちゃーん、冷蔵庫のプリン無いんだけど……」
妹だ。
雨宮梨花がノックもせずに部屋に入ってきたのだ。
俺とユリがベットインしているのを眼前にした妹は目を大きく、口を半開きにしていた。




