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第15話 「一歩の拒絶」


 人の心を動かす力が歌には宿っている。

 歌とは感情だ。

 それらを最大に伝えるのが作曲家、歌手の役割であり、気が遠くなるほどの過程を繰り返してようやく人々に伝えることができるのだ。


 しかし綾目の心は停滞していた。

 肉親に否定され、聴いてくれる友人との繋がりが絶たれてしまった。


 伝えるべき段階の一歩手前で彼女は歩みを止めた。

 舞台にも立っていないのに諦めてしまいそうだ。

 いつも奏でていた声が、今じゃ時計の針の音にすら阻まれてしまう。



 文化祭のポスターを見る。

『のど自慢大会』が開催されるらしい。

 まさかこれは天命かという期待が彼女を僅かに駆りたてるが、踏み出そうとするだけで骨の髄が震えた。



 びっしょり濡れた制服姿の綾目が裏庭で一人立っていた。

 すぐ隣にバケツが落下してきた。

 上を見上げると、窓の空いた教室が見えた。

 生徒や教員があまり使わない教室だ。


「………またか」


 このまま帰るわけにはいかない。

 密かに下駄箱の見えない位置に隠してあった紙袋を手に取り、中に入れていたジャージに着替える。


「………いやだな……もう」


 顔を手で覆い、涙まじりの声で彼女は言った。

 これも全部、あの音楽室の出会いから始まった最悪である。

 あの出会いが無ければと、彼女は……



「後悔するわけないじゃないですか! 彼との出会いがどれだけ私の背中を押したのか! どれだけ勇気を与えてくれたのか!」


 彼はきっと罪悪感を覚えているのだろう。

 だけど綾目は彼のことをを恨んでいなかった。

 唯一、初めて自分の歌を認めてくれた人だったから。

 どんなに打ちのめされようと綾目は彼のことが……。


 扉を開け、勢いよく綾目は屋上へと飛び出た。

 柵を掴み、喉がはち切れんばかりに彼女は叫んでみせた。




「アナタは私の友人で恩人で、私の! 私の!」


 もどかしい。

 それでも伝えたい。

 それがたとえ唄ではなくても伝えたい。


 しかし綾目の直面した現実があまりにも悲惨なものだった。

 あともう少し、だというのに彼女は後退りしていた。

 伝えることが出来なかったのだ。


 形にするのが、あまりにも恐ろしかった。


 環境だけが綾目を遮断していたわけではない。

 自分自身もが、進むことを拒んでいたのだ。


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