覚悟
娘の心臓を取り出して移植する。
そう聴くと伊達の雰囲気が変わった。
目つきでも無い、声を上げるでも無い。
身体の中から滲み出るモノが変わった、そしてそれに怯えて居る自分が居る。
若頭も武闘派組織の幹部だ。
なのに震えが止まらない。
絶対に敵にしてはいけない存在。
今それが目の前に居た。
伊達は溜息を一つ着くと。
「スマホ…持ってるんだろう?」
優しくそう囁くと、若頭がガクガクと震えながら、胸元のポケットからスマホを取り出した。
和歌山の個人病院、しかしその病院には看板は無い。
裏の世界での顧客、銃弾を受けた傷や指を詰めた後の処理。
そしてドナー登録から漏れた患者の移植をする、勿論モグリだから保険も効かない。
そんな病院の個室で豊和興業の組長、山下は療養をしていた。
個室のソファに座って居ると、スマホが鳴った。
相手は若頭、娘を捕まえたか?、そう思って出ると。
「山下さんかい?」
聞いた事の無い相手に。
「誰だ?若頭はどうした?」
そう聴くと中年の男の声で。
「若頭は車で事故ってね、お気の毒様」
山下はまさかっと思いながら。
「何ものだ?アンタ?」
そう聴くと。
「アンタの娘を幸せにする者だよ」
ユサは目の前の現実が信じられなかった。
「アンタの娘を幸せにする者だよ」
お爺ちゃんは確かにそう言ってくれた。
手に持っていた拳銃が手から滑り落ちる様に落ちると。
ユサは伊達に抱き付いて居た。
抱き付いて来たユサの頭を優しく撫でると伊達は電話の相手に。
「ユサは俺が幸せにする…アンタには渡さない」
アンタには渡さない、そう聴くと山下は焦った、どんな出任せでも良い!このまま消えたら!、そう思う山下を見透かす様に。
「このままユサを連れて消える…お前がくたばるまでだ」
お前が死ぬまでだ、そう言われて焦った、このままだと身体が何ヶ月持つか、体力が落ちると手術が出来なくなる。
「まて!待ってくれ!」
考えろ、考えるんだ!何とか。
「頼む!ひと目で良いから合わせてくれ!」
何とか、娘を誘き出す方法を!
長い沈黙があった、もうダメか?そう思った時。
「良いだろう…大阪に出て来い」
そう聞いた時に思わずグッと掌を握りしめた。
行ける!行けるぞ!。
「お、大阪の何処だ?」
そう聞いた途端に。
「後で連絡する…お前が必ず来い」
そう聞いた途端に通話が切れた。
伊達が通話を切ると、ユサが不安そうに見上げて居た。
「お爺さん…私…」
逢いたくない、そう言いかけた時、伊達は若頭から見えない位置で自分の口の前に人差し指を立てるとウインクして来た。
今は黙っておけ…そう合図して居ると察したユサは口を閉じる。
伊達はそんなユサを見て、頭の良い娘だ。
そう感心すると頬が緩む。
手に持ったスマホの電源を落として横のスロットからICチップを取り出す。
スマホは電源を落としていてもGPS機能は生きている、現在位置がバレる恐れがあるのだ。
しかしチップさえ抜いてしまえば良い、現在位置の探査は不可能だ。
ベンツの中の若頭にそのまま待ってろ、救急車を呼んでやる。
そう言うとユサと共に林道の向こう側へと消えて行った。




