2.
コンコンコン
控えめなドアをノックする音に、部屋の主のルドは首をかしげつつも返事をする。
一方、カタストロフィは、その声を聞いて絶望していた。
(不在の可能性はなしです…………
ああ、逃げてしまいたいです…………
でも、もう世界は滅亡するしかないのですね……)
と覚悟を決めて、
「し、失礼いたします。」
入室し頭を下げる。
ルドはますます首をひねる。そのメイドの姿は見たことがあった。ちょうど、つい先ほど。
メイドの手にはお盆、その上には、お茶。
ついさっき来たものと全く同じものだ。添えられたスプーンの角度まで同じ。
最近、お茶はこのメイドが持ってくるようになっていた。
特に、初対面の印象が強く残っている。この国では珍しい流れるような銀髪、しかも緋色の瞳…………その美しい容姿もそうだが…………
あとは、凝った茶菓子が付くようになり、味は私の好みにあうように改善されている…………以上のことからしても仕事をきちんとしているように思うが……。
たまにいるのだ。使用人として入りながら、取り入ろうとするものが。
そういう者なのか、と観察するが、こちらを一瞥もせず、茶の準備を続け、ことり、ことり、と机の空いている所に並べる。
(実は仕事に集中し過ぎて時間がものすごく経っているのだろうか。)
とルドは懐中時計を見る。が、長針はほとんど動いていない。
(だよなー。)
とメイドの動きを見守る。お茶のセットが終わり、向き直る。
「恐れながら申し上げます……」
「何かな」
俯いたメイドの悲壮な表情に、ルドはおののく。
「先ほど、お出ししましたお茶ですが……」
(茶……何か、重大な不備でもあったのか? 全然気付かなかったが……)
とルドは内心思っていた。
「いつも通り美味しかったけど……」
とカップを差し出す……
(ああ、既に……カップは……からっぽ……飲まれてしまったのですね………。とんでもないことになってしまいました。)
カタストロフィの顔は、恐ろしいものを見た時のように、さああああと血の気が引いていく。
(もう、この世は終わりです、本当にごめんなさい…… 罪のない人々、全ての人類、全ての生き物…… 将来を奪ってしまってごめんなさい……)
思わずカタストロフィは床に崩れ落ちる。
「だ、大丈夫?」
思わず、ルドは席を立ち、メイドの方へ向かう。
「ええ、いえ、茶葉が……」
「うん?」
「ご所望されたものと、違うものをお出ししてしまいました、この度は、大変申し訳ございませんでした!」
と床に正座し、勢いよく土下座する。その瞬間、
ゴン! というものすごく痛そうな音が部屋に響いた。
「うん? ……うん?」
(茶葉の指定などしたことがない。そもそも茶自体、彼女らが勝手に用意し始めたものなのだが…………。)
しかし、ここで、「ならば要らない」とも言い出しがたく、ルドが考えていると、いきなり立ち上がるメイド。
額は赤くなっていた。
「先ほどお出ししましたのは、シィズ・ウォーカー産の茶葉ではなく、シズ・オーカー産の茶葉を使ってしまいました。
こちらが、正しいシズ・オーカー産の茶葉を使ったものにございます。」
(うん、正直どっちでも良いね。
てか、悪いものか毒でも入ってたのかと思ったよ!)
ルドが見守っていると、メイドは、罪人のように膝をつき、両手を出す。
「大変申し訳ございませんでした。どのような罪でも受ける所存です。」
(それだけ……か? それにしてもいちいち大げさな……。それとも、何か意図でもあるのだろうか…………)
観察しながらも、ルドはとりあえず安心させるような人好きのする笑みをいつものように浮かべながら
「いいよー。っていうか、そもそも、シィズ・ウォーカーとシズ・オーカーは同じ場所だよー。」
という軽めの調子で返事しておく。
「そ、そうでしたかー!」
とメイドは驚愕の表情を浮かべていた。
「ま、こっちももらっておくね。二杯も飲めるなんてラッキー。」
まだ暖かいカップを持ち上げる。
「いつも美味しいお茶ありがとねー。」
「か、寛大なお裁きありがとうございます!」
まるで神にでも祈りを捧げるかのように、床に平伏す。
☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・
カタストロフィは、お盆を抱えて、ほっとしながら廊下を歩く。
だが、はっ、と気が付く。
(かえって、主の仕事の邪魔をしてしまったのでは…………
これは、世界滅亡案件だろうか…………)
と考えていたその時、背後から殺気の混じったような恐ろしい気配がした。