[第3話:藍璃の好きな人]
「お前ら・・・来月テストなんだから勉強しろよ!中学1年だからって遊んでるなよ!」
そう社会科担当の野月が言って、授業が終了した。
「そっかぁー・・・来月テストかぁ・・・全然勉強してない!・・・そーいや話って何???」
藍璃はそう言った。
「あ・・・藍璃。話なんだけど・・・」
夏実が言いにくそうに話す。藍璃は夏実の表情を見て少しだけ真剣な顔になる。まわりのみんなは騒いでいる。その中で夏実が本当に申し訳なさそうな顔をして口を開く。
「あ・・・あのさ。藍璃のスキな人・・・咲斗のことなんだけど・・・実は・・・」
藍璃は次の言葉を静かに待った。
「鈴に教えちゃったんだ・・・ゴメン・・・それで・・・」
「なーんだ。そんくらい別にいいよ。教えるなって言ったけど・・・鈴だけならいいよ、教えるの。ちゃんと口止めしといたんでしょ?」
藍璃は明るくそう言った。夏実は困った。『それで・・・』まだ、続きがあるのに。
「あの、それで・・・鈴が・・・」
と夏実が言いかけたとき。夏実の横に・・・鈴が来た。
「藍璃、ゴメン。本当にゴメン・・・これ聞いたら、絶対怒ると思うよ。」
そこで鈴は言葉を切り、また少しして
「・・・でも、お願い。聞いて・・・」
と言う。そして鈴の表情が険しくなる。藍璃は何の事か分からず、ただ首をかしげていた。鈴の険しかった表情が急に不安そうになった。
「じ、実は・・・咲斗に言っちゃったの。昼休みに。・・・廊下で会った時に・・・」
藍璃はそれでも何の事か分からなかった。
「藍璃が、あんたのことスキなんだって、って・・・言っちゃった。咲斗、本人に・・・」
藍璃はそう言われたが、最初は意味が分からなかった。本当に。【頭の中が真っ白になった。】という表現があるが、まさにそのとおりだった。何も言えなくなり、ただ夏実と鈴を見つめるしかできなかった。
・・・そんな。何で?夏実は鈴に教えたの、あたしのスキな人を?あたしの許可も得ずに?・・・それだけならまだ良かった。でも。鈴は何で平気で言っちゃうの?咲斗に。どうして・・・
そんな怒りや不満が頭の中をただ回っていた。
「ゴメン・・・あたし・・・つい言っちゃって・・・」
鈴と夏実が言うが、そんなの藍璃は聞いていなかった。
「ねぇ・・・なんで平気で言えるの?誰にも言わないでって言ったことを・・・なんで?それに鈴に限っては・・・よくそんなこと本人に言えるよね・・・意味分かんないし・・・」
藍璃は我慢しきれずについに口に出した。そう言われた夏実と鈴は唇をかみしめながら、また謝った。藍璃はどうすればいいのか分からなかった。「咲斗が、スキ。」そのことを咲斗本人に知られてしまった。どうしよう?
そんなの絶対・・・断られるに決まってるよ・・・
藍璃は連を見た。連は静かに、本を読んでいる。まわりの男子がいくら騒いでいても、静かに文句言わずに本を読む。そんな連を見つめていると・・・いつのまにか・・・また、胸の鼓動がはやまっていた。
〜あたし、咲斗のこと、本当にスキなのかな・・・?〜
連を見つめていた藍璃の頭には、そんなことが頭に浮かんできた。だって・・・
たった。たった30分程度の昼休みの間、いっしょにいただけなのに。連の声が、顔が、頭からはなれない。頭の中でぐるぐると連のことが回る。そのたびに、胸の鼓動がはやくなる・・・忘れられない。たった30分のことが。どうして・・・?
連と、目が合った。その瞬間。
体中が熱くなった。急いで連から目をはなす。連のことしか考えられないのは・・・それは・・・
_連が、スキだから。_
やっと分かった。あたしは、咲斗じゃなくて・・・連のことが、スキになってしまったんだ。
昨日、音楽室で会った瞬間から・・・
そのことにやっと気づいた藍璃は。
「夏実、鈴・・・もういいや。」
夏実と鈴にこう言った。急に言われた夏実と鈴は驚いて、困ったように「え?・・・でも・・・」などと呟く。そんな2人に藍璃は笑顔で、
「・・・もういいって!気にしなくてさ!」
とあっさり許した。夏実と鈴は少しだけホッとした表情になって、でもまた「本当にゴメンね・・・」と謝って席に戻った。
藍璃はこのあとどうすればいいのか迷った。
咲斗のところへ行って、「鈴の言ってたこと、ホントじゃないから!ゴメン!」と笑ってごまかし、忘れてもらうか。
それとも「前は咲斗のことスキだった。でも今は、他の人をスキになっちゃったから・・・ゴメンね」とホントのことを言うのか・・・それとも、このまま何もしないでそのままにしておくか。そのうち、忘れてくれるかもしれないから・・・
いろいろと考えたが、今すぐにはどれも実行できそうもない。実行する勇気がない。だから、まだこのままで・・・少ししたら、どれかを実行しよう。そうするしか、ない・・・
藍璃は悩んだ末、そうすることに決めた。
「どーしよう・・・」
鈴が席について言い、そして誰かに話を聞かれていないか周りを確認する。夏実も鈴のそばに立ち、周りを確認する。良いことに周りの男子は廊下でふざけあっていて、ここにはいない。後ろには本を読んでいる連がいたが、連なら大丈夫だと安心して話を続ける夏実。
「鈴・・・ったく何で言っちゃうのよ・・・ハァ・・・」
夏実は鈴に文句を言った。
「だって・・・」
鈴は困った顔をして言葉を詰まらせた。
「フツー言わないでしょ!本人なんかに・・・信じらんない!藍璃の・・・」
藍璃。その名前を聞いて連はビクッと顔を上げた。
「藍璃のスキな人をそのスキな人本人に教えるなんて・・・」
スキな人・・・?連の目がゆれる。藍璃に、スキな人が?
「だって・・・つい言っちゃったんだもん・・・でも、咲斗、どっちかって言うと嬉しそうだったよ!もしかしたら、両思いかもよ?」
鈴は笑顔になる。連は・・・うつむく。咲斗?藍璃のスキな人って、咲斗のことか。咲斗、なのか・・・?
「そーゆー問題じゃないでしょ!もう!」
夏実はまた鈴に言うと、鈴はまた困った顔をした。
さっきまで本の文字を追っていた連の目は、本ではなく藍璃を見つめていた。・・・藍璃。そんな。
連は藍璃を見つめ続けた。だが藍璃は連を見ることはなく・・・
・・・6時間目開始のチャイムが、教室に鳴り響いた。