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【SFアクション中編・完結作品】トゥルー・アイズ  作者: 来栖らいか
第4章 ベストパートナー
7/13

〔1〕

 アリシアに厳重な警護を頼み、カレンはローワー・マンハッタンにあるニューヨーク市警本部に戻った。

 本部ビル二階『ニューヨーク市警察博物館』の奥、分厚いドアを挟んだ向こうに大量のファイルを収納する資料室があった。

 壁一面に設えられた棚と、可動式の書架。整然と立ち並ぶそれらをパーテーションで区切った場所に、カレンの所属する正式名称『The Special Investigation Division of Egg(スリーピング・エッグ関連事件特捜部)』、別名『TIDE』本部が置かれていた。

 潮の満ち引きや世界情勢、時勢の流れを現す単語が当て嵌められたことが、皮肉にも似つかわしく思える部署だ。

 所属メンバーはカレンを含め八名だが、有能な人材と最新の設備が揃えられている。

 資料室と隣り合わせの環境は、カレンにとって都合が良かった。『TIDE』に配属されて最初の一年間は、過去十年分の『スリーピング・エッグ』関連事件と関係者の名を覚えることに費やしたからだ。

 刑事の仕事は過去の事件を検証することだと、上司のゲイリー・ロウは常に語っていた。

 カレンは自分のデスクにコーヒーカップを置き、備え付けのPCを開いた。手始めに殺されたオッドマン夫妻について、調べてみようと思ったからだ。

 上流階級の紳士録、有能な弁護士としての仕事内容、交友関係、出生地から出身校、輝かしい経歴……。

 しかしその中でひときわ目を引いたのが、司法機関を通してクレジット会社と取引銀行からようやく提供させることが出来た支出記録だった。

 オッドマン氏は収入から、かなりの金額を民間の養子斡旋団体と児童養護施設に寄付していた。その数は百件以上もあり、アメリカだけではなく世界各地に至る。

 だが特に力を入れてバックアップしていたのが、ニューヨークに本部を置く養子斡旋グループ・ホーム『ベスト・パートナー』だった。

「随分と慈善活動に熱心だったようね……でもアリシアのいた養護施設の名がないわ?」

 アリシアが在籍していた養護施設は、オッドマン氏のバックアップを受けていると思っていた。

 ではクラウス・ハイネマンが養子斡旋グループ・ホーム『ベスト・パートナー』と、何か関係があるのだろうか? 訝りながらカレンは、『ベスト・パートナー』のウェブサイトを開いてみた。

「カレンったら、独身者は里親になれないわよ?」

 からかうような声に振り向くと、カレンの肩越しにモニターを覗き込むリタの顔があった。

「このサイト、知ってるの?」

「ええ……利用しようと考えたことがあるわ。私の、娘のことでね」

 はっとしてカレンは、リタから目を逸らした。

 二歳で殺されたリタの娘、エミリーの事が思い当たったからだ。

 エミリーは二歳の誕生日を迎える三日前、昏睡状態に陥った。病院から政府の『スリーピング・エッグ』収容施設に移されたが、半年前の『アンチ・エッグ』テロで命を絶たれたのだ。

 仕事場のデスクに写真を飾り、誰もが呆れるほど娘を自慢していたリタ。

 昏睡に陥ってから迎えた誕生日には、手作りのケーキを病院に持ち込み病室を風船やモールで飾り立てていた。娘は『スリーピング・エッグ』ではなく、ただ眠っているだけだと主張する姿は痛々しく、カレンは見ているのが辛かった。

 ところがテロにより娘が犠牲になると、リタの態度は豹変した。

「エミリーにとって、幸せだったのかも知れないわ。永遠に眠り続けるなら、同じ事だものね」

 エミリーの死後、一週間ほどで職場に戻ってきたリタは、掛ける言葉に迷う同僚に言いはなったのだ。

 悲しみを紛らわす、偽りの言葉であろうと思っていたが……。

「『ベスト・パートナー』は、親に見放された『スリーピング・エッグ』を里親に斡旋する団体よ。自分の子供がどんな化け物になるか解らないのに、十四歳まで育てるなんてまっぴらだものね。里親になる人は大抵、多額の補助金が目当てでしょう? 十年も預かれば、マイアミに別荘が建つって言うじゃない。斡旋団体も、高い手数料を取って荒稼ぎしてるみたいだし」

「リタ、そんな言い方ってないわ!」

 カレンの非難に肩をすくめ、リタはデスクから離れた。

 あの言葉は、リタの本心なのだろうか? 

『スリーピング・エッグ』収容施設移送が決まったエミリーにすがりつき、移送担当官をなじり、声も涸れんばかりに泣き叫んでいたのに?

 カレンの気持ちは揺らめき、重く沈んだ。

 眠った状態で、『スリーピング・エッグ』と報告された者は政府が管理している。

 しかし何らかの事情で目覚めてしまった者は、少数の政府登録者を除き正体を隠しながら日常生活を送るか、『ビースト』や『ハイパー』の組織で保護されるか、擁護派に匿われるのが現状だった。

 中でも問題になっているのが、『スリーピング・エッグ』の疑いを掛けられ親に捨てられる子供たちだ。

 乳幼児はまれに、長時間眠り続ける場合がある。

 その状態が『スリーピング・エッグ』か判断出来ず、多くの親が報告義務を怠っていた。そして徐々に膨らむ猜疑心と恐怖から、子供を虐待したり育児放棄する事例が増えているのだ。

『スリーピング・エッグ』の嫌疑から捨てられた子供を、里親に斡旋する民間団体の存在は聞いたことがあった。

『ベスト・パートナー』がリタの言うような団体ならば、オッドマン氏が擁護派である証拠になるかもしれない。

 サイトで所在地を確認し、カレンはPCのスイッチを切った。




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