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【SFアクション中編・完結作品】トゥルー・アイズ  作者: 来栖らいか
第2章 スリーピングエッグ
3/13

〔1〕

 憮然たる面持ちで、カレンは車のハンドルを握りしめていた。

 少女が保護されている病院へ同行したいという、ストレイカー調査官の希望は断った。だが意外なほど素直に引き下がった態度が、どうも気に掛かる。

 ストレイカーの言うとおり、『T・アイズ』は『ハイパー』の調査に長けていた。カレンや警察の知らない情報を基に、様子を見ているのかも知れない。

 事件現場から一〇分ほど車を走らせると、豪奢なホテルを思わせる外観のノックス総合病院が姿を現した。住人のステイタスに合わせて、高額だが優れた医療技術と設備を提供してくれる病院である。カレンは一般用駐車場に車を止め、最上階にあるラウンジに向かった。個室での面会はストレスを与えるからと、セラピストに指示されたからだ。

 左手にセントラル・パーク、右手にイーストリバーが眺められる素晴らしい眺望。しかしカレンは窓から離れ、ゆったりとしたソファに身体を沈めると吹き抜けの天井に切り取られた青空に意識を固定した。鼻持ちならない少年に腹を立てるのは、時間の無駄である。今は事件を整理し、許された面会時間内により多くの情報を得なくてはならない。

『ハイパー』は、特異な力など何も持たない一般人から生まれるのだが、その兆候が原因不明の昏睡状態であり、通称『スリーピング・エッグ』と呼ばれていた。年齢、性別、時間帯、場所などに関係無く突然意識を失い、覚醒したときは怪物に生まれ変わっているのだ。

 そして『スリーピング・エッグ』は、別の怪物をも生み出した。身体の一部が異形に変化した、『ビースト』と呼ばれる者達である。

 どちらに変化するかは覚醒してみなければ解らず、その存在に困惑した各国政府は昏睡に陥った人々を眠らせた状態に保つことで対処していた。当然のように差別や排斥主義者と擁護団体が対立し、半年ほど前には『スリーピング・エッグ』収容施設が排斥主義者のテロにより爆破され、十数名が眠ったまま命を落としている。

 オッドマン夫妻が『ハイパー』に消された理由として、『アンチ・エッグ』のスポンサーである可能性が考えられた。

『アンチ・エッグ』とは、資金を提供し異能の者達を消し去ろうとする影の存在で、社会的に地位のある者や金持ちが多い。彼等の多くは保守的な思想をもち、我が身を守ることに金を惜しまないのだ。

 写真で見たオッドマン氏は、柔和で人柄の良さそうな人物だった。夫人もセレブを気取ることのない、慎ましく優しそうな女性だ。そのうえ夫妻はボランティア活動に熱心であり、ニューヨークだけでなく各地方の児童養護施設に多額の寄付をしていた。

 だがそれは、『アンチ・エッグ』をカモフラージュするためかも知れない。

 カレンは大きく肩を落とし、ソファーに頭を預けると溜息を吐いた。人を疑うことから始めるこの仕事が、ときどき嫌になってくる。夫妻は施設から、8歳の女の子を引き取っていた。これもカモフラージュだというのだろうか……。

「こんにちは、ミス・コール。サイコセラピストのメアリー・ゴールドウィンです」

 静かな心地よい声で呼びかけられ、カレンは慌てて身体を起こした。目の前にはふっくらとした体格の女性が、シスターのような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて立っている。その後ろに、不釣り合いなほど大きな車いすに腰掛けた少女。

「あ、ああ、初めまして。ニューヨーク市警のカレン・コールです。よく私だと解りましたね」

 面会許可は電話で済ませたので、面識はないはずだった。

「まあ! だってここには、私たちの他にあなたしか女性はいらっしゃらないわ」

 メアリーは鈴を転がすような笑い声を立てた。言われてみれば確かに、ラウンジにくつろぐまばらな人影は男性ばかりだ。

 ふっと緊張が緩み、カレンもつい笑みがこぼれた。メアリーは、初対面でも警戒心を起こさせない不思議な魅力を持つ女性だった。

「その子が、アリシア……ですね?」

 書類上、アリシアは既にオッドマン夫妻の養女である。ここはアリシア・オッドマンと呼ぶべきなのだろうが、言葉尻に迷う。

 緩いウエーブの美しく長い黒髪、琥珀色の瞳、薄いピンク色の肌。アリシアは誰もが抱きしめたくなるような可愛らしい少女だった。オッドマン夫人が生きていたら、セレブ向けグラビア雑誌の理想的な母娘モデルになれただろう。

「こんにちはアリシア、私はカレンよ。少しお話ししても、良いかしら?」

 アリシアの視線が宙に泳いだ。しかし、きつく結ばれた唇は開かない。

「少しだけど食事も出来るし、トイレも自分で行くわ。でもカウンセリングルームから、一歩も外に出ようとしなくて……車椅子に乗せれば、どこへでも嫌がらずに行くんだけど」

 パパとママになってくれる人が突然消え、アパートメントの4階から飛び降りたのだ。ショックと混乱で、何も考えられないでいるのだろうとメアリーが説明した。

 一時も早くカレンは、アリシアが事件に無関係だと証明したかった。それがもう一つの可能性を、否定することになるからだ。

 アリシアが『ハイパー』である可能性……。

『ハイパー』も『ビースト』も、同じ種族で組織化する動きがあり、仲間を増やすことに懸命だった。『スリーピング・エッグ』が覚醒するまでの時間は年若いほど短く、場合によっては乳幼児の睡眠時間内で変化することもある。しかし特異能力は第二次性徴期にならないと現れず、突然の変化に驚いて自殺する者や精神に異常をきたす者も多かった。とはいえ、悩み苦しむ同種族を救うために拉致・誘拐などの強硬手段が許されるはずもない。

 狙われたのが『ハイパー』発現前のアリシアだとしたら、有無を言わさず『T・アイズ』が保護するだろう。厳しい管理下に置かれ、実験動物のように扱われるに違いない。差別と偏見を最も忌み嫌うカレンは、アリシアのような少女を『T・アイズ』に預けたくはなかった。なぜならカレンの過去に、辛い記憶があるからだ。

 どうすれば怯えて混乱するアリシアの心を落ち着かせ、昨夜の出来事を思い出してもらえるだろう。頭の中に様々な言葉を浮かべても、どれも陳腐で心に響くものではなかった。傷つけたくはないが、単刀直入に話してみようか? 

 思考を巡らせながら観察していると、アリシアの視線が携帯ストラップに注がれていることに気がついた。カレンの携帯には、有名なアニメキャラクターのマスコットが付いている。

「このネコの名前、知ってる?」

「ガーフィールド……」

 最近の風潮で、擬人化した動物キャラクターは敬遠されていた。マスコットなど持ち歩こうものなら、『ビースト』支援者と思われ『アンチ・エッグ』のテロ対象にされかねない。しかしカレンにとって、このマスコットは何より大事なものだった。

 十四歳で死んだ、妹の形見だ。

 カレンはマスコットを携帯から外し、アリシアの膝の上に置いた。

「とぼけた顔が、可愛いでしょう? 私のお気に入りなの」

 アリシアはマスコットを手に取り、カレンを見上げた。僅かながら、瞳に光が戻っている。が、突然その目に涙があふれた。

「私の子猫は? パパは、ママは、どこにいるの? 新しいおうちに帰して!」

 堰が切れたように泣き出したアリシアを、セラピストのメアリーが優しく抱きしめる。

 泣くことで感情を吐露すれば、少し冷静に話せるようになるだろう。カレンはアリシアが泣き止むまで、辛抱強く待つことにした。

 三十分ほどで、アリシアは落ち着きを取り戻してきた。

 白い子猫が事件現場で保護されたことを思いだし、カレンは本署に戻っているリタに電話をかけて病院に連れてきてくれるよう頼んだ。セラピーには動物がよく使われる。メアリーの許可は取れるだろう。と、同時に、妙な違和感を感じて辺りを見渡す。

 ラウンジにいる人間は、来たときと変わらない数人の男性。ノート型PCを使う者、雑誌を読む者、談笑する者……カレンが来てから一時間以上経つのに、誰も席を立っていない。そして飲み物を販売するカウンターには、人がいなかった。

 ちりっ、と、首筋の毛が逆立つ緊張感を感じた。

 嫌な予感がする。

「メアリー、お天気も良いし庭に出ない? アリシアも泣いたら気持ちが切り替わったと思うの、場所を変えた方が良くないかしら?」

 素人の提案を、セラピストがどう思うか不安だった。

 しかし、ここを出た方がいいと仕事から来る勘がカレンを急き立てた。

「それは良い考えね、ではイーストリバーが見渡せる中庭に出ましょうか。花壇は少し寂しいけど、ビオラとパンジー……それからレモンマリーゴールドが綺麗に咲いてるはずよ。寒いからナースセンターで、毛布と上着を借りてきましょう」

 車椅子の後ろに回り、メアリーがストッパーを外した時。

 ラウンジにいた男達が同時に立ち上がると、一斉にカレンとメアリーそしてアリシアを取り囲んだ。

 その数、七人。

「あなた達を、散歩に誘うつもりは無いわよ?」

 カレンは庇うようにアリシアの前に立ち、注意深くホルスターの銃に手を伸ばす。どう見ても、同行を願い下げしたい連中だ。

 じりじりと、包囲を狭める男達の顔付は異形のモノに変わりつつあった。

 眉間と鼻の上に険しい皺を寄せ、凄まじい形相で睨み付ける獣じみた目。頬を裂き、鋭い牙の剥き出された口。細かい毛に覆われ、大きく尖った耳。ある者の輪郭は張り出した額と据わりの良い鼻となり、ある者の輪郭は顎を突き出し鼻筋が長く伸びていく。

「ベア・マンとウルフ・マン……なぜここに、『ビースト』が!」

『スリーピング・エッグ』が『ビースト』に変化する場合、現れる特徴は様々だった。比較的大人しい特徴の者もいれば、危険な特徴が顕著に現れ手がつけられないほど暴れる者もいる。

 その『ビースト』の中でもベア・マンとウルフ・マンは理性的で戦闘能力が高く、組織の中心的存在となっているらしい。

 一番体格の良い、スーツ姿のベア・マンがカレンの目の前に迫った

「我々はその少女に用がある、怪我をする前に渡して貰いたい」

「冗談でしょう? クマさんもオオカミさんも、森に帰ってもらえるかしら?」

 カレンの軽口にベア・マンは、避けた口元を歪ませニタリと笑った。



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