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【SFアクション中編・完結作品】トゥルー・アイズ  作者: 来栖らいか
第1章 クリスマスの惨劇
2/13

〔2〕

 死体は、どこにもなかった。

「現場を見れば、一目瞭然ね。犯人が『ハイパー』じゃ、私たちが捜査に出る幕ないかもしれない……」

 カレン・コールは大げさに溜息をつくと、床に片膝をついた姿勢のまま振り返った。ポニーテールに結い上げたブロンドが、くるりと回転する。

「う~っ、じゃあ何もしないで帰るつもり?」

 カレンの横に屈み込んだリタ・ショーンが、不満を表すように栗色のショートカットを両手で掻きむしった。すると床に貼り付き、僅かな塵の中に手掛かりを探していた鑑識の青年が眉をひそめる。

 せめて塵でもあればと、カレンは再び溜息を吐いた。ニューヨーク市警特捜本部に配属されてまだ日が浅いが、この事件に比べれば大型の拳銃で頭を吹き飛ばされた死体や変質者に腹を切り裂かれた死体の方が、よほど捜査意欲が湧くというものだ。なにしろこの現場において、事件の痕跡となるものは人型に焼き付いた影だけなのだから。

 アッパー・イーストにある高級アパートメントは、ウォール街に弁護士事務所を持つオッドマン氏の社会的地位を現していた。広いリビングには英国アンティークの調度品が品良く配置され、重厚なダイニングテーブルにはクリスマスを祝う豪奢な晩餐が手付かずのまま並んでいる。

 中央に灯されたクリスマスキャンドルが、主人の席に置かれたワイングラスの中で揺らめいた。

 深紅の液体が満たされた、美しいカットグラス。だがその脚の下から成人男性の腕と同じ太さの黒い影が、テーブル端に向かって伸びている。硬く丈夫なウォールナッツ材をこのように変色させるには、かなり高温の焼きごてをあてなければならないだろう。しかしこれは、材質が焼けた焦げあとではなかった。

 椅子の上と背もたれにも、座っていた人間の体格に近い影が焼き付いていた。テーブル下の靴あとは、まるで靴底に墨を塗って型どりをしたようだ。

 床を検分し終えたカレンは、玄関に通じるエントランスホールに向かった。そこにもう一つの影が、焼き付いているからだ。

 何かから逃れるように、ドアへと手を伸ばす黒い影。大理石の白壁に焼き付いたそれは、細い上体に豊かな胸元が判別できることからオッドマン夫人に間違いないだろう。2日前にクリスマス休暇をとったハウスキーパーの女性は、ノースカロライナの実家に所在を確認済みだった。

 事件現場にいたのは主人である弁護士夫妻と、今日から娘になるはずだった8歳の少女。そして、ゲストとして招かれた児童養護施設の園長。

「ハイネマン園長の容態は?」

 本部から掛かってきたらしい電話に応えるリタの声で、カレンは再びリビングに戻った。

「まだ手術中だって。何カ所も複雑骨折していて、かなり時間が掛かるらしいよ」

 気の毒そうに肩をすくめたリタとは逆に、カレンは心の中で舌打ちする。本音を白状するなら、今すぐ唯一の目撃者であるクラウス・ハイネマン園長を取り調べたかった。

 クリスマス・ディナーに招かれたハイネマン園長が、アパートメントを訪れたのが十九時。夫人に出迎えられリビングでオッドマン氏と挨拶を交わし、席についてワインを注がれた時に事件が起こった。

 目の前に座っていたオッドマン氏が、突然かき消すように消えたのだ。

 悲鳴を上げた夫人を落ち着かせ、ハイネマン園長はまず部屋から出て助けを呼ぶように指示した。室内に得体の知れない武器を携帯した敵がいた場合、危険だと判断したからだ。

 ところが玄関に向かう途中、夫人までもが声を上げずに消えてしまったのだ。

 玄関が使えないと思ったハイネマン園長は、咄嗟に8歳の少女を抱きかかえリビングの窓から飛び降りた。

 アパートメントの周りは、クリスマスイルミネーションに彩られた低い植え込みに囲まれていた。しかし少女を抱え4階から飛び降りた成人男性を、無傷で受け止めるには及ばない。ハイネマン園長は重症を負いながらも、一階のカフェの店員が呼んだ警察に事情を話し意識を失った。少女に怪我はなかった。

 カレンが知り得た情報はこれだけだが、殺害方法で犯人が何者であるか特定できた。

 一瞬にして肉体を素粒子分解し、黒い残滓に変える力を持つ『ハイパー』。それも一晩に二人の人間を消し去ったことから、かなり高い能力者に違いない。彼等は人間の姿をしているが、異能の力を持つ化け物なのだ。

 現場の状況からカレンは、一番近いERで手術中のハイネマン園長を疑っていた。怪我は、偽装工作の可能性がある。同じ病院でサイコセラピストに保護されている少女も、可哀想だが会って話を聞かねばならない。

 しかしカレンに、どこまで捜査権限が与えられるだろうか?

「あのねぇ、カレン……言いにくいんだけど」

「解ってる、本部長がFBIの『Xファイル捜査官』を呼んだんでしょう?」

 リタから遠慮がちに話しかけられ、思考を中断したカレンはジョークを返した。先ほどリタが受けた電話は、ある調査機関の介入を知らせてきたのだ。

『ハイパー』が絡んでいるとすれば、遅かれ早かれ顔を合わせなくてはならない連中。しかしカレンは、彼等に捜査を委ねるつもりはなかった。どんな強面が来ようと対等に渡り合い、合同捜査に持ち込んでみせる。

「『T・アイズ』から……調査員が来ました」

 玄関先で警戒に立つ警官が、妙に口ごもった言い方でリビングに呼びかけた。カレンは仁王立ちで腕を組み、すみれ色の瞳に気迫を込めて前方を睨むと、大きく深呼吸をする。

「先に断っておくけど、我々はこの件に関して捜査を放棄するつもりはないわ。これまで原因不明の事件はあなた達に丸投げしてきたから、犯人逮捕に至らなかった。でも特捜本部が新たに設立されて、特殊なケースを扱うことになったの。情報を秘匿したり、全面協力するつもりが無いなら、この部屋に一歩たりとも……え?」

 カレンは目の前に現れた人物をみて、言葉を失った。

「一歩たりとも、立ち入りを許してもらえないのか。随分と一方的な条件提示だけど、交渉の余地は?」

 ブロンドに近い亜麻色の髪を無造作に掻き上げ、少年は優しいエメラルドグリーンの瞳でカレンを見つめた。細身で背が高く、落ち着いた雰囲気を纏っているがどう見ても十五歳か十六歳だ。

「『T・アイズ』から派遣された、ストレイカー調査官です。どうぞよろしく」

 唖然として脳内シミュレーションを崩壊させたカレンは、差し出された手に気がつかなかった。ストレイカーはその手を自然な動作で収めると、魅力的な微笑みを浮かべる。

「調査員が僕のような子供で、驚かれましたか?」

 ストレイカーの言葉に我に返ったカレンは、その微笑みに赤面した。と同時に、言いようのない怒りが沸き上がる。こんな子供が、いったい何の役に立つだろう。『T・アイズ』は、警察を馬鹿にしているに違いない。

 増加の一途をたどる、都会の凶悪犯罪。それらの中に警察では扱いが難しい異様なケースが現れ出したのは、ここ近年になってからだ。

 人体消滅、メタモルフォーゼ(容姿の著しい変形)、原因不明の昏睡。

 世界各地で同様な事件が報道されたが、一番発生率の高いアメリカ合衆国ニューヨークシティと日本国トーキョーシティが両国話し合いのもと、合同出資の調査機関を設置することになった。

 その調査機関の名が『特異事象情報調査局 True Eye's』(トゥルー・アイズ)である。

 カレンの表情から心情を汲み取ったのだろう、ストレイカーの微笑が困惑のそれに変わった。

「お気持ちは察しますが、これでも僕はスペシャリストなんですよ。証明が必要なら調査実績を当局から送らせますけど?」

 このガキ、小賢しい口をきく。警察が軽んじられた怒りとは別に、少年はカレンを不快な気分にさせた。しかし今は、冷静な話し合いが必要だ。『T・アイズ』に抗議するのは、後回しにした方がいい。

「そんなもの、必要ないわ。私はニューヨーク市警特捜本部のカレン・コール。ところでストレイカー調査官、あなたの言うところの一方的な条件提示は、受け入れて貰えるのかしら?」

 カレンの言葉にストレイカーは、再び微笑みを返すと肩をすくめた。

「この件に関して当局は、全権限を僕に一任しています。僕としては……そうですね、コール刑事が素敵な女性なので条件を受け入れても構わないかな?」

「なっ……あなた一体、どういうつもりっ!」

 冷静に話し合うつもりが一転し、カレンは思わず声を張り上げた。馬鹿にするにも、ほどがある。

「失礼、冗談が過ぎました。しかし権限の一任は事実です、『T・アイズ』は改めて調査協力を申し出ましょう」

 毒気を抜かれたカレンは、ただ呆然と目の前の少年を見つめ返した。



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