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短編集 冬花火

蟹股の兵士

作者: 春風 月葉

 この場所では少し前まで争いがあった。

 未だ硝煙が立ち上る焦土と化したその場所を、一人の兵士が重い足取りで歩いていた。

 世界は既にこの場所を忘れ、長かった争いを終え平和な時代が訪れたと喜んだ。

 しかし、彼は争いの中から逃げられない。

 世界が戦後を謳おうとも、彼はそれを拒まざるを得ない。

 彼の時間は止まってしまったのだ。

 彼は前には歩けない。

 醜い争いの跡を歩きまわり、仲間を探している。

 それは別になんでもよかった。

 かつての戦友でも、命を懸けあった旧敵でも、はたまた別の命であっても。

 彼は歪な腕で瓦礫をどかす。

 その度に肩を落とし、俯き、涙を流す。

 彼は前に進めない。

 どこかから赤子の泣き声が聞こえた。

 幻聴とも思える微かな声を追い、彼は走り出した。

 元は民家であっただろうその場所で赤子は弱々しく泣いていた。

 母に抱かれたまま、母の命を吸い続けて生きていた。

 彼は赤子を抱えた。

 痩せ細り、今にも折れてしまいそうな赤子を。

 彼は涙を流した。

 やっと見つけたのだと涙を流した。

 次の瞬間、赤子はピタリと泣き止んだ。

 恐る恐る彼は赤子の胸に耳をあてたが聞こえるはずの音は聞こえなかった。

 彼は泣きたい衝動に駆られた。

 しかし、駄目だった。

 涙はもう枯れてしまっていた。

 行き場のない感情を何かにぶつけたかった。

 彼は壊れた民家を飛び出した。

 次の瞬間、彼の足下がチカッと光り、その刹那、凄まじい爆音とともに彼の身体は宙に舞った。

 やっと、彼の時間は進み始めた。

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