#5
目覚めた僕は悪夢でも見た朝のようにバクバクと心臓が高鳴っていた。
陽刺す城の廊下も、腕の中で眠る少女の姿もそこには無い。
「っこころさん……っ!」
思わず僕は、正しい現実も忘れ、彼女の元に駆け寄った。
「ぶふっ」
するとすぐ後ろで誰かの吹き出す声が聞こえ、振り返った。
エミィが冷たく、くっくっくと笑っていた。僕の頭では、その冷笑の意味はわからなかった。
「とんだ偽善者ね。ねぇ、あれって私が悪者になるのかしら」
不機嫌そうな声色を交えて、エミィはCiIを外した。その一言で、大体の思惑が伝わる。
「まるで操り人形。私たち。」
エミィはもはや頬笑みにとどまらず、ケラケラと声をあげて笑っている。
「……何が言いたい」
現実世界で、僕はエミィの言葉の意味を読み取ることはできなかった。
「そのままの意味よ。無意識なの?才能ね。こんなに好き勝手されたのは初めて」
また、エミィは手を開いたり閉じたりと、それ以上何も言う気はないと、そんな素振りはなかった。
何の話を。不快感が心に立ち現れそうになったところ、僕の手中でこころさんは少し身体をたじろがせた。
「う…ん……?空くん…??」
と、そこでこころさんが目を覚ました。少し気分が悪そうだったが、その顔はにこりと満足げだった。
もちろん、発疹はどこにも見当たらない。
「ほら、可哀想な姫のお目覚めよ?」
エミィが嘲るように言う。
「……からかうなよ」
しかし、それ以上反論はできずにいた。
演技は、全員の協力もあって上手くいったと感じていた。たしかに、二人に自由は無かったかもしれないし、嫌な思いをさせたかもしれないが、それでも上手く纏まったから全部いいじゃないか。
どうにか話題を逸らすべく、こころさんに話を振った。
「大丈夫?立てる??」
想像とは言え、かなり酷い仕打ちを受けたんだ。
……シナリオだからって、僕が彼女にひどい役を押し付けた形となる。
「は、はい!大丈夫ですよー。ほら、このと……うり!?」
そう言いながらこころさんは立ち上がろうとした所でぐらっとふらつき、よたよたと倒れそうになった。
ただ僕は無心に、エミィの視線なんて気にせず。そのふらつく手を握った。
CiIの中の感覚と全く同じだった。小さく、華奢で、細い。
「おっ……と。ちょっと休む?」
こころさんがお礼を言おうとしたのだろうか、口を開こうとした瞬間、またも金髪に遮られる事となる。
「ねぇこころ?キスは無理矢理じゃなかった?」
涼しげな笑顔を浮かべながら。
こころさんが急に僕の手を振りほどき、数歩離れた。
耳まで真っ赤にして、うつむき加減にぼそりと呟いた。
「……あ、ありがとうございます」
僕はじっとエミィを睨んだ。僕もこころさんもそういう気は全くないのに。それに足る記憶と思い出、感情は用意しておいたはずだ。こころさんが不快な思いなんて……。
「……ぜ、全然無理矢理じゃなかったです!」
深まる考えに、彼女自身の擁護も相まって、僕は罪悪感を相応に消すことができた。
「全部必要なことでした!私はあの終わり方がいいです!……そういう役だったってこともありますけど、上手くいったからそれで私はいいと思います!」
僕とエミィの険悪を察したのか、こころさんは言葉を重ねて、努めて明るく部屋に声を響かした。
しかし、エミィの表情はさらに翳る。至って真剣に、ゆっくりと言葉を並べた。
「あのまま物語は終わっていても良かったの。それでも、わざわざもう一度あのあなたを描写したのよ、私ならあんな酷い事女の子にはしないわ」
反論する間もなく、彼女はこころさんの瞳を捉え続ける。
「演技はみんなでするものなの。CiIを勘違いしないでね、流れに身を任せてばっかりじゃ食われるわよ」
そこでがちゃりと扉が開いた。
「お疲れ様でした」
志帆先生だった。
志帆先生は淡々と話続ける。
「CiIをとって。今日は真っ直ぐ帰っていいわ。次にここに来るのは明日の筆記試験ね。最後まで気を抜かず頑張ってちょうだい」
言われるがままにCiIを取り、導かれるままに僕達は高校の外まで連れられた。その間に、誰も口を開けようとしなかった。
あんな酷い事、女の子にしない。ぐるぐると同じ言葉が頭の中を回る。
最後の最後まで、僕たちは言葉を交わす事もなく、それぞれがそれぞれの道をいくこととなった。






