#3
作戦会議は、すでにその大体の時が失われている。
腹痛は、治まりそうにない。
今までのとは比べ物にならないほどの緊張に晒され、僕の心とお腹は悲鳴をあげ続けていた。
これからの人生を決める。一世一代とも呼べるイベントなんだ。
なのに。
どうやら上手くいきそうにない。
作戦会議は最初の一歩から、もうつまずいていた。雰囲気、容姿、声質、スタイル。どれをとっても姫役はエミィが当てはまっていた。
なのに。
◇
「あら?私、お姫様はしないわよ?そうね、私は自由枠で。……姉役がいいわ。それでいいわよね、こころさん?」
え?
思わず声が出そうになった。が、すんでのところで踏みとどまる。
こころさんの方もまさか自分が姫役、そんな大役を任されるなんて考えもしなかったのだろう。表情が固まっており、微動だにしなかった。
「こころさん?」
エミィがこころさんに優しく声をかけた。
「は、はい!!?」
やっと現世に還ってきたようで、こころさんは跳び跳ねた。しかし目はまだ焦点が合わず、顔も少しひきつっている。
「ふふ、良い返事ね。一緒に頑張りましょう?」
待て、待て待て。
勝手に話を進めるんじゃない。
「ちょっと。エミィ」
僕はあまりに独裁的に進めるエミィを妨げるように声を発した。
「なぁに?こころさんじゃ不満だっていうのかしら?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「けど?」
弱気な僕の心は、そんな二言で散ってしまった。
エミィは一歩も引くつもりはないらしい。仕方がない、もうここはこころさんを信じるしかない。
「いい。役はもうそれでいい。こころさんも大丈夫?」
「が、頑張ります!!」
いつの間にかこころさんの瞳はまっすぐで、少しの迷いもないものへと変わっていた。
そうだ、やる前から諦めるなんてもってのほかだ。こころさんの真っ直ぐな瞳に、心が大きく持ち直す。
まさか、エミィはこの奮起を狙って?いや、そんな。
ちらりとエミィを盗み見た。
依然として表情は余裕そうに微笑んでいるし、緊張の欠片も感じてないようすだった。
「じゃあ次に、考えた構成だけど……」
そこまでいいかけた僕の発言を遮り、エミィがとんでもないことを口にした。
「いいわよ、ストーリーなんて。とにかく流れに全部任せて。それで大丈夫だから」
「え!?」
今度は心のなかに留めることが出来ず、声をつい荒げてしまった。こころさんがわっとすこし驚いた。
「いい?たった15分の演技、それも役者は3人よ。向こうはストーリーなんてこれっぽっちも期待していないわ、多分。求めているのは、そうね。6割の対応力と4割のチームワークってとこかしら。」
エミィは僕たちが理解するのを待ってから、スラスラと続けた。
「それに、私たちはただ演技をする訳じゃないの。CiIで演技をするのよ、台本は台本じゃなくなるし、アドリブはアドリブじゃなくなるの」
今思えばひどく掴みどころのない物言いだったのだが、その時の自分は過度の緊張と諸々の錯乱が相まり、あたかもエミィの意見が正しいと感じてしまった。
「空は構成をとにかく思考し続けて。こころはとにかく自分のしたいようにして」
エミィは満足したように僕とこころさんに優しく頬笑みかけた。アドバイスとは程遠い、取り止めのない言葉だ。
そこで、各グループの話す声を遮るように、神崎さんの声が響いた。
もう、Aグループが呼ばれたようだ。
シナリオは無くなった。全てほぼアドリブ。
いいさ、やってやる。そこまで言ってうまくいかなかったら、エミィ、君を呪ってやる。
僕はエミィとこころさんに自分なりに優しく頬笑みかけた。引きつっていただろう。
◇
思っていたよりも随分と早く僕たちのグループが呼ばれて、別室に移動し、しばらくたっただろうか。椅子と先程見たCiIが置いてある机しかない小部屋に移動させられて、もう数分放置されている。
緊張が限界を超えようかと言うところでようやく、神崎さんががちゃりとドアを開けて入ってきた。
「待たせてすまんな!設定が色々ややこしくてな。じゃあ皆、これ着けてくれるか。旧型なんだ、我慢してくれ」
すると神崎さんはポケットから3つチョーカーのようなものを取りだし、それぞれ僕たちに手渡した。
かちりとエミィがそれを首にはめた。どうも慣れたような手つきに僕は違和感を覚えた、が、そんなことを気にしている余裕もなく。僕とこころさんはエミィに倣って首にチョーカーをはめた。
「よし、じゃあこれも着けてくれ。着けたら3分だけ体を慣らすための時間があるからな、3分経てば試験スタートだ。今まで培ってきたことを出し切れよ!」
そこまで言い切るとそそくさと神崎さんは逃げるように部屋を飛び出していった。なぜか一度もエミィさんの方を見ていなかったような気がする。
僕たちは一斉にCiIを首に嵌めた。
首にヒヤリとした感触が走ってすぐ、視界は一瞬真っ暗に閉ざされたが瞬時に眩いほどに明るく光った。そしてまた、暗転。
首にはめたチョーカーがキュルキュルと鳴り、その音を最後に僕の体は一切の音、光、感覚を失った。
噂には聞いていたが、これほどに非現実的な体験をし、心臓は激しく波打っているはずなのだが、その脈の音すらも聞こえない完全な無。
かなり長い時間、その無を漂っていたような気がする。
すると、先程までとはいかないがすこし明るい光を感じて、僕は目を開いた。そこで初めて僕は目を閉じていたのだと知る。
さっきまでの完全な無とは対照的に真っ白な空間に僕、いや、僕たちは居た。
横にこころさんとエミィが立っている。
こころさんは口をぱくぱくし、あからさまに放心しているようで、エミィは手を握ったり開いたり、まるでゲームの感度でも試しているかのようだった。
僕も初めての仮想空間で、興奮と緊張が入り交じりその場でピョンピョンと跳び跳ねたりした。重力も感じるし、疲労感もある。
「ふーん、よくできているわね」
エミィがそう呟き、目を少し瞑ったかと思うとすぐに開き手のひらを見つめ始めた。
なにもなかったはずの手のひらに突如、赤いりんごが現れた。エミィはそれをしゃくりとひと口食べて、そのりんごを上に放り投げた。
しかし、もうそのりんごが地につくことは無かった、無に帰している。想像を造る、エミィはそれを完璧に行えるようだ。
僕も何かしてみようと思い、手のひらを見つめ、エミィと同じりんごを思い浮かべた。
が、手のひらに現れたのは、赤い不格好な球体でとてもりんごと呼ぶには難しいものだった。
案外難しい。背筋に嫌な汗がにじむのがわかる。
嫌なくらいにどこまでもリアルだった。
「どうやってするんですか、それ」
手のひらを見つめ続けているエミィに恐る恐る声をかけた、こころさんも興味津々そうにエミィを見つめながら、自分の手のひらを握ったりしている。
「まだ、あなたたちには難しいと思うわよ」
突き放した言い方に、僕は反感を覚え嫌な顔をした。
エミィはそんな僕を見て、優雅に微笑んだ。
「大丈夫よ。今回は使わないわよこんなの。それにこれから学べばいいじゃない」
にこにこと笑いながらエミィはそう言った。
「そうだな、これから、か」
キザで遠回りな励ましも、今ではもう親しみすら感じている。
「じゃあ、そろそろ3分ね。特別に私と同じグループになれた幸運なあなたたちに最後のアドバイス」
微笑みを絶やさず、エミィは続ける。
「形ある想像よりも、未来を踏まえた想像を大事にしなさい。……わかりやすく言うなら、ポジティブって言うのかしら?」
ここで初めて、饒舌だったエミィの舌が絡まった気がする。
「なんですかそれ。励ましのつもりですか?」
たまらずこころさんがふふっと笑った。初めての笑顔だ。
最後のアドバイスがただの励ましだなんて。これがエミィらしさなのか。
また少し、勇気が沸いた気がする。
出せる力を出そう。
そこでまた、視界が暗く落ちる。
「思い描くだけで、それが起きるのよ」
エミィがただぽつりと、そうはっきり呟いた。