#2
無事に全ての試験課程を終えた放課後。日の落ちた職員室に残っているものは少ない。
「どうでした?今年は。」
先日行われた入試の採点を進めるなか、背後からそう声がかかる、俺は手を止めて振り向いた。凛とした表情の志帆先生が立っている。彼女から話題を振られることは珍しい。
「あぁ。なかなかの粒揃いだぞ」
俺はそう言いながら机上に置いてある、八割に合格の判子が押されてある採点用紙を志帆先生に手渡した。
「ちょっと甘くないですか?採点」
「いや、まぁ。そうなんだが……」
呆れたように言う彼女に、俺は言葉を濁した。
実際、採点が甘いわけではない。
それほどに今年の人材はどれも惜しい。できることなら、全員を合格にしたいくらいだ。だが。
「そういうわけにもいかないんだよなぁ」
これほど合否に頭を抱えたのは、教師歴十二年のなかで初めてかもしれない。
演技に一切の抜かりがない双子に、
どんな役をもこなす秀才、
自分の魅力を全て理解している優等生、
前向きで見るものに勇気を与える少女…。
あげてもあげてもキリがない。他にもまだ才能を感じる子はたくさんいた。
が、なんといっても今年総合的に見てずば抜けていたのは、理解力と柔軟な対応力だ。
ここの高校は演技力の向上を主として、一般的な学を積んでいく。
ここまでならそこらの高校とは大差無い。
しかし他とは違いこの高校には、大きな差がある。その点こそがこの高校の人気を博す点でもある。
それは想像空間での実習。その名もCiI。
読んで字のごとく、現実で演技をするのではなく頭の内での空間の演習となる。
まず仮想空間に行くには専用の機材を装着することになり、それらの効果で五感全てが仮想空間に飛ばす。飛ばされた先はさながら現実と変わらない世界が広がっており、演技をするのに全く当たり障りない。
現実との違いと言うのは、自分の考えた事が、実際に目の前で起こることだ。
『想像を創造せよ』
職員室の前方にかかる。仰々しい額が目に入った。
この理念はこの事を表しているといっても過言ではない。
だが、この突飛な環境に即座に対応できる受験者はそう多くなく、大半の生徒が己の実力を発揮できずに終わる。
なんでも想像ができるということを誤解し、侮ってはならない。その力はほとんどの場合において足枷となる。
本来なら、授業の中でこれの使い方を色々習っていくべきなのだが…。
CiIは確かに便利だ。
最初にかかる費用に目を瞑れば、そこからかかる撮影費用は一切かからないし、なにより現実では絶対あり得ないようなシーンも容易に撮ることができる。
しかし、それで有用な人材が適応できずに落第となってしまうのは本末転倒じゃないのか、と何度ため息をついたことか。
黙っている俺に志帆先生が声をかける。
「随分考え込んでますね。難しい顔して」
「すまんすまん。……何か意見とかあるか?」
俺は採点用紙を指差した。
志帆先生はうーんと少し唸る。
「まぁ他の先生方も大体こんな感じでしたよ。…あと少し気になったんですが。」
そう言いながら志帆先生は一人の受験者の欄を指差した。
件の帰国子女の名が記されている。
「このエミリーさん?でいいのかしら。出自が少し気になって」
あぁ、こいつのことか。
どこの業界にも天才がいる。
こいつは演技という業界における天才だ。
「うーむ、それはだな……」
ふと、あのグループの演技を思い出した。
ただでさえややこしい奴なのに、確かこいつのグループは一番厄介な締めを引いたんだったな。
さぞ、あの二人は振り回されたことだろう。
「……知らなくても、良いことのうちの一つだ」
「何ですかそれ」
志帆先生は小さく笑う。
「それと、この子もなんですが…。」
志帆先生はエミリーと同グループ内の嫁内君を指差した。
「彼は最初からCilについて知識があったんでしょうか?」
その事か。確かにあれは俺も驚いた。
「いや、無かったはずだ。あれも彼の才能だろう」
「そう、ですか。なかなか面白い子でした。これからの成長が楽しみですね。…それでは、続き頑張ってください。」
そう言って志帆先生は用紙を俺の手元に返し、自分のデスクに戻っていった。
さて、もう一度あのグループの演技、見てみるか。
採点はまだ終わりそうにないな。
俺は満点合格者が四名並んだ採点用紙をポケットに入れ、CiIの録画再生ボタンを押し、“#4”を選択した。