#1
決戦の時。
王城に伸びる影が二つ。じっと動かなかったその二つは、急にゆらめいた。
「本当にこうするしかないのか?」
剣を振りかぶった彼は、半ば罰の悪そうにそう呟いた。
その刹那、思わず耳を塞ぎたくなるような、鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。剣を交え、逡巡を巡らせる彼らからはそれが演技だということを全く感じさせない。
「あぁ。他に方法はなかった。いいんだ、これで」
軽やかにそれを受け止め、対峙する彼はにやりと笑い。周囲に緊迫した空気が流れる。
「じゃあ遠慮はいらないな。……お前とこうするのも、あの日以来か」
過去を思い出すそぶりを見せる彼の表情はどこか穏やかで、少し悲しそうだった。
「あの頃は引分けで終わっていたな。 名実共に今日が決着の日だ」
決着。
あともう数分経てば、片方のどちらかは地に伏し、こうして言葉を交わすことも叶わなくなるだろう。
「お互い背負うものが多すぎた。俺が星さえ吟じなければな」
そう、背負うものが、多すぎたのである。
……ん?背負うもの……??ほしを、ぎんじる??
待ってましたと言わんばかりに二人は、歯を見せてニヤリと笑った。覗き込んだ白い歯と、無邪気なその横顔に、思わずため息が出る。
「一等星が光ったんだ。俺だってそうしてたさ。でもまさか幼馴染のお前が帝国に寝返るなんてな」
「仕方がなかったんだよ、お前と離れるのは寂しかったけどな」
あぁ、もう。
こうなった二人は止まることを知らない。赤点だって気にしないだろう。
こいつらの悪い癖だ。そんな設定は台本に無い。もちろん本筋に全く関係もしない。
いつもいつも毎回、しなくてもいい演技を、どうでもいい設定をこれでもかと盛り込んでくる。
「俺もだ、お前が急に居なくなったと聞いてからてっきり俺は、第二魔法共帝の奴らの圧政に文句言いに飛び出したのかと思ったぞ」
「そんな俺が魔法に染まってるから驚きだろ?これ便利なんだぜ、なんせ魔法っていうのはなーーー」
怒涛の新出単語に、目が回りそうになる。監督として僕はもう頭を抱えるしかない。
「はいもう、ストップストッーーープ!!」
好き勝手する二人にたまらずクラス代表のミカさんが止めに入る。
「えぇー!?これからいいところだったのによー!?」
帝国側だとのたまう彼。赤壁修は不満そうに口を尖らせた。
「そうだぜー!!せっかく盛り上がってきたのによー!!」
話を遮られた彼、赤壁将も不満気だ。
赤壁兄弟の演技演習のオチは、いつもこうである。
ミカさんはそんな彼らを全く意に介さず、説き伏せるよう声高に叫ぶ。
「いらない設定が多いの!それに最終決戦っていう設定なのにべらべらべらべらいつまでも喋りすぎよ!!」
全くもってその通りだ。演技演習第二幕、アクションと設定準拠したセリフの実演。設定は最終決戦。
あくまでその一場面の仮定練習のだけなはずだった。
「はぁ、また最初からじゃない。嫁内君、巻き戻しお願い。……ちなみに嫁内君だったら今の何点つける?」
ミカさんは振り返って僕にそう聞いた。
今回の、世界観構築と監督と書記係は僕だ。点数をつける役割ももちろんある。
設定盛り込みすぎ、状況理解欠如、本来なら100点満点の半分もないだろう。
「……80点かな。」
そう呟いた僕に、赤壁兄弟は息ぴったりにガッツポーズ、ミカさんは驚き目を見開き、信じられないといったようにこちらを見た。
本来なら赤点50点以下……
でも、
……ほしをぎんずる。ちょっとかっこいいな。
「……はぁ、嫁内君は王道に弱いんだから。じゃあ模擬演習はここまで!赤壁君達はもうちょっと自分を抑えるように!!次は許さないからね!!」
そこで丁度、授業修了のチャイムが鳴った。
僕、嫁内ソラは、この円義波高校演劇科に通う高校新一年生。
個性の強い面々に、日々気圧されながらも、自身の役を全うしている。
◇
さかのぼること一ヶ月。
僕の運命を変えた入学試験の日。
「ここ、かな……」
震える手で、受験票と照らし合わせながら確認し、1年A組のドアを開けた。
思わず息を呑んだ。
ピリピリとした張り詰めた空気に全身の毛が逆立つ。
パッと見るだけで個性の強い、すでに着席を済ませている彼、彼女らが、開いた扉、こちらをジロリと睨む。
あぁ、お腹が痛い。
慣れない雰囲気に圧倒されながらも視線を避け、黒板に貼られていた席表と受験番号に従い、音を殺して席に向かった。
試験説明開始までまだ30分あるのにも関わらず、もう席はほぼ全て埋まっている。さすがの超高倍率高校だ。
ざっとみて数十人は居るだろうか。その面々、一見して凡と判を押せる人間は一人さえいない。僕はこの中で、役者として個性を主張しなければならない。
緊張でどうにかなりそうだ。紛らわしに参考書でも持ってくれば良かった。
机の木目でも数えていようか。
「ねぇ」
目の前に座っていた女の子が振り向き、急に話しかけてきた。いきなりの出来事に思考がピタリと止まる。木目からぐりんと視線を外し、目に入ることだけ、それだけを機械的に頭で理解する。
ポニーテールで、整った顔立ちに眼鏡。
真面目そうな顔つきは、どことなく人当たりが良さそうで、皆の先頭に立てる様な気質を感じさせる。
穏やかに見えるが、言うときは言う。言えなくて潰れてしまって、影を刺すのも似合いそうだ。僕なら、彼女の役はそんなところにするだろう。
「ちょっと緊張しててさ、少し話さない?」
人の顔をジロジロみて、気持ちの悪い自己役振りを頭で回す僕と対照的に、彼女は照れながら笑った。
若干の後ろめたさに声も出ず、ただ僕は必死に首を縦にふった。
「君、名前は何て言うの?私は矢照美美香」
「よ、嫁内空です」
絞り出した声は、意外にも震えてはいない。スッと入ってくるような、凛とした彼女の声がそうさせるのだろう。
「よろしくね。嫁内君」
「……皆さ、顔恐くない?確かに受験ライバルかもしれないけどさ」
「……だね、さすが円義波高校」
「さすがトップ高……。せめて私たちは仲良くしようね」
「うん、お互い受かればいいな」
それらしい言葉が簡単に出る。小気味のいいテンポの会話に、緊張がやや解ける。
「ふふ、だといいね。……え、はや、もうそろそろ始まるみたい」
にこりと笑うその笑顔に表裏はない。と、信じたい。
定刻より随分と早く、号令のチャイムが教室に響いた。彼女は小さく手を振ってから、さっと前に向き直った。
よし、彼女のおかげで、少しだが気が楽になった。彼女が友達一号となる事を心から願う。
背筋を伸ばしたところすぐ、がらがらと扉が開きスーツを着た男女が入ってきた。
一層、周りの人の顔つきが真剣になり、空気も更に張る。
教卓に前まで入ってきた男女の、男の方がぱんと手を鳴らし、注目を集めてから話始めた。場にそぐわないしゃがれた声が教室に響く。
「あー、本日は。円義波高校に来てくれてどうもありがとう!まあ実際に、ここに通えるようになるのはお前らの半分も居ないが、どうか半分に入らなぬよう半分に入ってくれ!」
本当に表裏の無い笑顔とはこの事を言うのだろうか、悪気なさそうにガハハと豪快に笑っている。
「欠席はゼロ、いいぞ。じゃあ早速試験の説明をする!遅れたが俺は神埼!こいつは志帆だ!」
女性が男をキッと睨む。
「佐藤志帆です」
曰く志帆さんはすかさず訂正をいれた。大男の説明は続く。
「今日は実技の試験だな!今からいくつかのグループに分かれて実際に演技をしてもらうぞ!……これを使ってな!」
今日は受験二部のうちの一部、円義波高校受験科目における、実技。その日だ。
グループ受験とだけ、要項には記されてあった。
男は、ガシャガシャと音の鳴る大きなかごを教卓の上に置いた。
それはブレスレットのように見えた。しかし、通常のそれとは少し形状が異なるようで、中心に神秘的な青い光を弱く発しているようだった。
あれが、噂のCiIなのか。
「まずはグループ発表してくぞー!よく聞いとけよー!!」
捲し立てられる様なこの感じは、中学の頃の受験や模試を思わせるものがある。質問の間も無く、志帆さんはポケットから紙を取り出し、淡々と名前を読み上げていった。
「…グループA、赤壁修、矢照美香、青葉健。……。……、……。」
順にグループが発表されていき、僕はグループDの僕、エミリーさん、小野心さんのチームだった。残念ながら、ミカさんとは別グループのようだ。
「大まかな流れと時間を書いた台本配るから、それを見てグループ同士話し合ってくれ!今からきっかり30分後にスタートするぞ!」
いとも簡単に進められるが、誰も何も口を発しない。ただ、機械的に配られた台本を後ろに回している。
ミカさんから僕に台本が手渡されるとき、ミカさんは小さくウィンクをしてくれた。
宣戦布告というわけじゃないだろう。
僕も小さく頷いて返した。
◇
そこから志帆さん先導による席移動が始まり、各々グループ別に固まって座ることとなった。
グループ内の人は一旦仲間と見ていいだろうのか。しかし、他グループは、ライバルだ。その事実は変わらないだろう。
グループはEグループまであった。受験要項を鑑みるに、多く見て2、3グループしか合格はできないと思える。
およそ同グループだ思われる人が自分の元に集う。
全くもって対称的な女子二人だ。第一印象は最も、そう感じられた。
「グループDね。よろしく、私はエミリーよ。……エミィでいいわ。」
「……わ、わたし小野心…です……!よ、よろしくお願いします!」
「嫁内空です。よ、よろしくお願いします。」
背の高いモデル体型の金髪女子はエミィさん、背の低い彼女はこころさん。エミィさんはハーフっぽい顔立ちで、こころさんは黒のショートの可愛らしい雰囲気を纏っていた。言動から見た目まで、完璧に対称性が保たれている。
エミィさんの気だるそうな瞳の奥で、試験に対する本気度がゆらめいていた。なんでもそつなくこなせるのだろう。消極的でなく、本当の褒め言葉として、何の役でも合いそうな人だった。
こころさんは、見るからに緊張が高まっていて、おどおどと視線さえ定まっていない。しかし、不安感を煽らせるものではなく、微笑ましささえ感じさせるその個性は、武器となるだろう。
今回における試験での頼もしい味方だ。
こころさんと軽い共通点を感じ、エミィさんの少し威圧的な態度にまた緊張が重なる。
軽く自己紹介を済ませた僕たちは、各々に台本を開いた。
表紙ををめくり、まず目に入ってきたのは、見開きに大きく
『蛙のお姫様』
とあった。このページはただそれだけ。
もう一枚ページめくる。
役:姫、王子、自由枠
時間:15分
このページもそれだけだった。
そこでその冊子は終わっている。台本冊子とは名ばかりで、二ページしか構成されていない。
台本と呼ぶには圧倒的に情報が足りないのは明白だった。セリフも進行も始まりも終わりも書いていない。
しかし、予想はできていた。全てはアドリブということだ。今や珍しくともない。むしろ一時間も話し合える時間があるのは優しいとさえ言える。
さて話し合いを始めようと、正面を向き直ったその時。
「おぉ、ちょっと悪いな」
「……はいこれ。一枚選んで。エンディングをこれで決めてもらうわ」
先程の試験監督二人だった。
志帆さんが小さな紙を数枚、トランプのババ抜きのように僕へ、ずいと出してきた。
僕は困惑してエミィとこころさんに目配せした。
こころさんは目をそらし、エミィは小さく笑いどうぞ?と言わんばかりに右の手のひらを出す。
責任なんて知らないからな。もしこの紙に不合格と書かれていても、何の責任も……。
「時間無いのよ?」
エミィの意地悪なその声に、僕は仕方なくその数枚の中から一枚選んでひいた。
「お、当たりじゃないか、頑張れよー!」
そう言い残し二人は他のグループの所へ行ってしまった。
引いた紙を開き中を覗く。二人も僕に倣う。
『オチ:半ハッピーエンド』
そう書いてあった。
僕らは顔を見あわせ、少しの沈黙に包まれたがすぐにエミィが口を開く。
「グループで違うのね」
台本は、配りかたからみて、内容は全く同じだろう。
相違点は結末と、自由の枠に何をいれるか。根本の差違はそんなところか。
たしかにやっかいな結末を引いてしまったらしい。しかし、難解さは、点の向上になるだろう……か。
「どうしようかしら?リーダーさん?」
エミィはニコニコと僕にそう言った。
いつのまにか僕はリーダーになっているようだ。紙を引くという行為に、多くの意味が込められていたらしく、こころさんは未だ目を逸らしつつ、僕がリーダーだということに否定はしていない様に見えた。
「……じゃ、あ。まずシナリオは考えます、5秒下さい。……では、お姫様はどっちがしたいですか?」
この先全ての進路が決まる。たった30分の作戦会議が始まった。
◇
「はい終わり!じゃあ詳しい説明するから聞いてくれー!」
もう30分なのか、そう声に出す間もなく、神埼さんがまた注目を集めた。
「グループ総合点に個人点を加えた競合式のテストになっていて、テストはこれをつけてもらうぞ!ちょっと見ておけ!」
神埼さんはそういうと教卓の上にあったブレスレットを自分の腕に装着した。弱い発光は次第にその光度を高める。
それと同時に教卓の横のプロジェクターが作動し、僕たちの居る教室が黒板に映し出された。
「皆も少しは知っていると思うが、ここに映る世界は、君たちの意識が映像に投影された世界で、基本何でもできる!」
映像の中の教室の机が一つ神崎さんの手の動きに合わせてひょいと空中に持ち上がった。
もちろん現実では何も起きていない。
「ま、これは実際に体験してもらった方がわかりやすいかな、つまりだ、お前らはこの中で演技をすることになる!ま、わかってるわな!」
円義波高校の代名詞とも呼べる仮想空間での実習。ここに座っている人達でそれを知らなかったなんてひとはいないだろう。
そこまでいうと、神埼さんはブレスレットを外した。
映像もそこまでで、ぶつりと途切れた。
「じゃあグループA!ついてきてきてくれ!!」
そう言うと神埼さんと、グループAの人達は、別室に移動した。
どうやら他のグループの演技は見れないらしい。
「……グループ間のリードを減らすため、もう一切の会話を禁止します。」
志帆さんは静かにそう言った。
30分。正直全く足りていない。
にもかかわらず、エミィさんは依然と笑みを絶やさないし、こころさんはまだ少し震えているようだった。頼れる味方。……うまくいくビジョンは到底見えない。
第一話をお読み頂きありがとうございます。
初めての作品で、試行錯誤しながら書かせていただいています。よろしくお願いします。