覚悟
・午後の作業の前に、零矢が俺のもとへ来た。看守にバレる事の無いよう、小さなメモ書きをよこしてきたのだ。『正午の鐘とともに、事態が起こる。お前は城を目指せ。』
簡潔、というか度を越してむしろ不親切でさえある。
今まで起きたことや、ここで起きたことのやり取りから察するに、労働者たちの昼食時間の鐘と共にギルドアンバーが行動を起こす、ということだろうか。
もしそうなら、零矢はなぜそれを知っているのか、なぜおれがまず城を目指すのか。
分からないことも多いが、それを問うている暇はない。仮に聞いたとして、『察せぬなら死ね』とでも一蹴されること請け合いだ。
そんな風に考えていると、いつものように看守からの鞭が飛んできた。
辟易していた労働からの解放、しかしその向こうに待つのは、恐らく平穏ではない。むしろ、このオーディンス大陸に来て以来の動乱が待っている筈だ。
その後数時間、零矢はおれに一瞥もくれず、何事もなかったかのように労働に従事している。
やがて、死んだような眼をした奴隷たちが食事の匂いに胸躍らせる頃、おれには覚悟が決まりつつあった。
たとえ今日いかなる事が自分の身に降りかかろうとも、必ずやシード大陸に帰還する覚悟が。
「おい新入りィ!!てめえ何をさぼってやがるんだ」
「すみません」
いつぞやの家族写真をポケットに戻し、俺は再び採掘にもどった。
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「準備はいいか、みんな」
ギルドアンバーの各職長たちは、声を発する事無く頷いた。
そこは、大型潜水艦の船内。言い換えれば、ギルドアンバーのアジトそのもの、アジトの『真の姿』であった。
下水道に隠れ住むように存在していたアジトは、頭領の手でメインスイッチを押す事によって、超巨大潜水艦として起動するのである。
先日のミーティングの会議室よりさらに地下、操縦桿とモニターとオペレーターの座席をいくつかだけ置いて無味乾燥な部屋に、ギルドアンバーの最高幹部達が集っていた。
部屋の中は薄暗く、複数の液晶画面の明かりだけが煌々と照らされている。
コーヒーを仰ぐものや、スナックバーをかじるもの、皆それぞれ違った装いや顔つきで、間近に迫る最終決戦を今か今かと待つ。
「目標は王妃および、ジョー・ロングライドの救出。そして……」
頭領は全員の顔を一度見回し、液晶画面を睨んだ。そんな彼を、柚木は何かに怯えるようにして見つめている。
「この国の、解放だ」
液晶画面上では、奴隷達が働かされている地下採掘場の、貿易港の西側。
レッドナイトの輸送船を装って警備レーダーを通過し、港に船を着けたその瞬間に遊撃隊が突入する。”密偵"の青年とシャルル、クレシアの2名で採掘場を制圧し、ジョーを救出。
奴隷たちの反乱を仰ぎ、地上に出てそのまま城へ向かう。
先行する部隊は正門をこじ開け、1階を制圧。
ジョーと合流した後攻部隊の到着次第、現政権皇帝・ラヴヴェロ17世の身柄を確保し、各大陸に開国宣言を出す事で作戦は完了。
「各国への宣言は、ユズキにやってもらうことにする」
「え?」
今の自分にとって願ってもない役得を得て、顔を上げる柚木。
「王妃との因縁も考えると、お前ほどの適任はない。異論は?」
「ねぇよ。いまさら」
「同じく」
シャルルとクレシアが手をあげ、他の幹部たちも黙って頷いた。
王女と彼女との因縁とは何か。
かつてアルケミス帝国の歴史の転換期に何が起こったのか。
そんなことを誰も思い起こす暇もなく、頭領はメインスイッチを ONにした。
ゴーゴーという鈍い音が轟くと、強化ガラスの窓の外にぶくぶくと泡が吹き上がる。
液晶画面だけだった部屋に全ての明かりが点灯し、それに合わせてギルドアンバーの操舵手ラガンが思い切り舵輪を回す。
黒い毛並みの似合う、ガタイのいい中年操舵手は、モニターに映る全ての機械状態を確認し、頭領を振り返る。
「マイボス、システムオールグリーン。発進準備完了だ!」
「メンバーたちは?」
これには変わって賢者リリィが答える。
「先ほど全ての船室を確認してきた。皆準備万端だったよ」
「善し……【決戦用潜水艇ドラクロワ号】・只今より……発進!!」
「発進ーーー!!」
アジトの存在を隠していた張りぼての瓦礫や鉄パイプがガラガラと崩れ、中から灰色の大型潜水艦が姿を現す。
貧民街にあった一角のビルが地下水に陥没し、潜水艦は地下洞窟を経由して先端のドリルで水路に割り込む。
タイミングはバッチリで、この時間は船はいつできたりとも通らない。そう、この潜水艦以外は。
順調に直通水路に割り込んだはいいが、早くも異常が起こる。
「レーダーに反応!こいつぁ……魚雷だ!!」
「なに!!」
すぐさま船内を凄まじい衝撃が襲う。
ルート的に、間違いなく地下交易港からの攻撃だ。
「どうなってやがる!密偵とやらは何をしてんだ!」
「最善の想定が別の方向から話が漏れた!最悪の想定は彼が裏切った!どちらだクレシア!」
操縦席のレバーにつかまりながら、頭領クレシアに話しかけた。
彼の特技は占い。その的中率は驚異の82%。臨機応変にあらゆるジャンルを使いこなすが、この船内ではタロットカードだった。
「"裏切り"は出ていない……ただ」
「ただ!?」
「勇者が死ぬってさ、頭領」
【勇者】。その言葉を聞いて、まず最初に脳裏をよぎったのは、ジョー・ロングライドである。
「確かか!?クレシア……」
「いつも言っているように、僕の占いの的中率は82%。些細な綻びが出たり、全くの見当違いなんてことも、稀にだがある。どちらにしても、急いだ方が良さそうだね」
気休めでもなく、不安を煽るでもない純然たる事実。
クレシアの口から出た、信頼できるその助言を聞いた棟梁の決断は。
「全速前進!!!フロントミサイルもフル稼働しろ!!」
「まさか使うとは思わなかったぜ!港で乗り捨てるって作戦だったからな!!」
ラガンが操縦桿を折りたたみ、側面に付いたスイッチを一度に押す。
これにより、全8門ある魚雷砲門が開き、残弾が尽きるまで放弾し続ける。
「受け取ってもらおう!ギルドアンバーの覚悟を!」
『全艦に通達だ!手違いでミーティングより荒々しい出発になるが、全員死にたくなきゃ、何かにしっかりつかまっておきな!』
ラガンがアナウンスしたことによって、メンバーたちは慌ただしく各室に戻って行く。
反撃とはいえ、宣戦布告の文章を皇帝に対して送って以降初めての直接攻撃。
これをもって本格的なギルドアンバーの宣戦布告となり、穴だらけのドラクロワ号が地下交易港に乗り上げたのは、およそ3分後の話であった。
コンクリートの桟橋の先では、アルテミス衛兵や、デッドナイトのマークをあしらった外套の男たちが集い、眼を光らせている。
「ん、なんだ……やっと到着か?」
下水道の旅など退屈だと居眠りを超えていたシャルルが、今ようやく目を覚ましたらしい。
よくもあれだけの振動を無視して居眠りができたものだと、リリィは呆れつつ驚いていた。
「到着と言えば到着だが、まずいな。やはり待ち伏せされてた」
頭領が頭を抱えていると、シャルルはつまらなそうに伸びをしながら首をかしげた。
「何が問題なんだ?」
「何ってお前……」
「率いるのは俺とクレシアだろ?何の心配がある」
それは過剰な自信ではなく、己が実力を適正に鑑みた上での発言だった。
「何やら予定が狂ったらしいが……どこで会おうが何人いようが、俺の仕事は変わらねえよ、なあ、クレシア」
「珍しいな、君に同感だよ」
後部座席のクレシアを見てニヤリと笑ったシャルルは、壁に立てかけてあったレイピアをベルトの穴に差し込み、一同に向かってニヤリと笑った。
「アナウンスしてやった方がいいぜ?こっから実戦部隊の出番、そしてここからは、ミーティング通りにしてそれ以上だってな」




