反旗
・ 脚色も誇張もなしに、命からがらで部屋に戻った後も、その晩はやはり眠れなかった。
零矢のことをどこまで信用するべきか。
個人的に言えば、あいつのことは大嫌いだ。
今や恐怖の念と嫌悪の念、憎悪の念が入り混じり、あいつと結託する気など微塵も起きていない。
だが、空虚なこの国の規模のでかさ、軍事力の大きさをこの作業場だけで片鱗を思い知ることになっている。
今日の作業はそうでなくても地獄だった。 現場監督にくらった蹴りのダメージが、午前中から午後までの間でもうピークに達していた。
少ない睡眠時間を削られ、あいつに呼び出されたはいいが、それは結局解決の糸口になるどころか、余計に俺を迷宮へ放り込むことになったのだ。
そう思うとあの男に腹も立ってきたが、 確かにあいつは強い。
それは確かだった。
強力な援軍を経てまずはこの牢獄を破壊するのも、正解の一つかもしれない。だが……。
「作業場で目を合わせるな。コトがバレたらお前から死刑台行きだぞ。」
こいつの狙いは本当に読めない。ものの例えじゃない、読めないのだ。 とはいえこの採掘場でこき使われてはオーディンス脱出の道は見えない。
知恵の牢獄か謎の道、選択肢は二つに一つである。
「テメェ新入り!! サボってんじゃねェ早く運べ!!」
また憲兵から頭に金棒をくらった。 これが何日か続いたら本気で死ぬんじゃないかと思う。
大事な家族がシード大陸で待っている今、俺の命は、俺の一存で粗末にしていいものにはならない。
絶対にここから、生きて脱出せねばー。
ーーーー
一方、ギルドアンバーのアジトでは。 最終作戦の要とされていた戦力の一人である、ジョーが連れ去られたことで、彼の試練を担当した賢者と剣士3名の他、主戦力の幹部前10名が円卓を囲んで会議していた。
「つまりユズキ。彼の身柄は今、帝国サイドにあるとみていいんだな?」
「どうしよう……私のせいでジョーが!」
慌てふためくユズキ。 見かねたシャルルが握りこぶしでテーブルを強く叩いた。
「あいつはミッションに失敗し、兵隊に見つかって捕まった。 どこにユズキの過失がある? 実践において、そんなことをウジウジ悩んでいる方が奴に失礼だとは思わないか?」
厳しく棘のある言葉。だがその中に、『お前は悪くない』と彼女を励ます意味合いが含まれていることを、柚希はよく分かっていた。
数秒の沈黙。続いて発言したのは砂塵のモハメドだった。
「しかし、彼がそんな失敗を犯すかね……おいちゃんには、どうも納得できんよ。」
「柚希の力を見誤り、彼女を庇うつもりで敢えて捕まった……とか。」
今回のジョーの試験には当たらなかった、金棒使いの巨漢。
ジェラルドトールが発言した。
「おじさんは、そりゃァねーんじゃねーかと思うよ。ジェラルドくん。」
「同感だね。ジョーはとても頭の回る子だが、 彼ならあの場で全員倒したと思うよ。」
「 通りかかったスラムの住人の話によると、 少年を持ってった憲兵隊の隊長は、参謀長のお気に入りラグロフか。試練で戦った限り互角って所だが……柚希を弱く見すぎて庇い立てしたってのはどうもな。」
「奴は敵と自分との格差を測る目に長けてる。実戦の現場でその間違いは起こさねーよ。」
柚希が会話の中でまとめたパーソナルデータと比較しても、今回ジョーが捕まった経緯は、ギルドにとって全くの想定外だった。
一番最初に接触した優月の実力を、彼がはかれなかったというのも妙な話だ。
「最も、『月光の賢者』様は……もうとっくに答えが出てるんじゃねーのかい?」
「 何が言いたいんだモハメド。」
水晶玉を睨んでいたクレシアは初めて視線の先をモハメドに切り替えた。
「頭領がアンタをギルドに連れて来た時から、俺ァ 様々に疑問があったぜ? 現政権の圧政が始まってから、孤児や貧民を誰かが拾ってきて、強いやつがギルドに加わることは珍しくねー。
だがあんただけは『異常』だ。素直にそう思ったよ。頭領との馴れ初めを、話しに聞いた時からなァ……」
その日は、原因不明の大規模な停電が起きた夜。
現政権始まって以来の大混乱が起こった夜だった。 国中が主に気候学関係の職人を必要としている中、目ぼしい職人はみな、城へ労働に出されていた。
この機に乗じて国王を説得しようと城へ向かっていた頭領は、途中の道でクレシアにあったのだという。
「この国の腐敗の陰には、大規模な犯罪組織がいる。自分ならその野望を、あなた方と共に止められる。」
その一言でなぜか頭領は、彼を入団させる気になったのだという。
「おかしな話じゃねえか。あれだけ戦闘員の編成には厳しい棟梁が、その日にあったやつを一声で入団許可とは。 おかしな魔術にでもかかったのかね?」
「 言いたいことはよくわかった。 思い違いも甚だしいがね。」
「どうだか……案外ここ数年におけるこの国の混乱も、実はお前さん一枚噛んでるんじゃねえのかい?」
「なんだと!?」
幹部二人がいよいよ喧嘩になろうかという時、次に机を叩いたのは頭領だった。
衝撃波で、机の縦横に飾ってある花瓶が粉々に砕けるほどだ。
「いずれにしても奴はユズキと同類……すぐにでもギャングどもへ引き渡しかかるはず。」
「そうなれば……密偵からの情報にあった『あの計画』が……。」
ペパーミント色のマフラーが似合う、爬虫類と植物魔法の賢者、リリィが呟く。
立ち上がったのは、銀縁メガネをかけた初老の男、体術医シーラだ。
「頭領……彼らが動くのも、時間の問題かと。ならば、こちらが先手を打つのも得策……。」
「あァ……ちょうど先ほど、例の密偵から連絡が入った。彼曰く、いつでも動けるそうだ。手の施しようがなくなる前に、王城に攻め入るぞ!!」
「了解!!!」




