品物を値切る時は美人同伴で
・木を捻った2つの柱、そのてっぺんに、横長の鳥の巣オブジェを繋げて出来た、商店街のアーケードが見えて来る。
昨日、この商店街で目覚めた時はベルに手をひかれるのに必死で、アーケードなど見ているヒマもなかったが、こうして見るとかなりのクオリティだ。
中央の時計の針が3時ピッタリを指すと、鳥の巣のオブジェから何匹かのカラクリ雛鳥が現れ、美麗な鳴き声を発した。
本来なら、オレは感嘆の声を挙げていたハズだ。
そう。こんな状況でなければ……。
家を出てからというもの、ルッキーはず〜〜っとオレを睨み付けている。
振り向いたらそれだけでぶん殴られそうな、ある種の殺気にも似たプレッシャーをずっと感じっぱなしだ。
これじゃ怖くて振り向けもしない。
(オレ……何かしたかな。家でもなんか怒ってるっぽかったけど、ここまで来るともうオレ、なんかしたんじゃないか?)
ベルが横にいてくれて助かったと、心から思っていた。
正直、今のルッキーと二人でお使いに行ける自身はゼロだ。
せっかくルシアナさんが親睦深める機会をくれたってのに……。
「ジョーお兄ちゃん、聞いてる?」
「ご、ごめん、何だっけ?」
「だからね、そこが八百屋さん、魚屋さん、パン屋さん、肉屋さん、花屋さん。……で、シャンプーは、そこの日用品屋さんで売ってるよ。」
ベルは手前から4つ目の店を指差した。
真新しく清潔な白い看板に、『日用品のポンド』と大きく書かれている。
「おじさ〜ん、こんにちわ〜。」
オレより早く、ベルが店に入った。小柄なネズミの爺さんが、新聞から顔を上げた。
「ぉおベルちゃん、いらっしゃい。」
「お邪魔しま〜す……。」
ベルに続いて店に入ると、爺さんは訝しげにオレを見た。
「そちらの方は……?」
「紹介するね、この人は……。」
「通りすがりの居候。」
姉の言葉を遮り、ルッキーが呟いた。
否定はしないが、ここまでストレートに言われると、さすがに少しショックだった。
「ちょっとルッキー!なんて事言うの!ジョーお兄ちゃんに謝って!」
ルッキーはベルに返事する事もなく、悪態をついて店を出て行った。
「ルッキーったら、許せない!ママに言いつけてやるわ!」
「まぁまぁベル。ルッキーとは、オレが話し付けとくからさ。
それより店長、アロエシャンプーつめかえ用ありますか?」
「それじゃお兄ちゃん、今日は美人が一緒だからね。半分負けとくよ。」
「えへへ、ありがとう、おじさん。」
オレが一礼し、ベルが照れ笑いを浮かべた。
「気をつけておかえり。それとお兄ちゃん、大丈夫……何もかもきっと上手く行くさ。」
オレはさらに一礼し、店を出ようとした時、一つ用事を思い出した。
「店長さん、これはオレのポケットマネーで頼みたいんですが。」
そう言って、オレはレジにルシアナさんからの小遣いを出した。
大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い……!
姉貴も、アイツも、家族も、もう皆大嫌いだぁぁぁぁぁぁぁ!!
念じて念じて念じまくって、気がつけば、もう一つのアーケード
を越えた先、『紅葉の泉』まで走っていた。
ここはいつも人が多くて、昼間は水際でたそがれる老人が、夕方はブランコやシーソーで遊ぶ子供達で賑わっている。
だが、今は誰もいない。たとえ誰か居たとしても、オレの目には映らないだろう……。
気がつけば、水場に座り込んでいた。
バカヤロー、呟いて石を投げる。バカヤロー、呟いて石を投げる
そうこう繰り返す内に、聞きたくもない声がした。
「いた!探したぞ、ルッキー!」
息も切れ切れに、オレに呼びかける。そんなに離れて無いのに、
どこ探してたんだか……。
「ダメだよ、勝手にウロチョロ……心配し……。」
「うるっせぇな!!赤の他人が兄貴気取りかよ!!!」
「……え?」
そこまで言ってジョーは、 ようやく黙った。いや、オレが黙らせた。なのに、少しもスッキリしない。穴があったら入りたい。
だからオレは、もう落ちるとこまで落ちる事にした。
振り返って奴を睨み付けて、思いっきり罵詈雑言を浴びせる。
「部外者のクセに父さんまで丸め込みやがって!アニキが死んだ時、オレやベルの姉貴がどんだけ辛かったかお前に分かんのか!
アニキにちょっと似てるだけのよそ者が、偉そうに兄貴ヅラすんじゃねぇよ!!」
終わった……。ほんとに落ちるとこまで落ちた。いや、自分で勝手にころがり落ちたんだ。お笑い草も良い所だ。
確かにこの人をアニキと認めたくはない。けど、こんな事が言いたかったわけじゃないのに……。
数秒の沈黙の後、ジョーは何か言おうとしたが、それは泉から聞こえて来た悲鳴にかき消された。
「助けてー!家の娘が泉に……。」
振り返ると、泉の真ん中辺りで幼い女の子が溺れていた。
すぐさま泉に飛び込む。冬場の泉は死ぬほど冷たかったが、状況が状況だけに、まるで気にならなかった。
よし。後もう少し……!
と、思っていたが、突如オレの右足に痛みが走った。
試合のケガが悪化していたのだ。こんな事になるまで全く気付かなかった。
くそ……動かねえ!
身に着けたモノの重みも相まって、オレの身体は、徐々に沈んで行く。
くそ……くそ……!
段々と視界が暗くなって来る……。形はどうあれ一日がんばって働いたあの人を愚弄したから、罰が当たったんだろうな。
……!!まだ生きてる、死んでない。
気がついた時、オレは公園の隅にびしょ濡れで寝転がっていた。
すぐ側には、これまたずぶ濡れのジョーが、息を切らして座り込んでいた。
「よぉ……生きてたな、二人共……。」
泉の向こう側には、先程の少女が、大泣きで母親らしき女性にすがりついていた。
そして、オレの右足には包帯が巻かれてあった。
「馬鹿かよアンタ……オレ、アンタに、何て言った!?散々酷え事言ったじゃねぇか!何で……オレの事なんか……!兄貴でもねえだろうに!!」
「そうだな。兄貴じゃねぇよ?でも……それでも『家族』だからさ……違うな、『家族』になりてーんだ。オレ……。」
「……え?」
「兄貴じゃなくても、弟じゃなくても良い……居候のプー太郎でも、お手伝いさんでも良いから、お前と、ロングライド家の皆と、ご飯食べて、風呂入って……いつかあの家を出てくとしても、
今はあの家の家族でいてぇなっつーか……駄目かなぁ?」
照れくさそうに笑うジョー。あぁもう良いや。このままどんだけ
怒鳴っても、この人は隅から隅まで次元が違う。
得体も知れないし、マイケルの兄貴よりかっこよくもなんともないけど、少なくとも、どうがんばっても、オレはもうこの人を嫌いになれないや。こんな人を、どう嫌いになれってんだよ……。
「馬鹿言ってないで、早く帰んぞ。バカ兄貴……。」
ジョーの兄貴は、露骨に嬉しそうにはにかんだ。
「おう!行くか!向こう側のアーケードで、ベルも待ってる。」
ねぇ、マイケルの兄貴。良いかな?この人の横で、もっかい頑張って見ても……!
ジョーが『日用品のポンド』で買った物
包帯 留め具
消毒液 絆創膏