再会
・ 一国の憲兵隊を相手に果敢に立ち回り……もとい、無駄な抵抗を続けた俺は、最初に襲ってきた連中を全員倒してしまい、 そいつらが増援を呼んだ段階で諦めをつけた。
「ラグロフ隊長……このガキどうします?」
「どうもこうも!反逆者は労働に回す決まりだろうが!さっさと連れてけ!」
長身の隊長ラグロフは、すんでのところで俺のアポロに焼き斬られていたのがよほど悔しいらしい。
パイプをへし折って放り投げると、それをぐちゃぐちゃと足で踏みつけた。
乱暴に俺の首根っこを掴み、連行しようとする兵隊たちを、慌ててラグロフが止めた。
「オイちょっと待て……!こいつよく見りゃ……ジョー・ロングライドだな?!」
「今頃気づいたのかよ。ポンコツ兵ども。」
苦し紛れの俺の挑発は他の兵隊にも効果絶大だった。
今や柚希を追ってギルドの秘密基地を暴こうとする者は、少なくともこの場に誰もいない。
「このガキ……ぶち殺してやろうか!!」
「おうよ!八つ裂きだ!!」
「馬鹿野郎共がァ!!」
俺の挑発に沸き立つ兵士たちを、ラグロフが一喝した。
「このガキの名前知ってんだろうが!デッドナイトの幹部たちが追ってる最重要人物だよ!殺せば陛下から大目玉じゃ済まねェ!てめえら俺のメンツと首を飛ばす気か!?」
ラグロフの鶴の一声で全員おとなしくなり、 俺は兵隊の一人に乱暴に引きずられながら、どこかへ連れて行かれることになった。
オーディンスはもともと気温の高い大陸で、サンセットとは違い乾ききった暑さだ。
サンセットが熱帯夜の暑さなら、こちらはサハラ砂漠に近い。
ただ外にいるだけでうだるような暑さなのに、これで狭い牛舎の中に押し込まれては、たまったものではない。
さすがの俺も徐々に意識が薄れていき、気づけば立ったまま気を失っていた。
牛車に揺られて何時間が経ったことか。
まるで家畜のように荷台に乗せられ、他の反逆者なる者たちと一緒にぎゅうぎゅう詰めにされた。
「おら起きろ!!ウスノロ共が!!」
憲兵と思しき野太い叫び声で目が覚めると、 俺は真っ暗な鉱山のような場所にいた。
あちこちに燭台が置かれ、そのかすかな炎の明かりで辺り一面岩壁であることが分かる。
ピラミッドのように何層にもなった、谷底の広場ようなところで、 俺たちは一列に並ばされた。
見上げるほどの高さでもう山の頂上は見えないくらいだ。
「よく聞け!貴様らにはこれより、アルケミス帝国の輝ける未来のため、我々の軍事産業に参加する名誉をくれてやる!
中町以下の貴様ら愚民どもには、もったいない名誉職だ!ありがたく思え!」
囚人たちの手足には、皆手枷と足枷がついていて、俺のはどうも特別らしい。足かせの中央には鎖が生えていて先端には鉄珠付きだ。没収された筈のアポロは、ちゃんと腰に刺さっていた。
前にもこんなことがあった。 戦いの場において置いてきてしまったはずのアポローが必要な時に腰に刺さっていたのだ。
前にミリオンさんに尋ねた所、『だからこそそれは《マジックアイテム》なんですよォ』と、笑って言っていたが、詳しい仕組みは分からない。
いずれにしても、アポロの力が使えるのなら、こんな足枷も手枷も簡単に溶かして外せる。
だが、おそらくギルドアンバーは、もうしばらくすれば作戦を発動する。彼らの邪魔をしないためにも、今出そうするのは控えるべきだ。
頃合いを見て、ここを脱出し、この大陸を出て、シードに戻る方法を考えねば……。
「おい新入り……何をボサっとしてやがる!!早くいけ!!」
「っあぐ……すみません!!」
色々考えながら、重たい鉄がぎっしり詰まったカゴを運んでいると、現場監督らしき男の鉄拳制裁を頭にくらった。
脳天が裂けるような痛みが走ったが、今は抵抗しない方が吉だ。
「やれやれ……異世界に飛んでまで誰かの言いなりとはな。弱卒は死んでも弱卒と見える。」
鉄格子で仕切られた、別の作業場から冷たい男の声が聞こえた。
そこは、俺が鉄をぶ目的地。運ばれた鉄は特殊な機械で銃器や剣に変えられる。
男は作業場で、 大きな機械のバルブをいじっていた。
鉄を一度溶かして加工する機械の管理を任されているらしい。
顔が見えなかったにも関わらず、俺はそいつの声を聞いて、全身の毛が逆立つのを感じた。そいつが人間で、おまけによく知っている男だったからだ。
ぼろ布の作業服が覆っている体は陸上選手並みに体格がよく、ラグロフ以上の長身だ。
薄暗い炎に照らされた顔立ちは端正で、 肌は白く唇も薄い。
美しいといえばそうだが、病的にも見える。土埃をかぶって仕事をしているせいか、黒い長髪も乱れてボサボサだ。
極めつけは、この世全てを睨み殺しそうな、吊り上がった青い瞳。 この目で俺は何度も殺されかけたのだ。
そう………もう二度と思い出すはずもなかった、忌まわしき元の世界で。
俺の生まれた家。剣術、憲法、弓技、槍術、 暗器。
あらゆる武術を教え込むと言われた、今の時代には数少ない戦闘技術道場、志島武道館。
できそこないの本家のバカ息子であった俺に代わり、次期師範となることは確実と言われた、当代最強の剣術使い。
俺の従兄弟にして、つい先日クレシアさんの試練で陰となって現れた男。
志島零矢だ。
「零……矢!?」
「"弱虫ジョー"が偉くなったな。貴様誰を呼び捨てにしてる」
冷静で、嘲笑うように静かに喋っているが、明らかに俺に殺意のようなものを向けている。
たった一言交わしただけで、全身の毛が逆立つのを感じる。
一瞬も目を離すことができない。離しでもすれば、途端に 懐に隠した脇差を出し俺の心臓を一突きにしそうだった。
ここの兵隊にあらゆる装備を奪われているのだから、そんなことはないと冷静に考えればわかる。
そう考えざるを得ないほどの圧倒的な恐怖を、幼少からこの男に植え付けられてきたのだ。
「 オラ新入り!何をしてるさっさと運べ!」
背中を思い切り蹴飛ばされ、籠の中の石ころが床一面に散らばる。
さっき作業場を見渡したら、子供や年寄りまで同じような作業をやらされていた。
こんなのが何日も続いたらと思うと、とても体が持ちそうにない。
鉱石を拾い終え、零矢の作業台の近くにそのカゴを置いた。
疲れている割には随分とテキパキした作業。一刻も早くここから立ち去らなければ、本当に殺されそうな気がしたからだ。
立ち去ろうとした時、零矢はいつのまにか俺の真後ろに立ち、 こっそり耳打ちをした。
「消灯時間になったら俺の部屋に来い。逃げたらまずお前から始末する。」
結局その日は深夜の3時近くまで働かされ、くったくたな状態で石のベッドに寝転んだ。
ギルドアンバーの宿舎も決して快適とは言えなかったが、贅沢を言ってた自分を恨みたくなる。悲鳴を上げる体に悩まされた。
消灯時間が来るなり、俺はポケットの中をまさぐる。先ほど零矢は、ココに何かを入れたのだ。
それは鍵の束だった。
何十本と入っていて、その全てに番号がふってある。 どうもこの施設の牢獄の鍵らしい。零矢はなぜこれを持っていたのだろう。
他の奴隷たちは疲れきっているのか、完全に眠りこけている。今ならばこの鍵で脱出しても、騒ぎは起きなさそうだ。
俺が打ち込まれた牢獄は301。
反逆者のフロアは皆ここらしいが、ほとんど些細な理由でブチ込まれたものばかりだった。
漢字で零と書かれている鍵が一つ。
102の鍵の裏側である。これがあいつの印だとしたら、102に行けば零矢に会えるということだろうか。
奴隷達の噂で頭文字が1のフロアは模範囚だという。
だとするなら零矢は、だいぶここに貢献していることになるが 奴らはどうも俺を重要視していた。
(というより、危険視してここで飼い殺しにする気なのかもしれないが……)
よく思っていない俺と接触などして大丈夫なのだろうか?
どちらにしても悪い予感しかしなかったが、それでも体が動いてしまうのは、子供の頃から奴に逆らってロクな目にあった記憶がないからである。
廊下突き当たりの螺旋階段を登り、もっとも地上に近いであろう頭文字1のフロアにたどり着く。 巡回の兵隊に注意しながら窓から漏れる月の薄明かりを頼る。
終始肝が冷えていたが、 火事場の馬鹿力ならぬ忍び足でどうにか102にたどり着いた。
「遅いぞ。何をしてた?」
零矢はベッドに座り込み、相変わらず深海のように鋭い目で俺を睨んでいた。
「わりぃ…… ちょっと疲れが……!」
「まぁいい。 端からお前にたいした期待はしていない。」
さすがにカチンときてしまった。
「テメェ…… 警備の目ごまかしながらここまでくんのどれだけ大変だったと思ってんだ! 俺なんかと接触したお前だってタダじゃ済まねえんじゃねえのかよ!」
今にもつかみかかりそうな勢いで喚くが、 向こうは眉ひとつ動かさない。
「生憎……お前と違って下準備をしっかりしていてな。 喚かん方がいいぞ。不利になるのはお前だけだ。今ここで私が部屋に侵入されたと言って兵士を呼んだら、お前は拷問部屋行きだ。」
「 お前が鍵の束を渡したんだろうが!そんな理屈が通るかよ!」
「昔と比べて饒舌にはなったが脳は退化してるらしい。その鍵束は複製品だが……そんなものを持っていて私が今ただで済むと思うか? 連中はそれを知らんから俺をこの貴快適な模範囚部屋に置いてるんだ。 複製したこと自体お前のせいにだってできるさ。」
何も言い返せなくなって奥歯を噛んでいると、してやったりと笑い零矢は俺の肩に手を置いてきた。
「まあ聞けよ相棒…… もうすぐ動くんだろう?ギルドアンバーが」
まるで夜の繁華街で女性をナンパする時のような、甘い吐息が俺の耳元にかかる。
先ほどと違い、殺意の苦味を全く感じさせない。
餌となる羽虫をおびき寄せるために、 蜜の香りを充満させる殺人花のようだ。
俺は奴の真の姿を知っているが故、余計にその違和感で鳥肌がたった。
「アンタ……何でそれを知ってんだよ?!」
「俺にも色々後ろ盾があってね……あの地震の日、お前がこの世界に来て暫く、その様子はたっぷり見させてもらってた。」
という事は、こいつは俺より早くこの世界に来てたことになる。
細かい事情を確認する暇はない。零矢は、俺とギルドについてどこまで知っているのだろう?
場合によっては、この国の高官にリークされる可能性もある。
最大限に警戒を高めると、零矢はクスリと笑った。
「そんなに警戒しなくてもよかろう。単に友達が多いだけさ。 そして俺にとっても今の帝国は敵。ならば、取るべき道は一つだろう。」
頭の整理が追いつかないままに、次の瞬間。この男が何を言うのかだけが、まるで予知のように脳裏をよぎった。
「俺と結託しろジョー。ギルドアンバーと示し合わせて、 アルケミスという巨大な牢獄を潰すぞ。」




