相棒
・『月光の間』を出て、柚木に迎えられた俺は、再び一度ロビーに戻り、 ギルドのシャワールームを借りた。
「タオル、ここ置いとくね〜。」
「あ、ああ!!!//ありがとう……」
ガラスのドア一枚隔てたところに同い年(多分)の女性がいると思うと何だか落ち着かなくなるが、 おそらくこれから頭領からの大切な話が控えているのだ。
この束の間の洗浄も、迅速に済ませなければならない。
「それにしてもびっくりしたよ。まさか、あのクレシアの試練をクリアしちゃうなんてね……。」
「これまでも誰か、入団応募してきたんじゃないの?」
「来たよ。この国に反逆の意思を持つ人が……無数にね。」
反逆という言葉を聞いて、クレシアさんから聞いたこの国の歴史が脳裏をよぎった。
この世界の人々が、今の文明を形成する何千年も昔から、 鉱石や貴金属の発掘産業で栄えていたオーディンス大陸。
そんな近代文明を牽引してきたこの国には、かつて歴代最も強く熱い国王がいた。王には二人の息子がいたが、一人は王に拾われた浮浪児だった。
第一王子は病弱で体力も少ないが、明るくて人に優しく、いつも子供や年寄りたちに囲まれていた。
第ニ王子は人と話すのが苦手だが、剣術や機械工学に長けていて、人々から将来を嘱望されていた。
二人は仲が良く、 互いが互いの足りない部分を補い合えば ゆくゆくは国を平和に導けるだろうと考えていた。
だが、程なくして第一王子が疫病で死去。
間もなくシード大陸の覇権戦争が起こり、"逆賊"を倒す為の援軍としてオーディンスの王と第二王子が出陣。
王はシードで戦死し、帰ってきた第二王子が国を治める事に。だが、彼はそれからというもの、城内にマフィアを招いたり、怪しい薬を地下で生産したり、国民から多額の税金や強制労働の義務を課すなど、文字通りの暴君と化してしまった。
富裕層は光り輝く高町に住み、 貧困層や犯罪者は高町とは真逆の 掃き溜めのような裏路地に集まっている。
ギルドアンバーのメンバー達も、圧政によって現国王から様々なモノを奪われた者達で構成される。
「頭領は子供の頃、憲兵隊とマフィア達にお父さんの工場を潰された。二十歳になる前に家を出て、地下にこのギルドを作った。でも頭領は、先に控えている大きな戦いで、なるべく味方を死なせたくないの。だからより強い人選に絞る。でも……。」
「誰もクレシアさんの試練にはかなわなかった?」
返事は返ってこなかったが、柚木の影の頭の部分が頷いた。
今更ながら、自分がいい意味でとんでもないことをしでかしたのだと実感した。
「クレシアの自然は最重要にして最難関。その手前の二人はいつもくじ引きで決まるんだけど……特にキミの今回の試練は、条件が最悪だった。」
確かにそうかもしれない。 砂漠の魔力でカラカラに干からびかけたと思ったら今度は地獄のような水責めに遭い…… 最後になんだかよくわからない精神的に厳しい試練を食らった。
改めて、よく死ななかったものだと自分でも思う。
シャワーの水は俺の傷を、かろうじて癒してくれるが、欲を言えばもう少し熱いお湯に出てほしかった。
それにしても最後のクレシアさんの試練については、今ひとつわからないことが多い。
最初の試練では、マジックアイテムの内なる魔力そのものと対話する。
第二の試練では、マジックアイテムの力を限界点まで引き上げ、さらにその限界点の壁を突破する。
どれもおそらくそんな感じのこと。
それが正解だったのかはわからないけれど、目に見える何かを得ていた気がする。
月の試練についてわからないのはそこだ。
恐怖の象徴を受け入れることにした俺が、一体何を得たのか。
ありえないとは思うが、例えば、この先本物の零矢にあったとして、俺が全く恐怖を感じないとはとても思えない。
ただあの幻影を殺すことを回避したに過ぎないのだ。
そこによって自分が何を得たのか、まるでわからない。
『魔力のブレーキの解除、 魔力の化身との対話…… その他にもう一つ大切なのが《勇気》の力さ。』
言葉のままに捉えるのなら、 俺は受け入れる勇気とやらを受け取ったらしい。
「 クレシアさんの言ってた、勇気ってどういうことだろう?」
柚月は、洗濯機を見張るためにまだそこにいたらしく、足を止めた音がした。
「私は入団試験を受けずにここに拾われたから、よく分からないんだけど、 たぶん新しい魔力の領域の事だと思う。」
「新しい、領域……。」
ただの哲学や精神論ではない、ということだろうか?
「少なくともただの精神哲学とは思えないな。ここのメンバーは皆個性的だけど、 クレシアの考え方はいつも皆の1枚上を行ってるって言うか……どうやっても推し量れない感じがする……。」
それは俺も感じていた。
あの人には内なる霊的な力が宿っている気がして、 ただ紅茶を飲んで話をしているだけなのに、どんどん引き込まれていった。
だが、それにしても、体にあまりに変化を感じなさすぎるのだ。
モハメドの時もシャルルの時も、何かしら体に変化を感じたのだが、 それにしても修行の前とはあまりに何も変わらなすぎる。
あの月の修行が一体どんな影響を与えたのか、全くわからないのだ。
「でもね?わかりにくいだけで、きっと君のカラダにものすごい影響してると思うよ。」
俺の心を読んだかのように柚月が言った。
「いや、別に疑ってるわけじゃないんだけど……なんか……。」
神秘的過ぎてよくつかめないのだ。 という話をうまいことできないかと四苦八苦しているうちに、 柚月がゆっくりと口を開いた。
「ナイショの話をしようか。」
突然切り出した柚希。少し神妙な、か細い声色に変わったので、オレは驚いた。
「私ね。ここに来た時、自分の記憶がなかったんだ。」
「記憶が……。」
「うん。 それだけって言うと少し違うかもしれないけど、 本当に言葉も喋れなかった。自分が、何でここにいるのか、本当に分からなくて……。」
自分がここに来た時以上に、柚希には複雑な事情があるのかもしれない。
そう思っていると、ゆっくり言葉を紡ぐ柚月が、 水道の蛇口をひねる音がした。
どうやら保湿パックが何かを使っているらしく、ペタペタという音がしている。
「右も左も分からないままで、この大陸の、この街の裏路地をさまよってた。 人攫いらしい連中に絡まれていた時に、ギルドの皆に助けられた。
それからはずっと、頭領と……クレシアが面倒みてくれたの。」
君の力があれば、きっとこの国は元に戻る。 柚希はクレシアさんにずっと言い聞かせられてきたらしい。
それから徐々に記憶を取り戻した彼女は、自分が元俺と同じ世界から来た 女子高生であったことを思い出す。
「でも、 それだけじゃなくてね。」
言葉は補足しているようだが、声色からして、おそらくこの先が一番彼女も伝えたい事な気がした。
「ギルドに来てからずっと、私を導いてくれた"声"があったの」
「声……。」
導かれた声といえば、俺はどうしてもマイケルさんを想像してしまう。そういえば、ここに来てから彼の声を一切聞いていない気がする。
これまでこんなことは一度もなかったのに、なぜだろうか。 そういえば、ロングライド家の誰とも一緒に行動していないことも、生まれ変わってからは初めてだ。
「その人はね?自分のこと少しも話してくれないの…… なのにああしろこうしろって、いつもギャンギャン喚いてくるから、嫌になっちゃう。」
「ハハ……オレにもいるよ。そういう知り合い……。」
俺にとっちゃ身内である分、まだ分かりやすい人だが、それにしてもまだマイケルさんについて、俺はほぼ何も知らないと言える。
「本当はね?あの時アマリアからジョーを助けたのも、その人の指示なの。」
「そうなの!?」
聞けばその人は、この国を救うことが数十年の悲願らしい。
ゆえに最もその希望を託せる人の集まりそうなギルドアンバーを彷徨っていたのだというが、突然よその世界からやって来た柚希に、何故かどのメンバーよりも、希望を感じたのだという。
「不思議だな。その人も……。」
「でも、いい人よ。何だかんだ。」
「奇遇だな……オレもだ。」
張り詰めていた緊張の糸を解に、裁縫箱の中に戻すように、俺はシャワーの栓を緩めた。
ガラリとドアを開けると、そこにはまだ柚希がいた。
「よく温まった?」
「うわぁあぁっ///」
頭領から言い渡された、ギルドアンバーでの初任務。
明日は今日以上に激動の一日になりそうだ。




