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転生ですか?ではどうぞ、ネズミの国へ  作者: 芭蕉桜の助
second year 秋前
75/86

静海

・最後の試練、月光の間は、本当に何もない紫色の部屋だった。

丸い鉛筆のようなドームの部屋になっており 正面に螺旋階段が上まで伸びている。


階段の真横には、おしゃれな丸テーブルが置かれている。

試練を担当するらしかった賢者は、木で作られたおしゃれな椅子に座って本を読み、紅茶らしきものを飲んでいた。


「来たね……志島上。こちらの世界では、ジョー・ロングライドだったかな?」


俺は即座に警戒の意図を張り巡らす。

この部屋に入ってから俺は、声の一つも出してはいない。


この人は俺の名前を見抜いたのだ。それだけならまだ分かる。 異世界から転生してきたという事情まで見抜かれたのが、どうしてもどういうからくりか分からなかった。

あるいは、柚木がこの人と通じているのだろうか。この人もギルドアンバーのメンバーなら、それも大しておかしな話ではない。


なのにこんなにも汗が吹き出てくるのは、まるでこの人に心の中を見透かされたような、奇妙な感触を覚えたからだろう。

その人は椅子から立ち上がることもなければ、こちらに振り向くこともなく、本を読んだままで会話をしている。実に不気味だ。


「 見透かされていると思ったね。それなら正解だ。」


ビクッとして後ずさると、その人は相も変わらず、落ち着いた優しい声で続けた。


「そんなに警戒することはないよ。妖術の類じゃない。()()()()()()()()()()()さ。」


俺がその言葉の意味を理解できないうちに、彼はゆっくりと立ち上がり、こちらの方を向いた。

流れるような紫色の髪。

声からして男性だが、透き通るような白い肌は女性でもおかしくないくらいだ。


ラベンダーの花に似ている瑠璃色の瞳が、全てを吸い込むように光っている。

きぬのローブを華麗にまとい、まるで花の妖精のようだ。


「初めまして、ジョー・ロングライド。私の名はクレシア。一応賢者の称号をいただいている。」


恭しくお辞儀をする クレシアさんに俺も急いで頭を下げ返す。


「 初めまして!ジョー・ロングライドと言います!お手柔らかに……よろしくお願いします!!」


「ハハ…… そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。さて、お茶を淹れようか。」

 

「 それよりも、早く俺に試練を……!」

 

分かったから、と言うように彼は手のひらを前に突き出した。


「 承知の上さ。妹さんのために強くなりたいんだろう? だが今回の試練は準備が大仕事な上にかなり神経を使う。

君はモハメドやシャルルのところでだいぶ揉まれているから、 すぐに始めるのは危険だよ。」


ベルのことも見透かされていることには、もう驚かなかった。

それ以前に、この人に警戒心が薄れた。それどころか、この人の指示に逆らう気力が全く起きなかった。

この人の声に宿る、不思議な安心感のおかげだろうか。


クレシアさんが入れてくれた紅茶をちびちびと啜りながら、 俺は何だか徐々に体が軽くなるのに気づいた。


「 アールグレイはお口に合うかな?」


「はい……とっても!」


紅茶の味はよくわからなかったが、まずくはないことは間違いなかった。

慣れない手つきでコップを持ち上げ、 これからおそらく戦うことになる相手を観察する。


とても華奢なシルエットで腕もほっそりしている。


賢者と言うからには、やはりRPGの様に、 格闘や肉弾戦は不向きなのだろうか。


「 私の顔に何か付いているかい?」


「あ、い、いや……すいません……!」 


「謝ることはないさ。敵を観察するのは非常に大切なことだ。実践の現場において自分の命を守るためにね?」

 

「はい!」


「しかし目に頼りすぎるのはよくないな……これからの戦いでは、もっと根源的な感覚が物を言うようになってくる。」


もしスピリチュアル的な話になってくるのなら、さっさと済ませて欲しいと普段のオレなら思ったかもしれない。

だが、この不可思議な語り口の向こうに、何かとんでもない秘密が隠されてそうで、つい聞き入ってしまった。


「根源……?」


「その力は強大だよ。君が戦うべき、否、倒すべきその存在が現れるその前に……身につけなくては……。」


うっすらとクレシアさんの手が俺の右ほほに触れ、ドキッとしてしまった。


「ひゃっ!?」


「その存在は、時間にも、物理にも、事象にも、奇跡にも縛られない。何者とも相容れず、己が存在を他に知らしめるためだけに生きる。

あわれでおぞましく、それでいて邪悪な恐るべきもの……。」


「そんな奴が、今までどこにいたんですか!?」


クレシアさんの語る『存在』は、あまりにスケールが大きすぎる。なのに、少しも洒落や冗談に聞こえなかったのは、恐らく俺が感じ取ってしまったからだ。

透明で博識な彼の雰囲気にそぐわぬ、心の奥底にある『恐怖』にも似た感情を……。


「ずっといたよ。シード大陸、いや。私たちの世界に……陰で蠢いてただけさ。でも、奴の犠牲者はあまりにも増えすぎてしまった。覇権戦争の引き金も然り、血の紅葉狩りも然り、この国の鎖国も、サンセット大陸の水質汚染も……。」


続々と自分の首を突っ込んでいた事件が、そして兼ねてからの謎だった事件の名が飛び出し、一気に冷や汗が噴き出た。

唯一、聞いた事のない血の紅葉狩り事件。


紅葉、という事は、事件の舞台はフローチア大陸だろうか?


もしそうだと仮定するなら、各大陸で、奴らは少しずつ大きな事件を引き起こしているのだ。

そのトリガーを弾いている『存在』とは、いったい何者か?

そもそも、そんな恐ろしい絵を描くことのできる奴は、本当にこの世のものなのだろうか?_


答の出ない自己への問いかけ。

クレシアさんの内部に感じた恐怖の片鱗を見た様な気がした。


「あァいや、もっと古い話をするなら、今君を脅かしているデッドナイトの存在()()()()()、奴の描いた絵だといえる。自らは表に出る事なく、 狡猾な策を巡らせ、悪意のままの世界を貪る怪物……その名は……。」


かすかな吐息も聞こえるくらいの位置まで顔が近づいた。

覇権戦争のトリガーを引きこれまで遭遇してきた数々の事件の糸を引いていた怪物の名は……。


「 まだ教えてあげられないや。」


このシリアスな流れには些か不似合いな、ギャグ漫画よろしくのズッコケ状態だった。


「何でですか!?そこまで貯めたんだったら教えてくれたって……。」


「そういえば奴は、自分の名を聞いたものを集中的に襲うんだ。覇権戦争の世代はもう知っているからどうしようもないが、 君までリスクを重たくすることはない。」


難しいことは分からないが彼の言っていることが正しいことはわかる とはいえどうにも釈然としない部分があった。

ということはその存在を倒せば大陸の平和は約束されるのだろうかそんな単純な話でもないような気がする。


「いいかいジョー。せめてその存在が襲ってきても、自分一人の手で、 その名を聞いてはいけないよ。」


俺が返事をする前に、急に体が浮かび上がった。


「 クレシアさん!?これって……。」


俺とクレシアさんの身体が、地面から離れて浮き上がった。

テーブルも、椅子も、ティーカップとティーポットも、 まるで全てが風船に化けたかのようだ。


この感覚は、まるで……。


「失礼……この部屋は月面と同じ重力になるものでね。君の体重が72キロぐらいだとして、今12kg にまで落ちている。」


「これが……試練。」


彼も一緒に浮かんでいるのに、微動だにせず気をつけの姿勢のままでいる。


「本当の試練の前座だよジョー。まずこの浮かび上がる力に逆らって、着地をキープしたまえ。どこでもいいから足を着いた時、そこには私が仕掛けた試練の刺客がいる。」


力を上に向けてしまった為にどんどん上に入っていたが、やがて鉛筆型の天井に突き当たり、今度は下に落ちていく。


俺がさっきまで座っていた辺りの場所。

螺旋階段のそばには、一人の男の人影があった。


先ほど謎の存在の話を聞いた時以上に、俺は恐怖した。

その男の名は志島零矢。

忌まわしき俺が元いた世界での、俺の恐怖した従兄その人だったのだ。

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