取繕
・リビングを散々あっちこっちと往来して、私はようやくソファに腰を落ちつけた。
ママにおちつきなさーい!って注意もされたし、足が重くなったので座ったはいいが、心の落ち着かなさ加減は少しも変わらない。
お兄ちゃんが帰ってこない。
それだけなら、これまでに何度も起こったこと。精神的にどうしても『慣れ』はしないけれど、今回は特に落ち着けない事態だ。
ただ家に帰ってこれないばかりか、顔を見に行くことすらできなくなっているのだから。
ジョーお兄ちゃんの面会謝絶が言い渡されたのは、おとといの事。
前の日まで不通にお見舞いが出来ていた病室がすっかりもぬけの殻になっていて、綺麗に片づけられた後だった。
『病院の都合で別の棟に移っただけさ。なァに、すぐ戻って来るぜ?』
そう言って笑うマックス先生の目は、鈍感な私にも見え見えなくらい、明らかに嘘をついていた。
他のナースや、もちろんパパとママを問い詰めたけど、マックス先生の箝口令は固いらしい。
あるいは、パパとママが主導して『何か』を隠してるのかもしれないけれど……。
でも、重い病気にかかったなら、パパとママは私達に隠したりしないハズだ。
ずっと前にマイケルお兄ちゃんが肺炎で生死の境を彷徨ったとき、パパは幼かった私とルッキーに、包み隠さず丁寧に話してくれた。
だとしたら……?
「姉貴に……イヤ、オレたちには想像もつかない大事件が裏で起こってるんじゃない?」
やりきれなくなって、読書中のルッキーの部屋へ行くと、弟は冷静に話した。
「大事件……って?」
「さあね。ただジョーの兄貴は、何かちょっと……普通じゃない。」
「アンタなんてこと言うのよ!お兄ちゃんが異常ですって!?」
一貫して冷静な弟とは裏腹に、私は声を張り上げた。
「そこまでは言ってないよ。ただ、何かこう、姉貴が兄貴をここに連れてきたことも、父さんがそれを許したことも、ただの偶然と言うには出来過ぎてる。」
「出来過ぎてるって?」
「まるで……兄貴のここに来てからの行動が、誰かによって誘導されてるような……。」
まさか。ありえない。
鼻で笑い飛ばしたくなった。実際、私があの日お兄ちゃんと出会ったのは、 文字通り偶然に他ならないのだ。
亡くなって間もないマイケルお兄ちゃんに似ていたことも。
ドレイクのおじさんやいろんな人に好かれていることも。
そして……ローズお義姉ちゃんの事も……。
(あれ……?)
そういえばローズお義姉ちゃんは、なぜたまたまあの日戻ってきたのだろう。
いや、理由は聞いていたのだ。
「ローズの姐さんが帰ってきたのは何で? 病気が回復して普通に生活できるようになった報告はいいとして、兄貴の命日でもない時にふらっときて、道でばったり兄貴にあって……それも偶然?」
「 でも結局……人の心は操れないじゃん?」
「確かにね。でも、『布石』を打つ事なら出来るかもよ?兄貴のとこへ姐さんを動かしたくなるね……。」
ルッキーの物言いはまるで、ジョーお兄ちゃんが来てからの驚くような出来事が、全て誰かに仕組まれてたかのようだ。
確かにお兄ちゃんは、変な事件に巻き込まれやすい気がする。
前にお兄ちゃんが戦った放火魔は、火消し組の遺体保管室から姿を消してしまったと言うし、ミキ先輩を助けるために学校の不良達と戦った時も、リーダー格はデッドナイトと繋がっていた。
ママの実家での事件も、バックにはデッドナイトがいたし、 ここに来たばかりの頃、中央病院に入院したお兄ちゃんが灰になって消えるのを見たっていう噂もある。
万事屋のミリオンさんも、お兄ちゃんについて何かを知ってて、隠している気がする。
お兄ちゃんはそもそも何故あそこにいたのかわからない、故郷はどこなのか、お兄ちゃんを産んだ家族はどこにいるのか。
冷静に考えて見れば、私は何も知らないのだ。
知らなくても別に良かった。
お兄ちゃんは楽しそうにしていたから、私はお兄ちゃんと一緒で楽しかったから。
けれど。
「もしかしたら、俺たちの知らない、兄貴の背負っているもの。 それが今回の失踪に絡んでるって事も、無くはないんじゃない?」
それはつまり、今の私たちには何もできないということになってしまう。
お兄ちゃんの心の奥深くを知らない私達には、何もできないと。
何かをしたとしてもそれがお兄ちゃんの足枷になるかもしれないということ。
淡々と喋っているルッキーも、内心すごく焦っていたはずだ。
「とにかくまぁ……結果を待つだね。」
そう言うと我が弟は、何かビデオレコーダーのような物を机に広げ、 表面に取り付けられた円盤のパーツを擦り始めた。
側面の穴にヘッドフォンをつなぎ、何かを聞いてるみたい、
「ルッキー……それ。」
「盗聴器。」
「ファ!?」
可愛かった弟からとてつもなく危ない単語が聞こえた気がして、私は目を見開いた。
「どうせ姉貴、 父さんに真っ正面から聞いたらはぐらかされたんでしょ? 姉貴は単純だからね。」
「ぶつわよルッキー。」
「とにかく、何か極秘の情報なら、真正面から聞いたって教えるわけがない。
だったら後は盗み聞きするしかないでしょ。」
私が悶々と考えている間、弟は弟なりに手を打っていたのである。 改めて彼のこういう行動の早さには感心させられた。
「でも大丈夫?バレたら大変なことになるんじゃ……。」
「そんなヘタ打つ私じゃありませんよ姉上。右側の盗聴器はローズの姐さん、左側が父さんだよ。
今のところ首尾は上々。 よっぽど父さんがすごくなきゃばれないさ。」
それってつまり、パパがルッキーの予想より鋭かったら危ないって事じゃ?
とはいえ正面から質問はできない以上、お兄ちゃんの手がかりを得る手段は、弟の手にしかない。
「あれ?でも何でローズお義姉ちゃんまで?」
「ココナッツの一件で兄貴を助けに行ったのは姐さんでしょ?何か知っててもおかしくないんじゃないかなって……。」
「え、そうなの?!知らなかった……。」
ルッキーはまた深くため息をついた。
「姉貴、本当そういうのぼーっとして。授業中でもそうなの?」
「失礼ね! しっかりしてるわよ!ノートに落書きしたりとか。」
「サボってんじゃんか。」
ルッキーに、またもや痛いところを突かれた時。突然、円盤がガーガー音を鳴らし出した。
壊れちゃったのかな!?と、私が慌てていると、ルッキーは冷静に何やらディスクを回した。
やがてガーガーの音が止まると、今度はルッキーが人差し指を唇に当てた。
うんうん頷いたり、遠くを見るようにキョロキョロしている。
ヘッドフォンから音が聞こえているのだとわかるのに、いくら私でも時間がかからなかった。
「何……!?」
「反応があったのは父さんの方……多分これ、『六王会議』だ!」
声の震えから、ルッキーが珍しくテンションを上げているのが分かった。
「ろくおう……何だっけそれ?」
「は!?」
まるで息の仕方でも聞かれたかのようなリアクションだ。
でも、そんな名前を授業で習ったような習わなかったような……。
「姉貴ったら本当にもう……。
いーい!? 20数年前完結した、シード大陸の『覇権戦争』!これは習ったよね?1年生の時に……。」
「あ、うん。 確かこの大陸に悪魔が降り立って…… それをパパ達の世代が追っ払ったんでしょ?」
だからこそ、自分達の世代には敬意を払うべきなのだと、今の義務教育では必ず教えている。かく言う私も、数少ない真面目に受けていた授業の中で、その覇権戦争の功績について聞かされた。
「 その悪魔なるものを追っ払った世代の中から最も武功を挙げた6人を、ココナッツのおじさんを含む他の大陸の国の王たちが一人ずつ推薦した。 どこの国だったかは忘れたけど、父さんも王様の一人から推薦を受けて……」
思わず、ちょっと待って!と話を制止した。弟の話を繋げるに、即ち……。
「え!?じゃあパパ、王様って事!?」
「その言い回しが正しいのか分からないけど、少なくとも自分が六王であること、父さんは何度か俺たちに説明してたよ?ただ……まぁ……。」
「なによ?」
「姉貴……何か、引っかからない?」
「引っかかる?って?」
ルッキーは何か恐れおののくような目をしている。
教科書で習った長い文章はよく覚えていないけど、全く違和感を覚えないほどよくできた話だったのを覚えてる
「よくできてるからこそだよ、 学校で教えてる派遣戦争の歴史には穴がある。」
「えぇ〜……?」
考えすぎ、そういう本の読みすぎでしょ?と言おうとしたら、 ルッキーは休む暇なく解説してきた。
「例えば、父さん世代が追っ払った悪魔って何?もしくは誰?」
「そりゃあ、教会の神父様が言う悪い奴らじゃ……?」
「確かにそうかもしれない。父さん達も、マジックアイテムという未だ化学的には未解明な力で奴らを倒したから。
でもその武勇伝はしっかり語られてるのに、敵のことだけ教科書に書いてあることがぼんやりしすぎてるんだ。」
確かにこういう歴史については、敗北した方より悪し様に罵るのがセオリーだ〜…… とかなんとか、マイケルお兄ちゃんが昔言ってた気がする。難しくて意味はわからなかったけど。
「でも、 だったら何?」
「これは俺の想像に過ぎないからそのつもりで聞いて欲しいんだけど……もし兄貴の身に起こった、不可思議な事件を先導していた誰かが、その教科書に書かれた『悪魔』の残党だとしたら……。」
「 ばかばかしい。 その悪魔が今どこにいるって言うの?」
「デッドナイトそのもの……あるいはそれを裏で操る何者か。」
ばかばかしいと鼻で笑ったはいいが、弟の話にはなぜか説得力があるように感じられ、同時に得体の知れない薄ら寒さが背中を通り過ぎる。
その得体の知れない何かは、私達を、デッドナイトを、ジョーお兄ちゃんを、下手をするとこの世界を掌に乗せて操っているのかもしれない。確証もない。なのに、聞いているだけで、考えるだけで、背筋の震えが止まらないのは、気付いていたからなのかもしれない。
この、大人たちが必死で取り繕ったかのような、『不自然な平和』の違和感に……。
『六王会議』を盗聴していたルッキーが、突然顔を上げた。
「姉貴、いい知らせと悪い知らせがあるよ。」
「え、じゃあ……いい知らせから!」
「兄貴の居所が分かった。」
「え!!どこに……」
「それが悪い知らせなんだよ。」
だからルッキーは、こんなに不安そうな顔をしているのか。それが分かると、不安な感触が一気に足から頭へ水かさを上げた。
まるで、地上5mから15mまで一気に登ってから、背中を蹴落とされた気分だ。
「兄貴の居場所は、オーディンスにある鎖国国家……アルキミス帝国。」
「!!?」




