海峡
・モハメドから手に入れた次の鍵は、『海』と大きく書かれた鉄扉の鍵。
漢字で書かれていることから、おそらくユズキが考案したのだろうが、 おかげで何が待ち構えているか想像できた。
扉の先は、海。
いやここが室内である以上、『それ』は海そのものではない。
それは室内プールによく似ていたが、 扉から何歩分かは丸石が敷かれ、 その先は小さな小島がいくつか浮かび、 水中には魚も活けてある。
正しく擬似的な海そのものだ。
中央にある比較的大きな島の上に、帽子の騎士は立っていた。
青い旋風の騎士シャルルは、つり上がった銀の瞳を妖しく輝かせ、 絶海の孤島に紛れ込んだ挑戦者を、 余裕の面持ちで待ち構えている。
「来たな……ジョー・ロングライド……!!」
「お手柔らかにお願いします!!」
戦士たる例として頭は下げるが、やはり向こうは俺のことが気に喰わないらしい。
「もうわかっているだろうが、ジュゴン同様俺は、君が気に食わない。 とは言え頭領は、そしてユズキは君に目をかけているらしいからな……!!」
ギラリと光るレイピアを抜き、小島の草の上に突き立てるシャルル。
「さて…… まずそこを越えてきてもらおうか!」
張られていた水は、健康ランドで時たま見かける炭酸風呂なんかとは比べ物にならない刺激だった。
全身をもはや『衝撃』が走り、指先を動かすのもやっと。
泳ぎはそれなりに出来る方だったが、これだけ身体が動かなくては何の意味もない。
やむを得ず『例の力』を発動するが、魔力と体力の消耗が激しいらしく、おいそれとは使えない。
炎の鎧から発生する熱の膜が水を弾き、シャルルの待ち構える小島にたどり着く。
「来たか。」
「ぷはっ……ハァ……ハァ!たどり着くしか選択肢ないって、分かって言ってるんスか。」
「まァ、個人的にはたどり着いてほしくなかったがなァ。」
ここまで徹底的に嫌われていると、もう、ただ僕がよそ者という事情だけとは思えない。
何かしてしまったのか、だとしたら一体何をしてしまったのか。気になると同時に、さすがに少し腹も立ってきた。
「オレが……そんなに気に入りませんか?」
「ジュゴンは……な?オレはぶっちゃけそうでもないよ。」
「へ?」
正直、拍子抜けした。あの青年、ジュゴンがオレを気に入っていないことは見当がついていた。
だが、彼はなぜこうもオレに牙をむくのか。
彼の本気度を見るに、ただジュゴンに便乗している様には見えない。
「ユズキは今日会ったばかりのお前を推薦したわけだ? ここ数年彼女をサポートし続けてきた、ジュゴンを差し置いてな。
俺はジュゴンに目をかけているが、その点については別にどうでもいい。
問題は……。」
小島の上に差しっぱなしだったレイピアを、シャルルは改めて引き抜いた。
「お前が当ギルドに所属するに足る強者、人格者かどうかだ。
俺はユズキを信用してはいるが、彼女は騙されやすい節があるからなァ。 お前がアルキス政府のスパイでないとも限らん。」
この人は人間を公正に評価できるタイプだ。
ユズキを仲間として信用し、その上で彼女の短所を理解して補い、組織全体としてバランスをとるように努めている。
これまた、戦いにくいタイプに当たってしまったものだ。
「何をボサっとしてやがるっ!」
「っ!?」
突然、戦いの火蓋は切って落とされた。
襲い来るシャルル名剣『トリトン』の刃をアポロで何とか抑え込み、 反撃に出るが、 彼の細い腕からは想像もつかない程に攻撃は重く、同時に早い。
「なかなかやるな! しかしうちの若手にもこの程度の使い手はごまんといるぞ! それではお前を合格させるに足らん!」
「評価を下すにはまだ早いと思いますけど!?」
剣を振りながら炎の鎧を再び発動する。
小島にたどり着くまでに使っていたせいで、肉体的にはかなり負担がかかるが、そんなことも言っていられない。
これでもバンテージにはならないくらいなのだから。
炎の鎧は同時に光の魔力を纏う。
それはつまり……。
「光速移動!?」
シャルルもやはり、マジックアイテムの使い手。太陽の光の力で移動する俺の残像を、目で追いかけられるらしい。
一瞬にして背後に回り、刃を振り下ろすが、 あと一歩のところでガードされる。
「言うだけの事はある……が、甘いわァ!!」
俺の刃を力強く押し返すと、今度はトリトンを指揮棒のように降る。
トリトンもやはりマジックアイテムのようだ。
剣の動きに合わせてさざなみが大波に、大波が渦潮に変わる。
渦の中には活けてある魚がそのまま泳ぎ回っている。
剣を上に向けたシャルルが、フォークボールを投げるときの様にクイッと手首にスナップを効かせた。
渦潮の中から魚が飛び出してきた。太刀魚に似ているが、どうもよく似せたロボットのようだ。
だがシャルル本人からすれば、これは俺を撹乱するための小細工に過ぎないらしい。
びっくりしただろう?、と余裕の笑みを見せる程度で、大して手応えだとは思っていないようだ。
「よそ見をするなよ……!」
「こんなしょーもない手品仕込んどいてよく言いますね……!」
剣と剣の競り合いになるが、 単純に力だけ言えばこちらが勝っているようにも思える。 問題は力の『入れ方』だ。
根本的な力で押されているというよりーいや、もっとも彼には腕力でも劣ってはいるがーアポロの中を流れる炎の魔力そのものが、トリトンを前に屈している。
そうとしか思えないほどに力が入らなかったのだ。
トリトン自体にも刃を中心に小さな渦潮ができている。
一方アポロには、刃に小さな火の子が吹くのみ。
「気づいたろう?根本的に負けてんのさ、アポロはトリトンに!!」
「くっ……!!!」
「 お前……ココナッツでデッドナイトの幹部とやりやったらしいじゃァないか?」
「なんでそれを!?」
「ギルド・アンバーをよほどモグリとなめくさってるらしいが、外部からの情報を得る手段はこんな鎖国国家にもいくらでもある。
イザベラと互角すらならなかったって?
あの女を凌ぐマジックアイテム使いが、幹部にはいくらでもいるぞ!?」
「じゃあこれは知ってますか、故郷に何かあったら俺が戦うし、デッドナイトが立ちはだかるなら……全部倒す!」
刃を再び振りほどき切っ先に炎を灯す。全体重を右腕に乗せて、 左足で一歩思いっきり踏み込み斬りかかる。
が……。
「軽々しく理想を叩くな。底が知れるぞ。」
俺の波崎に灯った炎は、突如として消えた。




