誘拐
・ 気を失ってすぐに、以前マイケルさんに初めて会ったあの砂漠にいた。辺りを見回しておどおどしていると、すぐにマイケルさんの霊体がやってきた。
「ここって……あの時の……」
「ベルとお楽しみのところ申し訳ないが、君の意識を引き戻させてもらったよ!」
「余計なこと言わないで貰えます!?」
本当のところ体調はさっきまで絶不調だった。今だって、ツッコミを入れている余裕すらない。
「とにかくだ! 言うタイミングに迷っていたんだが、ここ数日、君の病室の周りをうろついている集団がいた!」
マイケルさんの言葉は全く冗談に聞こえない。何せ今は、状況が状況だ。いつ、誰が俺を殺しにきても何らおかしくないのだ。
「で。何故オレをここに……?」
「気を失い急患になれば、ひとまず厳重に保護される。
ベルの精神的には心配だが、ここにいる限り、君はひとまず死なないから安心して。君はひとまず……」
と、 そこで言葉を切ったマイケルさんは、 突然青ざめて辺りを見回した。砂漠の周りの空間が、歪み始めている。
「これは……!!」
「なんスカ!?」
「君の体が何者かによって圧迫されてる!病院内にあって、あり得ないことだ!」
マイケルさんの霊体は、砂漠の上空に向かって消えていく。しばらくして彼の声が聞こえた。
「ジョー君! マントを着た集団が、気絶した病院から連れ去っている!!」
「ハァ!?」
訳が分からなかった。これではマイケルさんがやったことに、何の意味もないではないか。
「え……だってオレ……どうすりゃ……!!」
「ひとまず君を乗せたトラックを追う!じっとしていてくれ!」
やがて地震のように精神世界(砂漠)の景色が歪み、崩れていく。
ただでさえ寝ていたはずなのに、オレはそのまま意識を閉じることとなった。
※※※※※
「コイツで間違いネェな!?」
「ああ……あの人がお喜びだよ。」
「そりゃ良かった!さぁ、早く報酬をくれよ……!」
何か、綿の布のようなもので口と言うか顔全体覆われているし、そもそも頑丈な紐で縛られて指一本動かせない。
とはいえ度重なる災難なの中で、オレも自分を鍛えていたのだ。この程度、無理やり解くのは訳ない。
両手を縛っていた紐を、ミリオンさんの雑誌に載っていた解き方で解き、 顔の布を外す。
オレは、木製のボートの上にいた。確か、病院から連れ出された時は車だったはずだ。
となると、最早ロングライド家から、そしてシード大陸からどれだけ離れてしまったかも分からない。
そこは、暗い洞窟の中だろうか。周りは暗く、ボートに付いているランプでは、周囲の岩肌を確認できるだけだ。
ボートの先端に付けられたアンカーは、桟橋の様なコンクリの床のある辺りに繫がっている。
その桟橋の奥のほうに、何やら人影が見える。
辺りが真っ暗なせいで、顔も何も見えたものではないが、 どうも向かい合っている二人組らしい。
「長かった……長かったなァ。やつを捕らえる迄……!」
潮の香りに混ざって、タバコのにおいがしてきた。
長かった、とつぶやいた男が、タバコをふかしたらしい。
「ガタガタ言ってねえで!さっさとギャラを・・・。」
「ああ、ギャラだったらくれてやろう。」
パァン!!
突然、洞窟の中にけたたましい銃声が鳴り響く。
「な、最高のギャラだろ?天国の片道切符と銀の雫さ。」
オレは急いで状況を確認しようと、船底に身を屈める。
「隠れてねーで出てこいやァ、ジョー・ロングライドぉ・・・。」
恐怖と危機感で、身が岩のように固まった。瞬間的に、自分の命を防衛し、相手の狙いを掌握し、この状況から脱出する手段を模索する。
だが、一寸先も見えぬ真っ暗闇の洞窟で、そんな策が浮かんで来ようハズもない。
目の前の男は、たった今人を殺したかもしれないのだ。
下手に逆らえば、どんな目に合うか分かったものではない。
どうするか考えていた時。
ボッ!
アルコールランプに火をつけるような音がしたかと思えば、急に辺りが明るくなった。
洞窟の天井は船底から10mほど。
桟橋にはやはり、帽子を被ったネズミの死体と、銃口からまだ硝煙を吹いているピストルを持ったネズミがいた。
射殺した方のネズミは、左手に銃を、右手に丸型のランタンを持ち、ジョリーロジャーのマントを羽織った男。左目は傷跡で閉じられ、短く切りそろえられた銀髪と、白く濁った鋭い右目が、どんな豪傑をもにらみ殺しそうな雰囲気を醸し出している。
腰にアポロを差していたオレには、すぐに分かった。
(あのランプ・・・マジックアイテムだ!!)
「いいだろ・・・?霊媒師の球灯ってんだ。」
そういって右手に乗せたランタンを見せびらかす男。目の前にいる男はデッドナイト(マントをしている辺り隊長格でもおかしくない)で、マジックアイテム使いで、たった今人を殺した。
一秒後、自分がどんな目に遭っていてもおかしくない。冗談抜きでそう思った。
震えが止まらない。全身から汗が吹き出し、男から目をそらす事が出来ない。
「そぉんな警戒すんなや・・・デッドナイトだからってすぐに反対派を始末しやしねェよ。」
男は咥えていた煙草を地面に吐き捨て、銃口をオレに向けたまま動かない。
「アマリア・ロードレッサ。デッドナイト第4部隊長だ。以後よろしく。」
やはり、予想どうり隊長格。それに、前回戦ったマッドサイエンティスト、イザベラと同列か、外見的にそれ以上の実力者だろうか。
こうなると、今の怪我が完治していないオレでは、到底勝ち目もない。
「カオス総督はよォ、お前に会いたがっていたぜ?」
ーカオス。それがデッドナイト首領の名なのだろうか。
それを口で確かめる暇さえなく、オレは状況奪回の手段を講じるのに精いっぱいだった。
「まあいいや、お前さん、オレについてきな。総督に会わせてやるよ。」
桟橋の側面に、誘拐犯らしき男の赤黒い血が滴り落ちる。オレは隙を見て逃げようとするが、それをさせてくれるほど、目の前の敵は甘くない。
「おっと!妙な事してくれんなよ?オレホントは殺すのとか嫌いだからさあ・・・。」
なら何故マフィアの幹部などやっているのか、ツッコみたくもなったが、そんな余裕も見せないほどに、敵の目は虚ろで冷酷だ。
「ほら、早くこっちへ・・・。」
ガッシャァァァァァァァァァァァァァァン!!
アマリアの脅迫が途端にプツンと途切れたのは、耳を劈くような轟音が、洞窟に響き渡ったからだ。
ブルドーザーにクルーザーが合体したような奇妙な乗り物が、洞窟の壁をえぐって現れた。
通常のブルドーザの操縦席に当たる部分に二人、クルーザーの上に、赤毛のポニーテールの女性が乗っている。
重機が突入してきたことも驚いたが、なによりクルーザー部分に乗った女性が『人間』の姿をしていた事に驚いていた。
「飛んで!捕まるんだ!」
水しぶきとエンジン音にも負けないほどの、よくとおる声で彼女が叫んだ。
「邪魔を・・・。」
オレはその場で力強くジャンプし、彼女の手を伝ってクルーザーに飛び乗る。アマリアが2、3発発砲したが、幸いこちらには当たっていない。
「威嚇射撃は今のが最後だ!!カオスさんはそいつを呼んでる!置いてきな!!」
雌猫とののしられた彼女だが、クルーザーのダッシュボードからハンドガンを装備。勇猛果敢に反撃する。
「そのカオスに言っとけよ!『そのイス』に座ってられんのは今だけだ!必ずアタシらが引きずりおろすってね!」
「雌猫が・・・!!」
アマリアはランタンを手の上で揺らす。
「行っけない!アレを出されたらお終いだわ!引くよ!ジュゴン!」
彼女が後ろを向くと、ブルドーザの運転席に座る誰かがサムズアップを返す。
「待・・・!!」
後退する重機と、波しぶきに置き去りにされ、口惜しげにこちらを睨むアマリア。
洞窟の外は海などではなく、下水道のような細い水路だった。激しい流れの中を走るクルーザーの上で、ハンドルを握る彼女に尋ねる。
「助けてくれてありがとう・・・あの、君は・・・。」
「明日葉柚希。『アルキミス帝国改革連盟』の一人で、この世界の名前はユズキ・ド・アルキミスタ。」
「ちょっと待って!じゃあ君は・・・!」
「そ、早い話がさ・・・。」
その先に続く自己紹介は、驚くべきものではあったが、やはりどこかで察しの付いていたものだった。
「アンタの『同類』。」




