決意の朝に
・次に俺が目を覚ましたのは、よく知った王宮の救護室だった。
額に冷たい感触がある。手で確認すると、冷えた濡れ手拭いがおかれていた。
上体を起こしてベッドのすぐそばで、ベルが腕を枕にして眠っていた。
どうやら俺が眠っている間、おしぼりを替え続けえてくれたらしい。
シャンデリアが煌々と点いたままになっているが、部屋の中は物音ひとつしない。
「そうだ!!ルシアナさん・・・」
ルシアナさんだけではない。一緒についてきてしまったモア姫と、なぜかオレを狙撃して制止したローズさん……。
そして、倒し損ねたデッドナイトの幹部。
「あ、ジョー君!目が覚めたかい!?」
天井をすり抜け、マイケルさんの霊が現れた。
「あれから、なにが……?」
「さぁ……僕もモア姫を追うので精一杯で……意を決してマフィアのアジトに行ってみたら、ローズが兵隊たちと話をしているだけ。
城に戻ったら君が眠っていて……もう何が何だか……。」
この様子では、マイケルさんは、どうやら本当に何も知らないらしい。
危ない目に遭っていた人たちはどうだったのかも、確認できていないようだ。
「ルシアナさんは……!?」
「城の中を回ってみたが、ドクターやメイド達が忙しそうに駆け回っていた。少なくとも……」
まだ最悪の事態には至っていない。
それだけで、疲れた俺の体は随分と軽くなった。
だがすぐに厄介なことを思い出す。デッドナイトの第七隊長にして、科学班班長イザベラの言葉を信じるなら、あの特効薬は洞窟にはない。
タイムリミット以内にルシアナさんを救う手立てが、泡と消えてしまったのだ……。
「あのですね、マイケルさん……。」
どちらにしても、まずはこの人に説明すべきだと思った。
「実は、特効薬は……。」
あの洞窟には存在しなかったのだと打ち明けようとした時。部屋のドアが乱暴に開いた。
「何をぶつくさ言っている?」
花束と氷枕を持ったモア姫が、オレを少し不思議そうに見ていた。
寝巻き姿だが、先程の戦いでやはり多少なり怪我をしているらしく、腕や頭を包帯で巻いてある。
見えないと分かってはいるのだが、 慌てて物陰に隠れるマイケルさん。
「フン……生き延びたか。悪運だけは強いらしいな。」
文句を言いながらも、花瓶の花を差し替え、氷枕をオレの頭の下に置いてくれた。 さらに続いた彼女の言葉は、先ほどよりずっと俺の心を軽くした。
「ルシアナおば様の意識が戻った。」
「あの……ありがとうございま……」
「勘違いするな!貴様がどうなろうと知った事ではないが、 死なれてはルシアナおばさまが悲しむのでな。それに……。」
彼女はベッドにゆっくりと近づき、 俺に鋭い人差し指を受けた。
「帰ったら私に倒されると言っていたなァ!!あの約束を守ってもらわなければ……」
「うッ……それは……」
幼い頃から、 男と女は対等にはなり得ないもの、 本気で戦をしてはならないと教え込まれていた。
前世の記憶など俺にとっては忌々しいだけだが、それにしても姫君と剣を交えるのは気持ちの良いものではない。
「今すぐに……とは言わん。白状するぞ。今の私には、とても貴様を倒せん。
もっと、もっともっと鍛錬して……いつか貴様を討つ!」
純粋で、屈託なく、まっすぐな瞳。
面倒で、危ない人だけど、城下町の市民たちに慕われる理由が分かった気がする。
「せいぜい負けないように鍛えておきますよ。」
「フン。分かればいい」
部屋を出ていくモア姫を、頭を下げて見送るオレ。
「それからベルを泣かせるな!破ったら何時でも殺しに行くからな!!」
バタン!!!と勢いよく閉まる扉。
改めて分かったことがある。オレが何万年鍛えても、この一族の女には勝てないことが……。
翌朝、オレは執務室に呼び出された。どうやら寝坊したのはオレの方だったらしく、すでに関係者はほぼ全員集まっていた。
「ジョー君……。」
「ルシアナさん!よかった……!!」
意識が戻った事を確認し、真っ先にルシアナさんの元へ駆け寄るオレ。
「また危ない目にあったんですって!?ごめんなさいね、私のせいで……。」
「やめてくださいよ水臭い!ルッキー達もベルも、頑張ってましたよ」
歓喜するルシアナさんに、頭を撫でられるオレ。
モア姫に軽いにらみを効かされたが、状況が状況だけに、これといってお咎めはなかった。
部屋でしばらく歓談していると、国王様がゆっくりと入って来た。
「ルシアナ、体の調子はどうだ?」
「ご心配には及びません。兄さんこそ大丈夫?昨日おとといは後始末に追われて眠れなかったんでしょ」
「国王の責務だ。何のこれしき……皆集まっているなら、話に入っていいか?」
誰からも反論が無かったので、国王様が今回の一件について説明を始めた。
結論、あの砂浜や、海岸線の洞窟に救っていたデッドナイトのメンバーは、一人を残し逮捕。もう一人は撤退し、よりにもよってそれが最重要人物だったらしい。
「化学班長、イザベラ……!!?」
「やはりジョー君は接触していたか。以前、シード大陸の万屋ミリオン倉庫を襲撃した、あのリディアを凌ぐ上級幹部だ。」
国王様の口から、オレは図らずもとんでもない相手と戦っていたことを知る。
(で、お兄ちゃんは傷大丈夫?……)
国王様がジェームズさんと話している間、ベルがオレに耳打ちしてきた。
「ありがとな、大丈夫さ。ベルは?怪我とか……。」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃんがボロボロになって、ローズお姉ちゃんに運ばれたときは、すごく怖かったけどね。」
「悪かったな。心配かけて……。」
「いいよ、無事に帰って来てくれたから・・・」
そう言って恥ずかしげに笑うベルに、こっちも何故だか顔が赤くなる。
「ジョー君、聞いてるかい?」
ジェームズさんに尋ねられ、慌てて姿勢を正した。
「すいません!!きいてます!!」
と、ココで一つ気になることが。
「オレ……どうやってここまで戻って来たんですか?」
そう。気絶する前、背後からローズさんらしき女性に狙撃された後から、記憶が飛んでいるのだ。
「私が運んだのよ。」
背後から声がした。遅れて入って来たのは、火消し組の隊服によく似たマントを羽織ったローズさん。
「ローズさん……あの、その恰好……。」
「ジョー君に出会ったときは、ご存知の通り、精神的に病んでて休職してたんだけど……実は私!」
「ローズ君!!」
国王様が、それ以上言ってはならん、といった顔で首を横に振った。
「……と、いう訳で、ちょっと言えない仕事してま~す。」
苦笑いしながら頭を掻くローズさん。
だが、さしずめ犯罪者と交渉する保安官。火消し組か、その系列の組織の高官であろうと、オレは推察した。恐らく、ジェームズさんやルシアナさんも、恐らく向こうにとっては危険人物に当たるのだろう。
かつて、『シード大陸覇権戦争』で猛威を振るった若い兵士たち。その中で生き残った者たちが、現在は『シードの七つ星』と呼ばれ、シード大陸において、一つの王族に変わって大陸の統治をおこなっている。
という話を、以前ルイスから聞いたことがある。
経緯や立ち位置は未だ不明だが、きっとジェームズさんもその一角なのだという。
ジェームズさんと話すときの、何か『引き寄せられる』感覚や、人間力の様なモノを感じるうち、何となく『ただものじゃない』感じがしていたのだ。
「とにかくだ。少なくともイザベラを取り逃がした以上、君たちの話は必ずデッドナイトの首領の耳に届くだろう。これまで以上に警戒して欲しい。
国を救われたばかりの身でこんなことを言えた義理じゃあないが……極力デッドナイトに関わる道を避ける様にしてくれ。」
「大丈夫です。オレには頼もしい家族や仲間たちがいる。オレは彼らを死ぬ気で守るし、きっと皆もオレと共に戦ってくれる。シード大陸はオレが護ります……
ベルと一緒に!」
ベルの肩を叩くと、赤い顔を少し下に向け、数秒ほどうつむいてから、「はい」と頷いた。
「男に二言はないんだろうな?」
鋭い声のモア姫は、不愛想にそっぽを向いていたが、親指を上に向けてサムズアップしていた。
「もちろん!」
「なら出来るだけやってみろ。」
「なるほど、君達がシード大陸を、か……。火消し組はめいめいお荷物になるなと、ドランクと若頭に伝えなければな……。」
頼もしそうに笑う国王様。オレは大変なモノを背負ってしまったのかもしれないと、今更ながらに自覚した。
来たときは、サンセットの領海は他より少し濁って見えた。
そのワケが分かった。デッドナイトの連中が時々ビーチに現れては荒らしていったのだろう。
恐れるものがなくなった町民たちは、海岸の清掃や、水質の浄化に入っているらしい。
「キレイになるまで、時間かかるよね……?」
船の上から、ベルが不安そうにつぶやいた。
「ゆっくり確実に。でっかい偉業は、いつもそうやって成し遂げられてきたんだぜ?」
「生きてるうちに、また来れるかな?」
「そん時ゃキレイになってるように、時々手伝いにくりゃいいさ。」
「うん。そうだね……。」
まだ不安は、完全に拭えてはいない。
これからのデッドナイト、この海の事、ベルの事……。
考えなければならない事は山ほどある。
でも、何を考える上でも、オレは独りじゃない。
きっと大丈夫。
根拠のないそんな自信は、潮風に髪をなびかせるベルの横顔が、オレに勇気をくれたからだろう。




