一生幸せになれないってぼやいてる 奴の幸せは案外足元に転がってたりする
・翌朝、早い内にいとまをして働き口を探そうと思っていたオレだが、ルシアナさんは5時から起きて、編み物と朝食作りを初めていた。
「今から主人がジョギングに行くけど、ジョー君もご一緒にどう?」
ちょうど良い。ロングライド家の大黒柱に、オレも話があった。
玄関では、ジャージに着替えキャップを被った準備万端のジェームズさんが待っていた。
「……おはよう。」
「おはようございます……あの、ご一緒しても良いスか?」
「もちろん!」
ジョギングコースはロングライド家の前の一本道をひたすら歩き、グルリと一周して再び戻る、単純なモノだった。
歩きながら、オレはジェームズさんの横顔を見た。
凛としているが、穏やかな顔つきだ。喧嘩やトラブルを避け、静かに生きていそうなのに、どこか強く、たくましい父親の風格を持っていた。
オレの方から昨晩の事を尋ねようとすると、ジェームズさんが突然立ち止まった。
「少し……寄り道しても良いかな?」
「はい……。」
折り返し地点の奥の方に、ポツンと一つ、十字架の墓が立っていた。
墓には、英語でマイケル・ロングライドと書かれている。
「ここって……。」
「息子の墓なんだ……私は定期的に立ち寄るけど、ベルとルッキーは近寄りたがらないんだ。特にベルは、死んだ兄を誰より慕っていてね。だからこそ、彼が死んだと認めたくないのかも知れない。何より……。」
ジェームズさんはそこで言葉を切った。オレの中にあった疑問が、少しずつ繋がる感触を覚える。
「あの子が知らない人を家に連れ込むなんて、君が初めてだったからね……。」
ジェームズさんは、墓に飾られた遺影を指差した。
昨日からの疑問がようやく解けた。遺影ていたべるそっくりのネズミの青年は昨日の夜窓ガラスに映ったネズミ姿の俺にそっくりだったのだ。
「これ……!」
「君にそっくり。あの子が、半ば強引に君を連れてくるのにも、納得がいく。」
「でもオレ、本当は……。」
「分かっているよ。周りの人の目や鏡などに映る姿と違い、君自身は、ネズミの姿ではないんだよね?」
弁解しようとしていた事を全部言われ、オレは思わず固まった。
「どうしてそれを……!?」
「時々、見知らぬ人がそう言って、街を訪ねてくると聞くんだ。何でも、『別の世界から生まれ変わった』とか……君も、そうなんだよね?」
「はい……。」
素直にそう言うしかなかったオレに、ジェームズさんは優しく笑った。気にしないでくれと、そう言われている様な気がした。
「……こんな事を言うのは、ベルや私の、いやロングライド家のワガママかも知れないが、どうだろう。元の世界に帰れるまで、いや、君の進路が決まるまでは、家にいてくれないか?」
「え……?」
「君を、亡くした長男の代わりの様に扱うのは、エゴ以外の何者でもない事は分かっている。ただ、私は……どうした!?」
涙を流すというオレのリアクションが予想外だったのか、ジェームズさんは再び表情を固めた。
ジェームズさんにして見ればエゴでも、オレにとっては『救い』だった。
こんなにも誰かに愛され、必要とされたのは、生まれて初めてだったからだ。
「……ほんとに、良いんですか……!?」
「え!?いや、君さえ良ければ私は……。」
「ありがとうございます!ぜひ、宜しくお願いします!」
涙と鼻水まみれになって、思い切り頭を下げた。
今日を持って、オレの『幸せ探し』は幕を下ろし、ネズミの国の第二の人生が幕を開ける。
今は亡きマイケル・ロングライドさんの代わりが、オレに務まるかは分からない。
もう戻らない。愛されることを、ただ待っていたあの頃にはもう。
愛はここにある。折り返し地点からまっすぐ歩いた、小さな家。新しい家族のいる、ロングライド家に……。
意気揚々と歩いていくオレたちを、背後から見送る人影に、オレは全く気付かなかった……。