「女は三歩下がれ」は男尊女卑じゃなくて男という幼稚で不器用な生き物なりの気遣いの証
・ 血相を変えたローズさんが ルシアナさんの肩を担ぎ、大急ぎで城に戻ってきたのは、それから数分後のことだった。
あまりに突然の事で、城内の誰もが唖然としていた。
国王様がすぐ、怪しげな科学者と大陸一の名医に連絡をつけてくれたおかげで、迅速に処置を施せたものの、伝えられた事柄は過酷なモノであった。
「陛下、こりゃあ新種の猛毒ですな。」
初老の医師は、額に汗を浮かべて呟いた。
「分析が終わったわよ。」
長身の薬学者、ジュ―リオ博士が、オカマ口調で言った。
最初に見た時、男性か女性か分からなかった。それくらい中性的な見た目だ。
色白で痩せ型で、髪もまつげも流れる様に長く、ルージュまで引いているが、よく見ると筋肉質で、何より声が低い。
「厄介なのくらったわね。これ、ウツボの毒よ。」
「ウツボ……!?」
ルッキーが目を見開くと、博士は残念そうにため息をついた。
「ご大陸のいくつもの研究チームが調べててね。アカジマウツボって種類の体液からとれるフラミニンって物質なんだケド、ウツボの生態も、この物質の全容もまだ未解明なのヨ。」
「そんな……じゃあ、ルシアナお母様は!?」
ローズさんが尋ねると、ジュ―リオ博士が視線をドクター・シローに移した。
「これまで報告された事例では……一部を除き皆、24時間以内に命を落として居る。」
「そんな……!!」
「叔母さまが……!?」
「テメエ!!!!!!!」
ローズさんを押しのけて、ルッキーはドクターに掴みかかった。
「他人事見てェに言いやがって!!ンなモン納得できるかよ!母さんが死にやがったらただじゃ……。」
「やめてくださいルッキー兄さん!!こんな事してもママさんは……。」
そう言って、必死でルッキーを止めるクリス。
彼の目にも大粒の涙が浮かんでいることに気付いたルッキーは、すんでのところで拳を仕舞い込んだ。
「分かってる……けど、母さんが、死ぬなんて……。」
遂にルッキーも泣きそうになる。
不意に、ベルがオレの服の袖をつかんでいた。
「お兄ちゃん……どうしよう……!!!」
これまでにないほど不安そうな顔をするベル。
オレは、ルシアナさんがいなくなるのがたまらず恐かったし、ベルにこんな顔をさせたまま、何も言ってやれない自分が憎くて、とても悔しかった。
気が付けば、ベルを抱きしめていた。
抱きしめられたベルも、オレも、心配そうに見守っていたジェームズさんとローズさんも、ルッキーも、クリスも、そしてモア姫も、一緒に泣きだした。
「ウソだ……叔母様が……そんな……!!!」
「ウァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
全員の悲痛な鳴き声が響き渡る中、ジュ―リオ博士だけが、耳をふさいで言った。
「あーた達、落ち着きなさいな。ここは一応病室よ?」
「んだとこのオカマ学者!!この状況で誰が落ち着けるかってんだ!」
「坊や!あーた次アテクシをそう呼んだらぶっとい注射したげるからね!
何もこの奥さんがこれまでの症例どうり死ぬたあ言ってないわよ!」
「でも、24時間以内って……。」
「一部例外を除きってシローセンセが言ったでしょ?不幸中の幸いね。
この猛毒から人を救った事例のある『岩石』が、この海域に存在してんのよ。」
「石……!?」
ルッキーが目を見開くと、博士は遠くを見るように語る。
「名を『リボナイト』。海洋の民族達に昔から万能薬とされてきた。つい最近、フラミニンを中和する可能性があるって、シード大陸のお医者さんが論文を出して、数人の患者さんに投与したら、何と致死率100%を80%まで、統計上の格下げに成功したってワケ。」
「じゃあ、母さんは……!!」
「喜ぶのは早いわボウヤ。にも拘らず未だこの物質が解明されていないのは、中毒患者の80%が死亡しているってコト。さらに悪いニュースだけど、採掘現場はの海底洞窟は今、マフィアの下品な坊や達がまるごと占拠してる。敵対してるルシアナさんを救うための特効薬を、取りに行かせてくれるとは思えない。
……いいえ、そもそもこの件事態、マフィアが仕組んだかもしれないわね。
浜辺を歩いていただけで、貰うような毒じゃないもの。」
「なら押しのけるだけだ。」
モア姫の言葉の意味を理解できたものは、そのとき病室に数人だろう。
「待ちなさい!モア……!」
王が止める間もなく、モア姫は病室から出て行った。
「とにかく、士官たちを集めなければ!姉上が倒れた上……交渉が増えた。すぐにでも私自ら出向く!」
「しかしながら国王陛下、今夜はもうおそうございます。明朝、諸準備を終えて……。」
「大臣!!そんな時に姉上が死んでしまったら何とする気だ!そうだ、モアは……。」
「オレが様子を見てきます。」
「すまんジョー君、頼んだ。」
大臣さんに怒鳴ってしまうほど、精神的に余裕のない国王様を落ち着かせる意味もあったが、先ほど部屋を出ていく前のモア姫の様子に、どうしてもいやな予感を禁じえなかったのだ。
部屋の様子を見に行った時。オレは自分のタイミングの悪さを呪った。
「遅かったか……。」
厳重に二回ノックをしたが、扉は勝手に開き、ベランダに続く窓は全開、カーテンが夜風になびいていた。
テーブルの上には、『勝手をお許しください。必ず戻ります。』とだけ書かれたメモ用紙と、見覚えのあるマークがあった。
ネズミの頭蓋骨に、尖った角が生えた、海賊旗を彷彿とさせるシンボルマークが書かれた紙切れに、『王族をアジトへよこせ』の一文。
我々を、というより、プライドの高い姫を煽っているとしか思えない、明らかな挑発。
もしオレの想像通りなら、敵の作戦は大成功だ。
このタイミングで、アレだけ慕っていたルシアナさんを殺そうとしている連中から、この紙切れが送られてきたら、姫は何をするだろう?
想像に難くない。
我先にと、あの岩礁のアジトに向かうだろう。
だがそれでは、敵の思うつぼだ。
モア姫は多分、『人を殺したことがない』。
一度戦ったオレなら分かる。
本当に外道に落ちた人間と戦うとき、それは意外と大きな勝敗の分け目になる。
倉庫で初めてリディアと接触した時。あの時だって、もしミリオンさんに仲裁されなければ、オレも、イザも、ルッキーも殺されていただろう。
(急がねえとな。海岸につく前に……。)
聞いた話じゃ、船場のじいさんは、姫の頼みを断れない性分らしい。
船を出されてしまえば、もう間に合わない。
急いで城の裏門から外へ出たオレは、尖った足音を追って林の中を駆け抜けるー。
コイツだ。またコイツが、私の邪魔をする。
幸いにも綺麗に磨いたばかりだったレイピアを片手に城を飛び出し、父上にバレる前に船を出してしまえばこちらの勝ち。
無駄な労力を使う前に、マフィアどもを叩きのめし、岩石を採取、叔母様を救う道が開ける。
その1大作戦を、このクソガキはまだ邪魔しようとするのだ。
「何のつもりだ?今回ばかりは冗談だと思いたいなァ、ジョー・ロングライド……。」
「伊達や酔狂でも、冗談でもありませんよ。今すぐ引き返して下さい、姫……。」
息を切らして訴えかけるオレに、姫は鼻で笑った。
「なるほど、お前はそんなにルシアナおば様を殺したいらしいな?」
「姫の方こそ、自分の行いが、ルシアナさんを喜ばせるとでもお思いですか?」
「貴様…… 知ったような口を!今私は、機嫌が悪いし焦っている。場合によってはこの剣が血に染まることもいとわんぞ。」
静かな声だが、とても冗談には聞こえなかった。
だが俺はもう怯まない。今守らなきゃいけないのは、そんな小さな安全じゃない。
「 好きにしてくださいよ。」
「何?」
「それで姫の気がお済みになるなら、腕だろうと足だろうと、切り裂いて構わない。あなたに死なれて、ルシアナさんにショックを受けられるよりマシだ。」
「心配のつもりなら大きなお世話だ。悪いが、そこいらの男に負ける様な修行をしていた覚えはないのでね。」
「でもあなたは、戦争に出たことなどないでしょう。」
「だったら何だ!! もう二度と言わんぞ、そこをどけ! こうしている間にもおば様が……お前、わからんわけでもあるまい!」
モア姫の顔には、怒りと共に徐々に焦りが浮かんでくる。
「俺の生まれた地元には、『女は三歩下がって男の後ろについていけ』、という言葉がある 意味を誤解されがちなんですけどね。
今のオレはまさにそれだ。あなたに散歩下がってもらわないと、持っている全力で剣を振れない。」
「なるほど、よほど女を嘗めているらしいな……いいだろう!そこまで言うなら……!」
怒り心頭を越え、冷静かつ高圧的にオレを見下すモア姫。
焦りといらだちと、月光をバックにしているが故か、神々しいまでの殺意をこめて、レイピアを抜刀。
切っ先をオレに向けていた。
「私を倒してみるがいい。そのご自慢の、男の剣で!!」




