天然は天才と紙一重
・右ほほに傷を作ったままで、オレは広間のテーブルについた。昼食の準備はすでに済んでいるらしく、テーブルの上は料理の皿やワイン、ジュースの瓶で埋め尽くされ、部屋中にうまそうな匂いが満ちている。
メイドさん達は、オレたちが座ろうとすると椅子を引いてくれた。
オレも割といい家で育ったつもりだが、当主とけんか別れして家を出てったこともあり、ここまでのVIP待遇は初めてだった。
「あら、ジョー君どうしたの?」
「いやあ別に……ハハハ……。」
煮え切らない返事と苦笑いで誤魔化したのは、ルシアナさんに心配をかけたくなかったのもあるが、正面の席に座るモア姫が『余計な事喋ったらマジで××すぞ』とでもいうように、すごい形相で睨んでいたからである。
最も、救急箱をくれたのはあの人だし(『セルフサービスだ』の一言で床に投げつけられたとはいえ)、
稽古中の私室にノック無しで入っちまったのも事実。
(触らぬ神に祟りなし、ってやつか……。)
「叔母様、その後ご体調に変化は?」
モア姫がかしこまった様子で尋ねると、ルシアナさんはナプキンで口を拭き、シャンパングラスを仰ぎながら答えた。
「この通り、元気ですよ~。やんちゃな子供達には、まだまだ手を焼くけれどね……。」
「だってさ~ルッキー。」
「姉貴の事に決まってんじゃん。100パーでしょ。」
「何を~!」
「二人共です!!」
言い合いをするベルとルッキーに、ルシアナさんはぴしゃりといった。
「「ちぇ~。」」
血は争えない様で、二人は声がそろっていた。
「手がかからない子供は、ジョー君とクリス君だけです。」
「た、大変なのですね……叔母様も。」
「でもまあ、大事な子供達だもの。ベルもルッキーもマイケルも、ジョー君とクリスくんもね。」
今更ながら、ルシアナさんに我が子と言われると、どこか熱いものがこみあげてくる。
自然と顔がほころんでいると、向かいの席からフォークが飛んできた。
「そうなのですね。おばさまが素敵な毎日をお過ごしになられているようで、ほっといたしました……。」
和やかに話すモア姫だが、先ほど何かをこちらへ投げたであろう右手首は、俺へのあからさまな殺意が宿っていた。
(図に乗るなよ……!?クソガキ……!!)
(怖え……この人……!!!)
「いやはや……家出娘のルシアナが、今や立派な5人の母か。ジェームズ殿の御協力あってだろうが、兄としては胸をなでおろす思いだよ。」
「そりゃあ、兄上も立派に国王やってるんですもの?私だってうかうかしてられないわ。」
「何かと言うと先王である父に反目していた、あの頃の不良娘は見る影なしか。」
「あ~ら。パパと喧嘩した時、十中八九パパが悪かったじゃない。」
物静かだが、ベルやルッキーと大差ないやり取りをする二人に、オレは少し笑いそうになった。
憎まれ口を叩いても、結局この兄妹も割と仲がいい。
「意地を張るところは変わっておらんか。ジェームズ殿も大変でしょう?」
「時たまおっかないですがね。彼女ほど自分に合う女性はいない。」
「貴殿も物好きな御方だ。」
笑いが起こるテーブル。楽しい会の最中、ただ一人、モア姫だけは表情が険しいままだった。
食事が終わると、オレは貸し出された自室のテラスから、景色を眺めていた。
「キレイだねー!!」
浮遊霊のマイケルさんが、感嘆の声を漏らす。
「透明度よし、魚よし、日当たりよし。最高じゃないか!あとはデッドナイトとの撤退交渉がうまくいけば……。」
果てしなく広がる青い海。その左端に見える岩礁と、ぽっかり空いた洞窟の入り口が、マフィア『デットナイト』の入り口だ。
「上手くいくと良いね。まあ、母さんなら大丈夫さ、な?ジョー君。」
「そっすよね……。」
相槌は打ったものの、奇跡でも起きない限り円満解決はムリだと思っていた。
明日辺りにルシアナさんと国王陛下、数人の衛兵が赴き、海の家の営業や、観光の妨害などをやめる様に交渉しに行くらしい。
以前その一部と戦闘経験のあるオレにはわかる。
奴らは他人の要求に応じるような連中じゃない。
応じない場合は、実力行使……。ルシアナさんの今朝のテンションを見る限り、早い話がデッドナイト全員フルボッコにされるのだろう。
いくら反社会的組織とはいえ、ルシアナさんはただものじゃない。
完膚なきまでにボッコボコにされるのだろうということは想像に難くなく、心なしか胸が痛んだ。
仕方ない。掃除でも手伝いに行こうかなー。
風呂場は、毎日夕方6時に使えるらしく、それまで使用人の人たちは、城内やだだっ広い浴室の掃除に大忙しらしい。
湯は天然温泉で、記念日には全国民に公衆浴場として開放される。
ルシアナさんたちは、温泉街である城下町の散策に出かけ、残っているのは国王夫妻と、ルッキーとジェームズさん、部屋で雑誌を読んでいるマイケルさんのみだ。
何だか、この世界に来てから家事炊事を手伝う比率が増えた気がする。
変だな。
一人暮らしの時の方がやる事も手間も多かったハズなのに……。
そこまで物思いにふけって、オレはふと気づいた。
増えたのは家事をこなす事じゃない。『誰かを手伝う』事なんだ。
父に勘当される様に、あるいはオレが父から逃げる様に、孤独に生きていたあの新宿のアパート。
何をやっても楽しくない。
何をやっても苦痛でしかない。
当然だ。望まない環境で自分を生かすために、自分で何でもできるようになった。
いや、なってしまった。
孤独は余計に膨れ上がり、にも拘らず、孤独でも生実家生き延びれるせいで、誰かとの関わりや温もりを求める事をいつの間にか忘れていたのだ。
その負のサイクルを断ち切ってくれたのは、こちらの世界に転生したという奇妙な事実。
そして、紛れもなく。
ロングライド家の人々や、こちらの世界の素晴らしい住人達とのであいー。
それら全てが、今のオレを劇的に変えてくれた。
オレが働くのは、己だけを無為に生かすためじゃない。大切な誰かの笑顔を守る。
単純だけど、途轍もなく大きな意味がある。
その幸せをかみしめて、これからも人生を謳歌していく!!
と、意気込んでいたオレは、この時肝に銘じるべきだった。
必ずしもロングライド家のように温和な人たちばかりが、この世界にいるのではないと。
「……あ。」
風呂掃除をしようと脱衣場に行くと、目の前にいたのは、タオル一枚しか体にまとっていないモア姫だった。
羞恥心で顔を真っ赤にすると同時に、怒りで目を吊り上げる姫。
「この破廉恥な……クソガキが……!!!」
「いや!すいません!でもあの……何も見てな……。」
「何をどこまで見てないだァ〜〜〜〜〜!!」
ドゥン!!
慌てて目を伏せたものの、弁解の余地などあるはずもなく、
一瞬のうちに 蹴りが俺の顎にクリーンヒットした。
そのまま廊下に放り出されたオレは、痛みと衝撃とともに意識を失ったー。
次に目が覚めたときオレは城内の医務室にいた。
真っ白い天井を見つけて急いで体を起こす。
モア姫の母君、王妃クリオネ様が、 わざわざオレに手当を施してくれた。
「お怪我は?」
王妃様は心配そうな顔で、目覚めたオレに尋ねた。
「なんとか……。」
苦笑するオレに、さらに申し訳なさそうに王妃が頭を下げた。
「 悪い子ではないのですけれど あの子は昔から少し乱暴なところがあって……。
代わってお詫びします。申し訳ございません!」
「そんな!頭を上げてくださいクリオネ王妃! 元はといえば
シャワー中にノックもせずに入っった俺が悪いんだし……。」
「あ、いえ…… 今度の事だけではなくて、頬の傷も、もしかしたらあの子の仕業ではと……。」
「いや……これは……。」
これ以上余計な気を遣わせるまいと言い訳を考えるが、それがかえって、王妃に心配をかけてしまったらしい。
「本当に申し訳ありません!どうかご勘弁下さいまし……!」
「いや!それも元はといえばオレが……。」
こんなやり取りをしているうちに、王妃はポツリポツリと話してくれた。
「あの子は元々活発な子だったのですが、 私たち夫婦は執政に忙しく、あの子に構ってやれませんでした。
いつの頃からか私たちに見て欲しくて、子供じみたいたずらを、敢えてするようになりました。
普段相手をしてやれない負い目から、厳しく叱ることができなかったのですが、帰ってあの子の不安を煽ってしまったらしく……。」
王妃の顔色が、段々と後悔と自責の色に染まっていく。
おれがどう返していいのかわからずにいると、少し懐かしそうに話し出した。
「そんな中、あの子をずっと気にかけてくれたのがルシアナさんでした。 あの時に叱り、時に褒め、恥ずかしい話、親の私たちより親身になってくださっていました。」
王妃はどこか悔やむような、それでいて安心するような、何とも言えない表情をしている。
何となく分かったのは、今この王家の家族関係があるのは、ルシアナさんのおかげであるということぐらいだろうか。
多分モア姫タイプの女は、 フォローする人がいなければ間違いなくグレる。
「それからしばらく経って、あの子は子供じみたいたずらをやめて剣の稽古に励むようになりました。
それはもうまるで人が変わったみたいに。」
「何かがあったんでしょうか?」
「詳しくは教えてくれなかったのだけど、ルシアナおばさまと一つ約束をしたとそう言っていました。」
「約束……?」
王妃は黙って頷いた。
少々リスキーな人ではあるが、曲がったことが嫌いな部分はやはり憎みがたいところである。 そのまっすぐでひたむきな姿勢の根幹部分に、ルシアナさんとの約束があるのだろうか。
「とにかく王妃……お気になさらず!なんだかんだ言って、姫様は悪い人じゃあない。 オレにもちゃんとわかってますから!」
「ありがとう…… けれど、今後あの子が手を挙げるようなことがあったら、念の為叱っておきますから、私に言ってくださいな。」
この城に来てから、2度も殺されかけたオレが言っても、何ら説得力はないが、いくら伯母とはいえ、一国の王妃にいつまでも頭を下げさせているわけにはいかない。
俺は軽く一礼して、まだ少しばかり痛む右ほほと顎を気遣いながら、自分の部屋に戻った。
海岸沿いを歩きながら、私はモアを探していた。
温泉街で買ったたくさんのお土産を部屋に置こうと、ルッキーとベルは先にお城へ戻った。
一人でこうして故郷の砂浜を歩くのは何年ぶりだろう。
あの頃はちょうどあの子達みたいに、私もやんちゃをしていたものだ。
国王だったパパと意見が合わなかったことがあって……もう何だったか覚えていないけれど、家出したくなって、船番の人を困らせてまでシード大陸に一人旅したっけ。
3ヶ月経っても、こっちから何の音沙汰もなかった時は、さすがに凹んだわね。
自分で家出しておいてなんだけど、結局パパには、兄上がいれば十分なんだってそう思ってしまった。今考えればバカな話だわ。
不器用だけどあの人なりに、兄上にも私にも、きちんと愛情を注いでくれたのに……。
今更こんなことに気づくのは、私が親になったからなのか……。
それは少し違うかもしれない。
もう二度と戻ってこないと思っていた、マイケルの生き写しであるジョー君に出会って、 生きることの意味を再確認させられたのかもしれない。
初めて家出をして、初めて自分で部屋を借りて……。
そうして出会ったジェームズと、彼との間に授かった子供たち、神様の恵みで巡り会えた、ジョー君やクリスちゃん。
皆と生きていくことの意味を、再確認するきっかけになったのかもしれない。
感慨に耽っていたせいか、潮風の音が急に心地よく聞こえる。
まるで、『おかえり』って言ってくれているようだった。
マフィアたちのアジトである岩礁が、目前に見える辺り。
モアは、まるで波に立ち向かうように剣を振っていた。
「どう?調子は……。」
「叔母様……!!」
後ろから突然声をかけたものだから、少し驚いたようだった。
浜辺から少し離れたところの、城に続く石の階段に座り、私とモアは、 はちみつレモンジュースを分け合っていた。
「あんた危ないわよ?あんな所で素振りなんかして……マフィアに喧嘩を売るようなものだからね?」
「ご心配なく叔母様。私はあれから強くなりました。
いっぱしの男にも私はもう負けません。」
「モア、 確かにあなたは強いわね。
けれど今のままではその強さが弱点になってしまう。」
「え?」
「本当に強い人というのは、立ち向かうべき存在がなにか、それに勝てるのかどうか。
理屈、あるいは直感で、わかってしまうものなの。
あなたは『怖いもの』を知らない。そのままでは、本当に強くはなれないわ。」
「相変わらず手厳しいですね……でも、そんなところも素敵です!叔母様……!!」
少し言い過ぎたこと反省したけれど、当の本人は全く答えていないようで、呆れたような安心したようなだった。
「……ところでモア、 なぜジョー君を目の敵にしてるの?」
私に尋ねられたモアは目を見開き、 口に含んでいたはちみつレモンを吹き出した。
「ななななんの話です!!?」
「分かり易く動揺するんじゃありません。この城に来てから2回もあの子をフルボッコにしたのを、私はちゃんと見てました。」
少し反省したらしく、モアは一瞬うつむいた。
「 意外ですね。叔母様に叱られるかと思った。」
「捉え方によっては彼にも落ち度があるのかもしれなかったし、当の本人が全く気にしてないのに、私が彼に変な気を使うのも野暮かと思ってね。
でも、あんまり過激なやり方ならお仕置きするつもりでした。」
「すみません……。」
「謝る相手が違うわ。けれどなんで? あの子はとてもいい子じゃない?」
「質問を返し申し訳ありませんが、どこをそう見えるのですか?叔母様は?」
私は答え方に困った。
身も心もマイケルの生き写し、 といえばそうなのだが、なんだろう、最近はそれも少し違う気がする。
確かに似てはいるのだが、マイケルと違う部分が徐々に見えている気がする。彼のいいところ、彼の個性が……。
「そうね……。」
答えを返そうとした時。
異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
私の視界に入る世界全てが、突然歪み出した。
同時に激しい頭痛と吐き気に襲われ、倦怠感が全身を包んだ。
立ち上がるどころか上半身を起こしているのも億劫だ。
(なに……これ……!?)
声を出す前に 口元に手を当てる。
口から吐き出された鮮血で、手のひらが真っ赤になっていた。
恐怖を覚えて間もなく、遠のいていくモアの悲鳴と共に、私は意識を闇の中に落としてしまったー。




