甲板上のFamily
・ 夏は夜、つきのころはさらなり、闇もなお、蛍の多くたなびきたる。
確か、 清少納言の『枕草子』の一節だった気がする。
よくもまあそんな自然豊かなところで育てたられものだ。
俺も彼女と同じ場所で育っていれば、もう少し心豊かになっただろうか。
なんて言いながら、こちらの世界に生まれ変わってからは、少し環境が良くなったかと思った。のだが……。
「あ〜づ〜〜い〜〜!」
「言うなベル……言うと余計に暑くなる。」
「アニキもアネキも情けないねー、俺はグランド2周してきた。」
首にタオルを掛け、スポーツドリンクを擦りながら、汗をかくルッキーが戻ってきた。
「言っとくけどおかしいのお前だかんな!今36℃だぜ? なんで人間の体温と大差ない気温の中でグランド2周できるワケ!?」
「心頭滅殺すりゃ火もまた涼し……ってね。」
「殺してどうする。滅却な滅却。」
「そんなに暑いなら、海にでも行く?」
たとえネズミの世界に来ても、酷暑の中では『海』というワードは魅力的である。
俺とベルはソファーから立ち上がり、目を輝かせて振り返った。
浜辺のイラストが書かれたチケットを、7枚持ったルシアナさんが立っていた。
「行〜〜〜〜く〜〜〜!」
俺たち2人の大声の大賛成に合わせるように、ルシアナさんはウインクで『OK』と返した。
サンセット大陸、 6大陸中、南に位置する常夏の大陸で、 その名の通り年間の平均気温は36°8分。
一年中が常夏のこの島は、いつでも海を快適に楽しめる、絶好の観光スポットとして人気を博している、わけなのだが。
「なにせ他の大陸との往復便が少ないんだよねー。ここ最近マフィアどもが騒ぎ出しててさ。
観光客も強がって激減しちゃったわけ。ビビりの母さんが、よくもまあ このご時世この島に旅行する気になったね〜。」
「いい年こいて学校にも行かず職にも就かず、ダサいファッションとバイク乗り回して、暴れまわってるガキ共に怯えてるようじゃ ママ兼主婦は務まりません。」
予約2年待ち、現在サンセット大陸「ココナッツ城下町」への唯一の渡航便、「豪華客船ビーナス号の甲板上で シャンパングラスを揺らしながら豪語するルシアナさん。
白のソフトハットに黄色いビキニ、 オレンジ色のサングラスとくれば、 もはやママ兼主婦というよりがっつり「お嬢」の出で立ちである。
「つくづく思ったけど、やっぱ若いなルシアナさん。」
「 ミリオンさんの店でやってたガラポンくじに偶然当たって、上機嫌ってのもあるけど、この母さんの血筋はそうなんだよ。
なんせこの人の実家は自由奔放に育てられてる。
見かけも心も『お嬢』どころか『姫』だからね。」
隣で、ミリオンさんが刊行しているクロスワードパズルを解きながら、ルッキーが呟いた。
「ルッキー、姫って?」
「あれ?あ、そっか。アニキは知らないんだよね。母さんの実家はね……。」
ルッキーが何かをつぶやこうとした時。
ドボオオオオン!!
豪華客船に備え付けられているプールから、水しぶきが上がった。
「べ……ベルお姉さん!?」
クリスが 目を丸くして叫んだ。
嫌な予感がしてウォータースライダーの方を向くと ベルがありえない速度で管の中をぐるぐると掻き回されている。
「た〜〜す〜〜け〜〜て〜〜〜!」
確かパンフレットで読んだ気がした。
ウォータースライダーの水の勢いは、係員が客の要望に応じて調節しており、上級コースと呼ばれる最大級の水流威力は、名だたるスライダーマニアの間でも、推して知るべしと言われているらしい。
確か行く前に ベルは弟に再三注意されていたはずである。
「いーい?姉貴…… 姉貴はただでさえ滑り台苦手なんだから、無理せず3歳から5歳児と同じような初心者コースで行くんだ。
いいね?」
「何よそれー! 私が3歳児並みだって言いたいわけ!?」
「小学校上がるまで、公園の滑り台クリアできなかった人が、何言ってんの。無理して騒ぎ起こしりしたら、係りの人に迷惑かけんだからね。」
「うぅ……。」
そういえば あの時ベルはふてくされていた気がする。
その時のことを思い出し、顔を覆って呆れ返るルッキー。
「あのバカ姉貴……あれだけ言ったのに……。」
「にしてもお前アイツのプライドを刺激しすぎだっつーの! あれ、どうやって止めればいいんだ?」
「 あと2秒もすれば一番下まで落ちるよ……。」
ザブーーーン!!
さっきのとはまた別の水しぶきが走り、ベルが目を回しながらスライダーの下まで落ちていくのが見える。
ほどなくして 係員の放送が響き始めた。
『今スライダーを降りられたお嬢さんの保護者の方。 スライダーの下で目をまわされていますので、至急お迎えをお願い致します。』
ベルとクリスがプールから上がってきたとき、時計は、既に正午を指していた。
「無茶すんなってあれだけ言ったのに。」
「すいませんでした。」
「まあまあいいじゃないの。怪我もなかったんだし。」
半ば呆れ調で責め立てるルッキーに対し、ローズさんがベルをフォローした。
「……今更だけどさ、なんで姐さんもいるの?」
「(ΦωΦ)フフフ… ルシアナおば様にお呼ばれして、同伴させてもらったのです!」
ローズさんは椅子から立ち上がり、何故かドヤ顔で叫んだ後、辺りを憚りながら慌てて座り直した。
「 チケットは7枚 一枚余っているだろ?一番手近で誘いやすかったのはローズちゃんだったんだよ。」
新聞を読みながら、青いアロハシャツのジェームズさんが答えた。
「それはいいけど、 なんでそんな帽子を目深にかぶってるワケ? さっき人だかりができたけど、あれは何で?」
ルッキーの洞察力の鋭さに、ローズさんは何やら唾を飲み込んだ。
「……鋭いわね、ルッキー少年。まあいいわ、夜になればわかることだし。」
気のせいか、さっきからベルとローズさんの視線が熱かったり、 ルシアナさんの膝に座らせてもらい、 真っ赤になっているクリスが面白かったり、楽しいことは楽しいのは確かなのだが、一緒に行くメンバーがメンバーな為、俺にとっては気まずくなくもない旅であった。
俺には一つ違和感があった。こういう時…暇で暇で仕方なく、しつこいほど俺に話しかけてくるマイケルさんが、今日は無口なままだったのだ。
甲板でカモメを追いかけながら、潮風に吹かれてたそがれている。
普段は美形だが、中身はとんでもなくハイテンションなマイケルさん。彼の本性を知っている人なら、あの光景は違和感でしかないだろう。
(あの人、何かあったのか?)
いくつもの謎を残したまま、常夏の島に向けて、船は着実に進んでいく。




