名を宿す『たからもの』
・ いよいよ大晦日。ロングライド本家では、毎年恒例ではないけど規格外に大きな行事があった。
ジョージ叔父様の家に生まれた、第一子の命名である。
「いつもこんな風に、皆で名前決めるんスか?」
「タイミングに寄るわ。ジョージ君とこの子は一週間前に産まれてね。皆で命名しようって事になったの。マイケルもそうだったわ。」
ルシアナさんは、お雑煮が入った鍋をかきまわしながら言った。
「ジニーの時は、わざわざ皆さんフローチアまで来て下さったんですよね。」
リエル叔母様が照れくさそうに笑った。
「私には初めての姪っ子ちゃんだもの。そりゃもちろん。」
器を運びながら、オレは一つ疑問に思った。
マイケルさんの時は、いや、ベルやルッキー、その他皆は、誰がどんな由来で名付けたんだろう。
気になると頭から離れないのが、オレの悪いクセだ。
食器洗いの休憩のためにリビングに戻ると、ゆりかごが置かれていた。中で、ジョージ叔父様のところの赤ん坊が、眠っているのだろう。
話によると、女の子らしい。
少し覗き込んでみた。人間の赤ん坊と、本当に大差ない。
少し肌の桃色が濃かったり、耳が頭の上にあったりする位だ。
ふと、甘い匂いがした。 誰かが昔、『赤ん坊からは太陽の匂いがする』と言っていた。この匂いのことだったんだろうか。
でも、初めて見るその子からは、この世に二つとない生命のエネルギーを感じ取れる様な気がした。
「君は、どんな名前になるんだろうな。」
台所に戻ったオレは、何の気なしにルシアナさんに尋ねた。
「 ベルとルッキーの名前の由来?」
「そうなんです。あいつらの名前の由来を知りたくて……後、マイケルさんのも。」
ルシアナさんは少し黙って、一瞬困ったような顔をしてから答えた。
「ごめんなさい。マイケルの名付け親はおじいちゃんでね。
ベルとルッキーの名付け親は、マイケルなんだけど、 あの子私たちに、生前一度も教えてくれなくて。」
「あー、そうなんすね……。」
少し寂しそうなルシアナさんの顔を見て、いけないことを聞いてしまったと後悔した。
ルシアナさんに一言礼を言い、 リビングのストーブの前で温まっている浮遊霊に、大急ぎで声をかけた。
「 ベルとルッキーの名前、どうやって決めたんすか?」
「何だい?藪からスティックに〜!」
「古いっすよ。真面目に答えて下さい。」
この期に及んでおちゃらける浮遊霊を一発殴り、少し脅し口調で問い質した。
「なぜ急にそれを気にし出したんだい?」
「今夜、ジョージ叔父さんとこの、第一子の名前決めるらしいんすけど、オレも参加権あるらしくて。」
「で、僕に知恵を?」
「それもありますけど、マイケルさんの意見があったら聞いとこうかなって。参加したいですもんね、何とか選択肢にいれとこーかと。」
マイケルさんはストーブから離れ、オレの方を向いた。
「僕に気を遣ってくれるのかい?優しいね、君は……。」
「こっちで楽しくやれんのは、部分的とはいえアンタのお陰ですし……家族から浮いちまう寂しさ、オレも人並みに分かってるつもりですから。」
「ふふ……ではその寛大なご配慮に感謝し、君には特別に教えてあげよう。ベルとルッキー、二人の名前の由来はね……。」
夜は、 ルシアナさんリエルさんの特製グラタンだった。
食事のあと、ラジオから流れてくる曲を聞いたり、ほろ酔いになったジェームズさんがチェロを弾いたり、 クリスが昼間のうちに練習していたらしいカスタネットを披露したり、 ローズさんと交代で、今夜はルシアナさんがアカペラを披露したり、食卓は昨日にもましてお祭り騒ぎ状態だった。
騒ぎが一段落した頃、家長ジンバさんが物々しげに言った。
「皆の衆、宴もたけなわ。そろそろメインイベント、ジョージの家の長女に名前をつけるとしようか。」
「でもあなた、どうやって決めるんです?」
「ジャスミン、決まっておろう。ロングライド家恒例の……宝探しじゃよ!」
ロングライド家伝統行事の名付け宝探し。
まずは全員で名前を一つずつ選び、A4の紙にかきあげる。
それをぐしゃぐしゃに丸めて、家長が家の敷地のどこかに隠し、制限時間以内により多く見つけたものに、名前の決定権を与えられる。
なお、家長には、制限時間内に誰も見つけられなかった場合のみ、命名権が与えられる。
マイケルさんの時はそうだったらしい。
こっそり紙を二枚貰い、マイケルさんの分を仕込む。
「では、用意……始め!」
ジンバさんが手を叩くと同時に、皆一斉に散り散りに探し出した。だが、オレはリビングから一歩も動かなかった。
勝負を降りた理由でも諦めたわけでもなく、気付いてしまったのだ。丸まった紙が、ジンバさんの左右のズボンポケットに詰まっているのを。
「ジョー君と言ったか? 君は行かんでいいのか、優秀なトレジャーハンターよ。」
「……例えばですけど、トレジャーハンターを遣わした王様が、実は宝の所有者だったら、ゲームはどうなるんですか?」
ジンバさんは、一瞬驚いたカオをしたが、やがて面白そうに笑った。
「初めてこのシステムを施行したのは、20年前か。わしのイカサマを見破ったのは、君で2度目じゃよ。1度目はマイケルじゃった。」
「こんなことをするくらいなら、あなたが初めから、お孫さんの命名を買って出たらいかがなんですか?」
「そう思うじゃろ?だがな、ワシはスリルが欲しい。若い頃はちと危ない仕事をしとってな。年を取ると衰え、日和ってしまう。それが何より怖いんじゃ。」
理解できた様な、できない様な。この人は、ここにゲームを取り込まないと満足しきれない、奇特なじいさんらしい。
「この勝負がどうなるか、じゃったな。では口止め料として、君に賞杯を……。」
「あー、それは良いんで、仕切り直しませんか?この勝負……。」
ジンバさんは、今日イチで驚いたカオをした。
「賞杯は惜しいっすけど、この勝負は皆マジでやってるんす。ある人は、 家族から浮いちまった寂しさを押し殺して、オレに代行を頼んできました。だからこそ、このやり方、納得できないっすね。」
「面白い!乗ったわい!」
数分後、再び一族はリビングに集められ、ルールの改変が通達された。
名前の候補のうち、ほとんどは、おじいちゃんによってランダムに破棄され、隠すのは一枚。隠れているのは、この一階のみらしい。 一枚を最初に見つけたものに、名前の決定権が与えられると言う。
クマの敷物の裏、引き出しの中、ピアノの蓋の下、冷蔵庫の中など、あらゆる場所を皆で探したが、見当たらない。
無論、ジンバさんのポケットの中もシロ。
全員の体力と気力が薄れかけ、オレも捜索を諦めかけた時、オレはふと、暖炉の方を見た。
なぜそう思ったのかはわからない。だが、気が付くと無性に、暖炉を調べたい衝動に駆られていた。
普通、そんなことをする人間はいないだろうだが、さき火を消したばかりで、灰だらけになった暖炉の中に、オレは手を突っ込んでいたのだ。
クシャッ。
よく知った感触とともに、オレが戻した手の中には、くしゃくしゃになった紙があった。
『アーニア』
あの人のクセ字だ。霊体になり、物を持つ事もままならなくなったあの人のミミズ文字だ。
『由来: 覇権戦争の英雄の一人『恋獄のアーニア』から取ります。恋獄の異名に似合わず、彼女のように優しい女性に育ってほしいです。』
振り返ると、驚いた顔のジェームズさんが、メモを手に入れたオレを見て苦笑いを浮かべていた。
オレは、左手の親指を立てて、はにかんでいた。
ちょうどその時。遠くから、西洋風のベルの音が聞こえた。
「もう年明けね。速いもんだわ。」
「姉貴、いつまでブスッたれてんの。」
「後でスープパスタをみんなでいただきましょうね。」
「 命名いただきありがとうございました。おかげで元旦から最高にハッピーです。」
「お母様、お勝手手伝いますわ。」
新たなる命、いや存在の誕生と、新たなる年の始まり。オレにはどうも、その全てが、ここにいるみんなを祝福しているように感じられた。
今日までに出会えた全ての人に Happy New Year!!