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転生ですか?ではどうぞ、ネズミの国へ  作者: 芭蕉桜の助
FIRSTyear 冬 年の瀬に揺れるシード大陸
43/86

漢の夢や希望はメタリック

・ 万事屋ミリオンの薄暗い食料倉庫の中に、放火魔の奇怪な鼻歌 が響き渡る。


オレは腰の鞘に手を掛け、背後からゆっくりと忍び寄る。


息を殺し、足音を消し、冷や汗を拭う。


幽霊で、声も姿も捉えられないはずのミリオンさんも、不思議な緊張に縛られ、ただ一点を見つめたまま微動打にしない。


それは、ここ数日間の間に、くるみの町を恐怖に陥れた放火魔の背中だった。


あの残虐な犯行に及んだ悪漢が、どんな人物かわからない。


一瞬でもすきを見せれば、ただでは済まないだろう。


背後から刃を突き付け、自由を奪い、一瞬のウチに捕縛する。


ロランゼさんにはまだ連絡していない。極めて危険だが、これまでの成功に味をしめ、油断している今こそ、確実に捕まえるチャンスだ。もうこれ以上、コイツを野放しには出来ない。


「夢も〜希望も〜すすだらけ〜お前の屍炭になる〜!」


「……!!」


この期に及んで、コイツはまだ住民をあざ笑うのか……!


「明るい明日を目指しても〜、結局皆〜すすだらけ〜。」


コイツはまだ、命をバカにするのか……。


「オレの炎はエンマの裁き……。」


まだ自分を、正当化するのか……。


「み〜んな皆、燃えちまえェ〜!」


徐々にヤツと距離を詰めて行く中で、オレの胸の内が怒りで滾るのが分かる。


「燃やせねーよ!」


「ちょっ……ジョー君!?」


「すいませんマイケルさん。オレはコイツと、正面から戦わなきゃならない!」


マイケルさんが止めるのも聞かず、オレはヤツの背中に怒鳴った。伊達や酔狂の類ではなく、目の前にいるのがただの放火魔ではなく、この町、いや、この大陸の『影』そのものに見えたのだ。


「これまでの家はァ……全部燃えたぜ?」


「でも、燃えねーよ。オレは滾ってるが……オレの夢や希望は、鋼鉄製(メタリック)だから。」


「じゃあまず……お(めえ)が燃えろや!」


先端に火のついた棍棒を振り回し、オレに威嚇した。ふざけた鼻歌に隠された殺意が、ついに姿を現したのだ。


ボロボロのハンチング帽の下には、これまでにない程醜いネズミの顔が在った。

髭や髪はぼさぼさに伸び、目には黄疸が入り、歯は獣の様に妖しく尖っている。

笑っているのか歪んでいるのか分からないが、オレの事は紛れもなく『敵』と認識していた。


オレは一歩後ずさるより先に、鞘から一本の件を抜き、縦に振りかぶった。


刃は銀色に煌き、振り翳された棍棒にともる悪しき炎を一瞬にしてかき消した。


「!?」


予想だにしなかったであろう出来事に、放火魔の表情は一変する。


「ジョー君、その剣……!?」




~数分前 ジョナサン邸~


お暇しようとした時、ルイスがオレを呼び止めた。


「先輩、そういえば、ミリオンさんからの預かりものが……。」


「え?」


「何の偶然か、今朝ココに来たんですよ。『急用で出かけるから、もし(・・)先輩が来たら渡しといてくれ』って。」


「相変わらず、怖え位鋭いな……。」


ルイスは、かつお節くらいの大きさの、白布にくるまれた『何か』だった。


中身は、ロランゼさんのと同じくらいのレイピアだった。

全体がまばゆい銀色に輝き、柄には琥珀らしき黒い宝石が埋め込まれている。


「これを、ミリオンさんが……!?」


「何でも、『ヤバくなったら抜くといい』んだそうです。」


「ずいぶんざっくりしてんなオイ……。」





~そして、現在に至る~


「まるで、こうなるって予見してた見てえだな。感謝感謝。」


「ジョー君!今のうちに捕縛を……!」


「オイお(めえ)、オレの火がァ……。」


男は一歩後ろに下がり、こん棒を垂直に振り下ろす。


「消えちゃったじゃねーかよォォォォォォォ!」


間一髪躱したと思えば、放火魔は口から火を噴き、ろうそくのケーキの様にこん棒に火を灯した。


「ウソだろオイ……!」


「ヒヒヒヒッ!燃えちまえよ、お前~!」


長引けば不利になる!オレはあらゆる角度から斬りかかるが、すべてあの長い棍棒で受け止められる。


よく燃える棍棒の先端に近づけば、熱さと煙たさで息が詰まりそうだ。

向こうは向こうでオレを焼き殺しにかかってくるから、それを受け流すのもギリギリだ。


「くっそ、何気にすばしっこいし、いい動きを……!」


「アンタこそ、放火魔から火消し組に転身しろや!」


縦横無尽に棍棒を振り回しながら、徐々にオレの逃げ場を奪ってゆく。


ついに、段ボールの壁に阻まれ、もう後ろに距離が取れなくなった。


「ジョー君!」


不安そうなマイケルさんを前に、何故か笑っている自分自身が、オレにも少しずつ、怖くなっていた……。


「こりゃあヤベぇかもな……!」





~所変わって、火消し組総本部近くの河川敷~


「もう、お前と出会って十九年か。長かった様な、短かった様な……。」


「ライアン、オレたちは思い出話をしに来たのか?」


容赦なく責め立てるオレに、ライアンは参ったとばかりにため息をついた。


「お前は、オレと同じ孤児だったところを総長(オヤジ)に拾われた。大恩あるハズのあの人をなぜ裏切った?……答えろ!」


少し黙ってから、ライアンはオレの方に振り返った。オレへの侮蔑と憐みの混じった、ある意味高慢だった。サファイヤ色のはずの瞳は黒く濁り、銀髪は乱れている。


「大恩ねェ。総長でありながらくるみの町の隅っこにちんけな屋敷を構え、他人に優しく自分に厳しいその人柄は、火消し組旗揚げ当初から隊士達の模範と慕われる男……お笑い種だ。」


あまりに不条理な嘲笑に、オレは捕獲用の麻酔銃を捨て、鞘に手をかけた。

コイツをただ事務的に『逮捕』するのが、どうにも我慢ならなかったのだ。


「何が『お笑い種』だァ!馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


「思い出せよ!総長に拾われたあの日から、お前はあの人に追いつこうと必死だった!だが、オレも同じだったよ!オヤジはお前に腕っぷしを、オレに学をくれた!

それぞれがそれぞれを磨いていたハズなのに、あの人はお前を右腕に、オレをその下に置こうとしてる!

どれ程の屈辱か分かるか!?ずっと信頼していたあの人が、『家族』に優劣をつけたんだよ!」


冷静だったライアンの語気が、どんどん強くなって来る。


数か月前、ドランクの総長(オヤジ)と酒を飲んだ時。


オレたちの昇格について切り出した。あの人は確かに、オレに『副長』、ライアンに『参謀長』を推した。


でも、それはオレたちに優劣をつけたわけじゃない。


「馬鹿野郎……そこまで気に病んだなら、なぜオヤジとちゃんと話さなかった!」


「お前のオマケで充分なオレと、話してくれるとでも?」


「……あの人がお前を参謀長に推したのは、お前が剣術を嫌ってたからだよ!」


一瞬ヤツの表情に陰りが見えたが、すぐに怒りでかき消された。


「何の話か知らないが……オレとてもう後には引けない!」


「それでも、総長(オヤジ)火消し組(くに)は壊させない!」


「どうしてもオレを捕まえたければ、ここで殺せ!」



オレが説得する間もなく、ライアンは剣を抜いた。


斬り合いはほんの一瞬。負ければ放火魔は今後も野放しになる。


その一瞬の間に何を思ったのかは、自分でも覚えていない。




気がつくと、目の前に、親友(ライアン)が横たわっていた。








目の前にある風景は、ボクが見たくないモノだった。


優しいジョー君が、人を斬りつける場面など、見たくはなかった。


現実は、残酷だ。


ボクは、ジョー君を守りきれなかった。


くるみの街を恐怖に陥れた憎き放火魔は、ジョー君に敗北し、

彼につけられた首元の傷から血を流して倒れている。

呼吸は虫のようで、今にもこと切れそうだ。


「ァアなんだい、オレァ負けたのかい。ヒヒヒヒヒヒヒヒ……。」


かすれるような放火魔の皮肉笑いが、薄暗い食料保管庫にこだまする。


「まだ助かる、 火消し組に通報するまでに答えろ。お前のバックにいるのはどこのどいつだ?」


「わりー事ァ言わねぇ。お前さん二度と剣を持たん方がいい。」


「……答えろ。」


「なんでも守り、全てを救おうとするあまり足元救われて、現に俺みたいな悪党をせずにいる……お前みてぇなのは、戦場には向かねーよ。」


「良いから答えろ。」


「ニ兎も三兎も追って、結局は何も救えず血の涙にまみれて死ぬのなら、最初から安全な穴倉で一生終えた方がずっと楽……。」


「良いから答えろっつってんだろ!……ハァ……ハァ……!」


らしくもなく声と息を荒げるジョー君を、僕はもう見ていられなくなった。


10分後、火消し組が到着すると同時に、放火魔の集中治療が開始され、 同時にジョー君は意識を失った。


ロランゼ探していた内通者も、先程控訴され、ジョー君の冤罪も無事に晴れたようだ。


でも、この結末を『勝利』と呼べるのか、僕には分からない。


ただ一つ分かることは、ここ連日くるみの街を恐怖に陥れていた放火魔が一人、火消し組によって逮捕されたという事実だけである。

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