漢の夢や希望はメタリック
・ 万事屋ミリオンの薄暗い食料倉庫の中に、放火魔の奇怪な鼻歌 が響き渡る。
オレは腰の鞘に手を掛け、背後からゆっくりと忍び寄る。
息を殺し、足音を消し、冷や汗を拭う。
幽霊で、声も姿も捉えられないはずのミリオンさんも、不思議な緊張に縛られ、ただ一点を見つめたまま微動打にしない。
それは、ここ数日間の間に、くるみの町を恐怖に陥れた放火魔の背中だった。
あの残虐な犯行に及んだ悪漢が、どんな人物かわからない。
一瞬でもすきを見せれば、ただでは済まないだろう。
背後から刃を突き付け、自由を奪い、一瞬のウチに捕縛する。
ロランゼさんにはまだ連絡していない。極めて危険だが、これまでの成功に味をしめ、油断している今こそ、確実に捕まえるチャンスだ。もうこれ以上、コイツを野放しには出来ない。
「夢も〜希望も〜すすだらけ〜お前の屍炭になる〜!」
「……!!」
この期に及んで、コイツはまだ住民をあざ笑うのか……!
「明るい明日を目指しても〜、結局皆〜すすだらけ〜。」
コイツはまだ、命をバカにするのか……。
「オレの炎はエンマの裁き……。」
まだ自分を、正当化するのか……。
「み〜んな皆、燃えちまえェ〜!」
徐々にヤツと距離を詰めて行く中で、オレの胸の内が怒りで滾るのが分かる。
「燃やせねーよ!」
「ちょっ……ジョー君!?」
「すいませんマイケルさん。オレはコイツと、正面から戦わなきゃならない!」
マイケルさんが止めるのも聞かず、オレはヤツの背中に怒鳴った。伊達や酔狂の類ではなく、目の前にいるのがただの放火魔ではなく、この町、いや、この大陸の『影』そのものに見えたのだ。
「これまでの家はァ……全部燃えたぜ?」
「でも、燃えねーよ。オレは滾ってるが……オレの夢や希望は、鋼鉄製だから。」
「じゃあまず……お前が燃えろや!」
先端に火のついた棍棒を振り回し、オレに威嚇した。ふざけた鼻歌に隠された殺意が、ついに姿を現したのだ。
ボロボロのハンチング帽の下には、これまでにない程醜いネズミの顔が在った。
髭や髪はぼさぼさに伸び、目には黄疸が入り、歯は獣の様に妖しく尖っている。
笑っているのか歪んでいるのか分からないが、オレの事は紛れもなく『敵』と認識していた。
オレは一歩後ずさるより先に、鞘から一本の件を抜き、縦に振りかぶった。
刃は銀色に煌き、振り翳された棍棒にともる悪しき炎を一瞬にしてかき消した。
「!?」
予想だにしなかったであろう出来事に、放火魔の表情は一変する。
「ジョー君、その剣……!?」
~数分前 ジョナサン邸~
お暇しようとした時、ルイスがオレを呼び止めた。
「先輩、そういえば、ミリオンさんからの預かりものが……。」
「え?」
「何の偶然か、今朝ココに来たんですよ。『急用で出かけるから、もし先輩が来たら渡しといてくれ』って。」
「相変わらず、怖え位鋭いな……。」
ルイスは、かつお節くらいの大きさの、白布にくるまれた『何か』だった。
中身は、ロランゼさんのと同じくらいのレイピアだった。
全体がまばゆい銀色に輝き、柄には琥珀らしき黒い宝石が埋め込まれている。
「これを、ミリオンさんが……!?」
「何でも、『ヤバくなったら抜くといい』んだそうです。」
「ずいぶんざっくりしてんなオイ……。」
~そして、現在に至る~
「まるで、こうなるって予見してた見てえだな。感謝感謝。」
「ジョー君!今のうちに捕縛を……!」
「オイお前、オレの火がァ……。」
男は一歩後ろに下がり、こん棒を垂直に振り下ろす。
「消えちゃったじゃねーかよォォォォォォォ!」
間一髪躱したと思えば、放火魔は口から火を噴き、ろうそくのケーキの様にこん棒に火を灯した。
「ウソだろオイ……!」
「ヒヒヒヒッ!燃えちまえよ、お前~!」
長引けば不利になる!オレはあらゆる角度から斬りかかるが、すべてあの長い棍棒で受け止められる。
よく燃える棍棒の先端に近づけば、熱さと煙たさで息が詰まりそうだ。
向こうは向こうでオレを焼き殺しにかかってくるから、それを受け流すのもギリギリだ。
「くっそ、何気にすばしっこいし、いい動きを……!」
「アンタこそ、放火魔から火消し組に転身しろや!」
縦横無尽に棍棒を振り回しながら、徐々にオレの逃げ場を奪ってゆく。
ついに、段ボールの壁に阻まれ、もう後ろに距離が取れなくなった。
「ジョー君!」
不安そうなマイケルさんを前に、何故か笑っている自分自身が、オレにも少しずつ、怖くなっていた……。
「こりゃあヤベぇかもな……!」
~所変わって、火消し組総本部近くの河川敷~
「もう、お前と出会って十九年か。長かった様な、短かった様な……。」
「ライアン、オレたちは思い出話をしに来たのか?」
容赦なく責め立てるオレに、ライアンは参ったとばかりにため息をついた。
「お前は、オレと同じ孤児だったところを総長に拾われた。大恩あるハズのあの人をなぜ裏切った?……答えろ!」
少し黙ってから、ライアンはオレの方に振り返った。オレへの侮蔑と憐みの混じった、ある意味高慢だった。サファイヤ色のはずの瞳は黒く濁り、銀髪は乱れている。
「大恩ねェ。総長でありながらくるみの町の隅っこにちんけな屋敷を構え、他人に優しく自分に厳しいその人柄は、火消し組旗揚げ当初から隊士達の模範と慕われる男……お笑い種だ。」
あまりに不条理な嘲笑に、オレは捕獲用の麻酔銃を捨て、鞘に手をかけた。
コイツをただ事務的に『逮捕』するのが、どうにも我慢ならなかったのだ。
「何が『お笑い種』だァ!馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「思い出せよ!総長に拾われたあの日から、お前はあの人に追いつこうと必死だった!だが、オレも同じだったよ!オヤジはお前に腕っぷしを、オレに学をくれた!
それぞれがそれぞれを磨いていたハズなのに、あの人はお前を右腕に、オレをその下に置こうとしてる!
どれ程の屈辱か分かるか!?ずっと信頼していたあの人が、『家族』に優劣をつけたんだよ!」
冷静だったライアンの語気が、どんどん強くなって来る。
数か月前、ドランクの総長と酒を飲んだ時。
オレたちの昇格について切り出した。あの人は確かに、オレに『副長』、ライアンに『参謀長』を推した。
でも、それはオレたちに優劣をつけたわけじゃない。
「馬鹿野郎……そこまで気に病んだなら、なぜオヤジとちゃんと話さなかった!」
「お前のオマケで充分なオレと、話してくれるとでも?」
「……あの人がお前を参謀長に推したのは、お前が剣術を嫌ってたからだよ!」
一瞬ヤツの表情に陰りが見えたが、すぐに怒りでかき消された。
「何の話か知らないが……オレとてもう後には引けない!」
「それでも、総長の火消し組は壊させない!」
「どうしてもオレを捕まえたければ、ここで殺せ!」
オレが説得する間もなく、ライアンは剣を抜いた。
斬り合いはほんの一瞬。負ければ放火魔は今後も野放しになる。
その一瞬の間に何を思ったのかは、自分でも覚えていない。
気がつくと、目の前に、親友が横たわっていた。
目の前にある風景は、ボクが見たくないモノだった。
優しいジョー君が、人を斬りつける場面など、見たくはなかった。
現実は、残酷だ。
ボクは、ジョー君を守りきれなかった。
くるみの街を恐怖に陥れた憎き放火魔は、ジョー君に敗北し、
彼につけられた首元の傷から血を流して倒れている。
呼吸は虫のようで、今にもこと切れそうだ。
「ァアなんだい、オレァ負けたのかい。ヒヒヒヒヒヒヒヒ……。」
かすれるような放火魔の皮肉笑いが、薄暗い食料保管庫にこだまする。
「まだ助かる、 火消し組に通報するまでに答えろ。お前のバックにいるのはどこのどいつだ?」
「わりー事ァ言わねぇ。お前さん二度と剣を持たん方がいい。」
「……答えろ。」
「なんでも守り、全てを救おうとするあまり足元救われて、現に俺みたいな悪党をせずにいる……お前みてぇなのは、戦場には向かねーよ。」
「良いから答えろ。」
「ニ兎も三兎も追って、結局は何も救えず血の涙にまみれて死ぬのなら、最初から安全な穴倉で一生終えた方がずっと楽……。」
「良いから答えろっつってんだろ!……ハァ……ハァ……!」
らしくもなく声と息を荒げるジョー君を、僕はもう見ていられなくなった。
10分後、火消し組が到着すると同時に、放火魔の集中治療が開始され、 同時にジョー君は意識を失った。
ロランゼ探していた内通者も、先程控訴され、ジョー君の冤罪も無事に晴れたようだ。
でも、この結末を『勝利』と呼べるのか、僕には分からない。
ただ一つ分かることは、ここ連日くるみの街を恐怖に陥れていた放火魔が一人、火消し組によって逮捕されたという事実だけである。




