シチューパンが大丈夫なんだからシチューライスだって大丈夫なはずだよ
個人的にベルがお気に入りです。主人公の上君の、心のすさみっぷりをうまく書き表せているかどうか心配ですが、彼女ならきっと癒してくれるでしょう。
・ネズミの街に転生しちゃった(のかな?)オレは、街に住むネズミの少女、ベルに連れられて彼女の家に……来たんだけど、正直言って予想外だ。
彼女の家はモダンな二階建ての1戸建てで、やはり煙突がある。
煙突からはケムリが出ており、そこから美味そうな匂いが漂ってくる。
「今日はビーフシチュー見たいね。」
「あの……ベルちゃん、だっけ?やっぱ悪いよ。見ず知らずのオレが、夕飯ご馳走になんて……。」
「こうでもしないと凍え死んじゃうわ。お金もないんでしょ?」
そう。現金は財布ごと、元の世界(?)に置き去りにしてしまった。最も、商店街の値札にあったお金の単位らしき記号を見る限り、元の世界の通貨が使えるとも思えないが。
そんな状況だし、彼女のご好意はこの上なく有難い。
とは言え不思議だった。会ったばかりの自分に、なぜここまで手厚くしようとするのか。
「ほらほら、ウチのシチュー、味だけは保証するから、一緒に食べよう?ね?ね?」
オレはまだ少し解せない所もあったが、ここでベルのご好意を拒否してどうすることも出来ない。
止むなく彼女の家に上がった。
こじんまりしているが狭くは無い玄関で待たされたオレは、ここまでの状況を整理してみる。
都内の私立高校に通っていたオレだが、昨日(なのかな?)の大地震に巻き込まれて瓦礫の下敷きに……なってたんだよな。
そんでもって、間違いなく死んだ。
鼓動が止まったのを自覚して、意識が遠くなって……気がついたらディズニ……もといネズミの国に倒れてて、北○の拳みたいなヤンキーネズミに絡まれて……あれ?これ今オレの身に起こってる事だよな?北○の拳とディ○ニーのクロスオーバー作品読んでるわけではないよな?あれ?どうなんだっけ……?
「お待たせ、ジョーお兄ちゃん!」
ベルの甲高い声がした。彼女の声は特徴的で、まだ『お兄ちゃん』呼びに慣れてないオレがいる。
後ろには、ベルより背の高いネズミの夫婦がいた。彼女にどことなく似ているせいか、ひと目で両親だとわかった。
「ベル……彼が……?」
「うん!そうよ!」
「確かに……よく似てるな。」
父親が穏やかな笑顔で言った。似てる……?オレが?誰に似てると言うのだろう?もしかして、だからベルはオレをここに……?
「あの……似てるって……?」
「あら。ごめんなさい!こちらの話よ。それより寒かったでしょう?これで身体を拭いて、すぐ夕飯にしましょう。」
母は慌てたようにそう言って、オレにタオルを渡してくれた。
オレに似た誰かは、前にここに来たのかな。だとしたら、『そいつ』は人間なのか……?
脳内を駆け巡った疑問は、リビングに入ったオレの身体を包んでくれた暖気とシチューの匂いにかき消された。
オレは、テーブルの誕生席に座った。ベルとご両親、それにベルの弟らしき少年が食事を共にしたが、オレの席はまるで最初から用意されてたみたいに、ごく自然に食事も置かれていた。
ただ、分かる事は一つ。ベルの母がこしらえてくれたビーフシチューは、この上なく美味かった。
生きてる、オレは生きてるんだ。この美味さが分かるんだ。
その思いと、口に入る一口一口を噛み締めている内、自分でも気付かない内に、涙で目が曇っていた。
「あらあら、泣くほど美味しかった?嬉しいわ〜。まだまだあるから、沢山食べてね。」
「グス……ありがどう、ございばす……。」
ろれつが回らなくなっていたオレに、ベルがちり紙を持ってきてくれた。
「ありがとう……。」
なぜこの世界にやって来たのか、自分はこれからどこへ行くのか。
考えて考え抜いて、張り詰めた緊張は、世界一のビーフシチューと、幾年ぶりに触れる『誰かの温もり』に、完全にほぐされてしまった。