旦那さん、奥さんがヤケにハイテンションだったら、記念日だと気付きましょう。②
・ジョーの兄貴たちが消えたプレゼントの花探しに奔走していたであろう頃、ロングライド家に待機していたオレたちは、両親夫婦が帰宅するまでの献立作りに精を出していた。
それにしても……。
「こうやってかき混ぜると、ふんわりするのよ。」
「すごーい!ミキ先輩お料理お上手ですね!」
「ルイスが壊滅的だから、おじ様達がお留守のときは私が作ってるの。」
この前までいがみ合ってた(というか姉貴が一方的にライバル視してた)のに、今じゃキャッキャウフフとクッキングか。女ってわかりませんな、姉上……。
「こちらルッキー、首尾はどうだ?クリス……。」
『こちらクリス、お茶の先生は上手い事話弾ませてくれてます。』
「よし、その調子で長引かせろ。最低でも五時まで居させてくれ。」
『了解。』
クリスは母さんの世話になっている『お茶の先生』とやらの所に連れて行かせ、母さんの見張りを頼んだ。
何でも、火消し組屯所の近くらしいから、兄貴たちが近寄りでもしない限り、鉢合わせる事も無いだろう。
こちらも上々。後は、花がどうなったか……。
火消し組屯所の真裏、総長の屋敷のインターホン前で、オレたちはあと一歩をためらっていた。
「どうする?入る?」
「相棒、入らねえと花がよお……。」
「ですけど、総長は男気溢れる熱血漢でもあり、大陸じゃ稀にみる雷親父とも……。」
「ええい、イチかバチかだ!キチンと話して……。」
「どうかなさいました?」
部屋から、三十代位のネズミの女性が出てきた。
どうする?と顔を見合わせた結果、お邪魔し、彼について聞いて見る事に。しかし、これが思わぬ落とし穴となる。
リビングでオレたちを出迎えたのは、温かい紅茶とチョコレートパイ、くだんの少年。
「居たな小僧!お前よくも……!」
「待てイザ。まずは話を……。」
問答無用で掴みかかるイザ。対する彼は状況が呑み込めていない様だ。だが、リビングにいたのは彼だけではなかった。
「あら?ジョー君?どうしたの?みんなお揃いで。」
まるで家の住人の様にくつろぐルシアナさんと、恐らくルッキーの指示で同行していたであろうクリスが、口をあんぐり開けてソファに座っていた。
「あらルシアナちゃん、お知り合い?」
「先生、この子が例の……。」
「ああ、新しい息子さんね。でもなんでまた……いけない、フィリップ、お茶をお出しして。」
「ああ、いえ。それより奥様。おトイレをお借りしても……。」
「ああ、それでしたら階段の右に。」
オレは半ば強引にフィリップ少年の首根っこをつかみ、廊下に連れ出した。
「……ってぇな!何すんだコノヤロー!」
「そりゃこっちが聞きてえよ。万引きはイカンぞ、こんな良いご両親持って、泣かせるような事は……。」
「万引き!?何の話だ!!」
「とぼけんじゃねえ。万事屋ミリオンから『プレゼントの花』盗んだろうが……。カメラに映ってたよ。何ならご両親に伝えて、映像持って来ようか?」
なるべく声を立てず、冷静に話を付けようとした。ここまで言ってようやく彼も危機感を持った様で、ゆっくりと口を開いた。
「盗んだんじゃない。オレが前に買った分を取りに行ったの……。」
「どういう事だい?」
彼の話を要約すると、数日前予約をしたはずの『プレゼントの花』がいつまで経っても届かず、しまいには問い合わせに応じなくなったらしい。いずれも、バイトの若者が対応していたらしい。
「今日はロランゼ兄ちゃんの勤続5年の日だから、お祝いの花を急いで貰いに行ったら、まるで相手にしてくれなくて……。」
涙ぐむフィリップ。
なるほど、あのいい加減なボブなら、そのくらいの凡ミスもあり得るかもしれない。
だが、そうなれば非があるのはフィリップではなく、万事屋ミリオンの方だ。
「話は分かった。こうなると仕方ねえ。アレは君にあげ……。」
「そいつはまかりならねえ!」
廊下の奥から、ドスのきいた怒鳴り声がした。
熊のようにガタイのいいネズミのおっさんが、階段を駆け下りて来た。町の掲示板に写真で見た、火消し組の総長ドランク・サラバイダー氏だ。一瞬トドかと思ったのは、マックス先生を思い出したからだろうか。
顔の右半分に残ったやけどの痕が、歴戦の勇士を彷彿とさせる。
「話は全て聞いていた!このバカ息子が!こんなやり方で仕入れたプレゼントで、アイツが喜ぶと思うのか!?」
「でも、父ちゃん……。」
「でもじゃない!将来火消し組になろうとしてる奴が、人様に迷惑をかけるんじゃねぇ!」
そう言って親子は、オレたちに頭を下げた。
あわよくば腹も切ると言い出したので、さすがにそれは止めた。
「フィリップ、今すぐ花をお返しするんだ。」
「ああ……アレ、差し上げますよ。」
ドランク氏が、恐縮そうに頭を下げた。
「しかし、そりゃあ……。」
「ここまで話が大きくなったら、さすがにルシアナさんも勘づくだろうし、プレゼントなら買い直せばいいから……フィリップ君、お兄ちゃんにちゃんとお祝いしてやりな。」
オレはフィリップの頭を撫で、ゆっくりその場を離れる。
親子はまた、深々と頭を下げた。結構な騒ぎになったのに、リビングに聞こえていなかったのは、不幸中の幸いだが、オレはとっとと屋敷を出たくて、イザとルイスを引っ張っておいとました。
「どうなったんです!?花は!」
「……あげちゃった。」
「あにやってんだよ相棒、これじゃプレゼントが……。」
「お兄ちゃんのお祝いだって、大泣きしてたんだから、仕方ねーだろ。 まだ時間あるから、新しいのを調達しに行こう。」
黙りこくっていると、向こうから一人の男が歩いてきた。
紺色の消防服は、火消し組の制服だが、彼ははっぴではなく、マゼンタのレザーマントを上に着ていた。
彼とすれ違った時、何故かオレの身体が震えた。
と言っても、恐怖ではなく武者震いにもにた歓喜の震えだった。
「マイケル……!?」
彼は振り返り、オレを見て言った。
「何言ってんだ兄ちゃん、コイツァオレの相棒、ジョー・ロングライド……。」
「すまない、旧い友人と間違えてしまった。しかし……ロングライドか。偶然ってのもあるものだな。」
左目は、 縦一文字の刀傷によって閉じられていた。
だが、彼の瞳は澄み渡り、その視界に入るもの全てを、優しく包み込んでくれそうだった。
もし、このあと、イザがオレを商店街まで引っ張ってくれなければ、オレは彼を追いかけていただろう……。
なぜだか分からないが……あまりにはっきりとそう思った。




