路頭に迷ってようやく拾ってくれたのがネズミだったって?気にすんな気にすんな。
・目が覚めたら、と言って良いのか分からないが、とにかく意識が戻った時、オレは元のボロジャージのまま、レンガで出来た地面の上に、大の字で寝転がっていた。
動かなきゃ、外は死ぬほど寒い。このままじゃ凍死しなきゃ奇跡だ。……寒い!?
まてまておかしいおかしい!なんだよ、どういう事だ!?
地震のときは八月七日、真夏だぞ!あんだけ暑かったじゃねーか!あれから何時間経ったか知らねぇが、まさか何ヶ月も経つわけが……。
火事場の馬鹿力と言うか、無意識のうちに体をガバッと起こす。
そこに広がる風景は、俺んちどころか日本のものじゃなかった。
周りの建物はほとんど煉瓦造りでできており、洒落た窓格子とか、昔ながらの煙突とか、中にろうそくが入ってる街灯とか……。
まず今の日本では絶対に見られないデザインの住宅が並んでいた、と言うかそれしか見られなかった。
それ以上に驚いたのが 街をゆく人々の顔がどう見ても茶色いネズミであったことだ。服装から割り出せる、主婦、八百屋、魚屋、会社員、厚手のコートを着た絵描きに見える者もいる。
とにかく、 みんなネズミの顔をしているのだ。
「あり得ない、あり得ないって!ほら、コレはあれだよ……良くできたセットとか……。」
現実逃避しようと 大声で独り言を言っている側から、屋根から落ちてきた新雪のかたまりが直撃するわ、黄色いモヒカンのヤンキーネズミに絡まれるわ、もう散々だった。
「ちくしょう!ユメかこりゃ!」
やけっぱちになり、床に座り込む。雪解け水に尻が冷たい。
只でさえ寒さで凍え死にしそうだったのに、さらに雪まで降って来た。ここまで来ると、そろそろ痛くなって来る。
はぁ……と、一息吐いた。
真っ白い吐息が、自分の心とは裏腹に温かい。
(あぁ、生きてんなオレ……もういっそ、死んじまおうかな……。)
と、目を閉じて、意識の窓を閉じようとした時、頬に温かいモノが触れた。
古めかしいガラス瓶に入ったココアだった。
ようやく顔を上げると、ピンクのダウンコートを着たネズミの少女が、少し驚いた顔をして立っていた。年格好はオレと同じ位、背はやや低めだが、その瞳は透き通るように美しい。流れる様な銀髪が生えている辺り、オレの知っている野ネズミとは違うらしい。
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
「……あんまり……かな……。」
皮肉笑いを浮かべながら言った。ついに眠気という死神がやってきて、強がる元気さえなくなってしまったのだ。
「……あげる。凍えてるもの。」
普段なら、他人から貰ったモノなど絶対に飲まないが、寒さと底知れぬ疑問が、 オレの脳内のプライドや処世術など、全てを奪い去っていた。
「ありがとう。」
一言お礼を言って一気に飲み干すと、再び目が冴え始め、同時に体も温まってきた。
「私、ベル・ロングライド。お兄ちゃんは?」
「オレ……志島上。ありがとう、オレもう行くから……。」
見知らぬ俺にココアを手渡した少女、ベルに別れを告げようとした時、彼女は間髪入れずにオレを呼び止めた。
「待って!お兄ちゃん、どこに住んでるの?」
「……え〜っとね、なんつーかぁ……。」
俺は冗談抜きで返答に困った。ファンタジーものを読み慣れているからというわけではないが、おそらくこの手の異世界で出会った少女は、東京都新宿区のどこどこと言ってもわかりはしないだろう。
「行くとこ無いんなら、私んち来ない!?」
「へ!?……いや、待っ……オレ……。」
「行こっ!」
不思議のねずみ少女、ベルに手を引かれ、彼女に言われるまま俺は、彼女の自宅に向かってしまった……。