のれんの色だけで男湯、女湯は判断できない
・くるみ町内会主催の紅葉狩りに参加したオレは、早速波乱を感じていた。
周囲を見れば、どの参加者もくせ者らしさが半端じゃない。
町内会長の挨拶も、まるで耳に入らなかった。
「では、この後部屋に戻っていただき、散歩の準備が出来たら玄関にお集まり下さい。」
渡されたカギは3号室。なんとベルと相部屋だ。
「あの〜……男女分かれてないんスか?」
「申し訳ない。部屋割の都合上、家族ごとという事で……。」
言われてみれば、周りは皆親子の様だ。そういえば、こういう特殊な組み合わせは、ウチとルイスたち位のモンなんだ。
仕方なく部屋にはいると、さらに唖然とした。
キングサイズベッドに枕が二つ。どう頑張っても、俗にいう添い寝の形になってしまう。
「ベル……オレ、部屋変えて貰うよ。さすがにヤダもんな。」
ベルは、驚いてこそいたが、若干目を逸らしながらも、意外な返事をした。
「私は……別に、イヤじゃないよ?」
「え!?イヤ……でも……。」
「ほ、ほら。ジョー兄ちゃん紳士だし、なんだかんだで頼りになるから。私、旅先でよく寝付けないから、安心するって言うか……。」
マジか!?今時の女の子ってそんなおおらかなのか!?幾ら何でもサバサバしすぎって言うか……。
そういえば……。
最近うやむやになってたけど……ベルはオレのこと、どう思ってんだろう……。いや、やっぱりお兄ちゃんなんだろう。
でなきゃ、この年で一緒に寝るとか無理だよ普通……。
でも、じゃあ、あの時のは……?
『私の彼氏!』 『冗談じゃなかったら、怒らない?』
ドレイクさんの農園で、ベルが冗談めかして言った言葉が、未だに心に突き刺さっている
少なくともあの時、ベルの目自体はふざけていなかった。
もしあれが、本気だったとしたら……。
そうだったら、オレはどうするんだろう?
「ジョー兄ちゃん?どうしたの?」
「あぁいや、何でもねーよ……。」
考えていても仕方がない。ひとまず、この旅行で、出来るだけベルを知る事にしよう。
それがどんな結果でも、どんな事態につながるとしても、オレは、自分の思うまま、正直に受け止めよう。
天候はやや曇り気味だったが、どこの国も、紅葉は風情がある。
『紅葉狩り』の狩りには、愛でるの意味があると聞くが、山は一面彩られ、愛でるには十二分だ。
主催者や他の参加者とはぐれない様に気を付けながら歩く。気が付くと、ベルがオレの手を握っていた。
表情は硬く、まるで固定したように、まっすぐ前を向いたまま動かない。
そういや、友達来れなくて心細かったんだもんな。緊張しても仕方ねーか……。
「大丈夫、皆良い人そうだったろ?」
ベルは黙って頷いた。これが功を奏した様で、頂上でバーベキューをする頃には、一つ下の女の子と並んで食事を摂っていた。
ベルなりに頑張ったと思うし、冗談抜きで褒めてやりたかった。
ひとまず安心して肉をつついていたら、ひどくおどおどしたルイスが話しかけてきた。
「先輩、どうしましょう!会話が……会話が弾まない!」
「エスコートすんじゃなかったのか?」
「そうですけど!ミキを前にすると、彼女の可愛さでつい、心臓がバクバクと……!『脱・のれん男子』を掲げてこのザマですよ……。」
「ま、分からんでもねえけど。別にのれんでもいーんじゃん?ミキはさ、お前のそういう面も嫌いではねぇと思うよ?」
ルイスの想像以上の純情さに、思わず苦笑いしてしまった。コイツもなかなかに、難儀な奴だねえ……。
宿に戻ってからは、五時からの風呂開放、六時からの夕食まで自由時間だった。
部屋に戻ってからオレは、ベッドの左端にごろりと寝転んだ。
そのまますっかり眠りこけ、起きたらもう五時半だった。
「やっべぇ、飯まで30分じゃねーか。先に風呂入るか……。」
一階の露天風呂前には、フルーツ牛乳やコーヒー牛乳が、 少し大きめな冷蔵庫の中に所狭しと並んでいた。
オレが元いた世界では、風呂屋に行ってもあゆレトロな景色は見られなかったので、なんだか懐かしいような、新鮮なような気がした。
(上がったら、一杯飲んでみるかな。)
そう言ってオレは、迷うことなく青いのれんの風呂場に入った。
のれんに書かれた『WOMEN』の文字に気づく事なく……。
「キャアアアアア!」
裸のタオル一枚、今まさに風呂に入ろうとしていたベルの飛び膝蹴りを喰らい、弁解や言い訳するヒマも、まして悲鳴を上げるヒマもなく、鼻血を噴いたままで風呂場から吹っ飛ばされた。
目が覚めたとき、ペンションの主人がうちわを仰いでくれていた。
体を起こすより前に、オレは主人に尋ねた。
「なんで……女湯ののれん、青なんスか……!?」
「すいませんね〜、ウチちょっと特殊で……じいさんの代に発注したのれんが書き間違えで……。」
「あぁ、そうなん……スね……。」
じゃあさっさと付け替えろよ……。
そんな風に主人にツッコミ入れる気力さえ、今のオレには残っていなかった……。
食堂では、既に参加者のほとんど(つーかオレ以外全員)が食事を始めていた。
栗ご飯にかぼちゃのポタージュスープ、焼サンマにトマトのサラダ、牛肉のしぐれ煮と、かなり豪華だ。
中央に盛られたキノコ類は、網で焼いて食べるらしい。
ベルの向かい席に座ったが、あくまでオレの顔を見ない様にそっぽを向いている。
まぁ、それもしかたねーか。添い寝もギリギリ、ましてほぼ裸を見られたとあっちゃ、さすがにキレるよな……。
仕方なくルイスと美季の隣に座らせてもらったが、なぜかさらにベルの怒りを煽ってしまった様で、ベルはすごい形相で美季を睨んでいた。
栗ご飯も、焼サンマも、網焼きキノコも、その晩は何一つ、味がわからなかった。
(あ〜あ、やっちまった。)
結局、消灯時間まで、オレとベルは一言も会話を交さなかった。
「あのさ、ベル……ごめんな、さっきは。」
返事はない。そうだろうとは思っていたが、普段が普段だけにやはり精神的にキツイものがある。
「別に……見られちゃった事は、怒ってないもん。」
「え?」
「お兄ちゃん、私といるよりミキ先輩たちといた方が楽しいんでしょ?」
「いや別に……。」
「いいよ、気を使わなくて。学校でも、ミキ先輩に会った時と、私に会った時じゃ、リアクション違うじゃん。」
「いや、それはさ……。」
「それは仕方ないと思うけど、ならせめて言って欲しかった。私と二人で旅行なんかつまんないって。」
「ベル、違うよ、オレはさ……。」
珍しく、自分が焦っているのが分かる。ベルが言ってることは、間違いじゃない。でも正解でもない。
ベルといてつまらないなんて、オレは微塵も思っちゃいない。
「私が巻き込んだんだし、もう先帰ってもいいよ。」
「違うって!オレは……。」
うまく伝わらない迷いと焦り、そして不安は、やがて苛立ちに変わっていく。
クソ!どういえば分かってくれる!?違う、違う、違う違う違う違う……。
「良いじゃん別に。私ミキ先輩と違って可愛くないし、困らせるし、もうどうでも……。」
「いい加減にしろ!お前がオレの何を知ってんだよ!何も知らねえのに、勝手ばっか言うな!」
気が付くと、オレは初めてベルに怒鳴っていた。
数秒の沈黙。そして気づいた。
これも、違う。
オレが言いたかったのは、こんな事じゃない。伝えたかった事は、これじゃない。
「……ごめん。ちょっと外出てくる。」
相変わらず背を向けたままのベルを残し、オレは部屋を出た。シトシトと小雨が降りだしても、オレは屋根には入らなかった。
(なぁ、雨よ。どうせ降るならもっと盛大に、オレの心も洗い流しちゃくれねえか?)
願いも空しく、雨は止まず、強まらず。代わりにオレの目から、しょぱい雨が降ってきた。
まったく、お天道様に、神や仏ってのがいるなら、なんでオレには意地悪なんだ。
畜生、なんで、何もかも上手くいかねえんだ……!
オレの目の雨と天からの雨、両方が治まったのは、日付が変わってまもなくだった……。




