どうせオイラは 無力な馬鹿兄貴
・ロビーから病室まで、どう走ったのか覚えていない。
気が付くと汗びっしょりで、ベッドに座り込んでいた。
この10日間一緒にいたあの娘は、どこからどう見ても、元許嫁の美季……!
窓に映る姿だけがネズミって事は、彼女も転生したって事か!?
何で彼女がここに!?なんでオレには元の姿に見える!?
いや、そもそもあの娘は本当に美季なのか!?
もしそうなら、なぜ彼女は何も言わない?彼女も忘れてんのか、オレの事!
色んな思いがごちゃごちゃに混ざり、何も考えられなくなった。
やむなくベッドにつっぷしていると、ガラリと病室の扉が開き、美季がロビーから戻ってきた。
「おう。調子どうだい……?」
「すこぶる元気ですよ。」
オレは、あえて彼女の顔を見ない様に気をつけながら、それとなく話しかけた。
「さっきの話、聞くとは無しに聞いちまったんだけど、なんかの式、挙げなくて良いの?」
「……。」
返答がない。明らかに困らせた様だ。失敗した。
「……信じて貰えないかも知れませんが……。」
「ん?」
「実は私、別の世界から生まれ変わって来たんです。私にそっくりな娘さんがいた家に拾っていただいて……お付き合いしてる方も出来たんですが、もとの世界に残してきたフィアンセの事が、私どうしても忘れられなくて……。」
「でも、君が幸せなら、そのフィアンセも、今の恋人と幸せになって欲しいんじゃない?」
助言ではなく、フィアンセとしてのメッセージのつもりだった。
「私、もうすぐ死ぬんです。」
「……!!」
どう反応すべきか、どうしても分からない。自分の顔がこわばり、冷や汗が吹き出るのが分かる。
「死ぬ……!?」
「はい。だからせめて、形だけでも式を挙げようって、言ってくれたんですけど……失礼ですよね。フィアンセの事忘れないまま付き合って、挙句に上っ面で式まで挙げようなんて……。」
「死ぬって……いつ頃……!?」
「あと1週間、生きられるかどうかって、お医者さまが……。」
「そんな……!!」
頭が真っ白になるって、こういう事だ。
せき止められたダムの様に、次の一言が浮かばない。
全身を縛られた様に、体が動かなくなる。
「だから、最期にあなたの様な優しい方に会えて、とっても楽しかったですし、心強かったです。」
止めろよ。
「自己紹介もちゃんと出来なかったけど、少しの間、私の事覚えててくれたら嬉しいです。」
止めろって、そんなお別れみたいな言い方……。
最後に、美季は何か一言言って、病室から出て行った。
何を言っていたのか、オレには聞き取れなかった。
気がつくとただ呻りながら、ベッドに顔を埋めていた。
自分の馬鹿さ加減を呪った。 実に10日もの間、顔は見ていないとはいえ会話を交わしたというのに、彼女が誰なのか、オレは全く気付かなかった。
許嫁……たったそれだけ、想いも寄せていない、 立場と境遇が、自分と似ているだけの彼女。
でも、 彼女と会えたたった数回で、心安らいでいたはずだ。
想い人まではいかないまでも、彼女を大切に思っていたはずだ。 ……なのに、気付けなかった。目の前にいた、彼女のこと……。
気付かなかった。彼女がオレのせいで、死ぬ間際の思い出作りのドレスさえ、拒んでいる事に……。
初めて知った。“知らない”事が、ここまで残酷だなんて……。
オレは、バカだ……!!
「ジョーお兄ちゃ……。」
声をかけようとして、私は言葉を飲み込んだ。
ジョーお兄ちゃんが涙する場面を、私は何度か見た事がある。でも、今の彼の、ベッドに顔をうずめ、すすり泣く姿からは、これまでにない絶望を感じる。
マイケルお兄ちゃんもそうだった。本当に悲しくて涙する時は、決して私やルッキーには見せる事なく、自分の部屋に閉じこもってすすり泣く。
そんなお兄ちゃんが私は好きだった。お兄ちゃんとして、人として、また、男の子として……。
助けてあげたかった、逃してあげたかった。
お兄ちゃんでいなきゃいけない自分、強くなきゃいけない場所から……。
結局それも上手く出来ないまま、お兄ちゃんは逝ってしまった。
だから、今度は助けよう。いなくなっちゃう前に、私の手の届かない所に、行っちゃう前に……。
ベッドに寝転がり、天井を仰ぐ。等間隔に刻まれた釘の跡。
いくつも並んだ同じ大きさの長方形。
すべてが虚ろに見える。すべてが空しく見える。
彼女が苦しみ、不安に駆られている間に、オレはこうして、呆然と天井を見ている事しか出来ない。
あぁ、情けねー……。オレってこんなにちっぽけだったっけ?
ベルに会いたい。
こんなにも切に願ったのは、これが初めてだ。
アイツは、オレが無気力な時、いつも隣で笑ってくれる。
オレが泣きそうな時、いつも元気づけようとしてくれる。
会いてえな……ベル……!
「すいませんね、ベルちゃんじゃなくて……。」
「……!!」
ふと横を向くと、いつの間にか、菊の花束を持ったミリオンさんが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
菊の花束とは、また不吉な……。
「ミリオンさん……何……で……!?」
「おやおや、そんなに引かないで下せぇ。あたしゃ 悩める若者の味方でやしてねェ。
志島さんのように、悩める若者が考えてることは隅から隅までわかるんでさぁ。次は黒いバラにでも……。」
黒いバラ!?それはそれで何かおかしい!!
そう言ってミリオンさんは、オレの手の上に小箱を落とした。
ミリオンさんと初めて会った日、彼にもらった金色の小箱だ。
入院する折、ロングライド家に忘れてきたのだが……。
「これって……。」
「ご傷心の所痛み入りますが、あたしゃさらなる悩みの種を運んで来やした。まずコイツを開けてみて下せぇ。」
箱を開けると、中には緑の砂が入った、ガラス製の砂時計が入っていた。
「あたしがベルちゃんに持たせた本、全てお読みになりやしたなら、ソイツが何かお分かりのハズ……。」
「『天命の砂時計』……。」
死後間もない者の魂を蘇らせる、究極のマジックアイテム。
確かにそのアイテムの情報は、ミリオンさんがベルに持たせた本の中に書いてあった。
まさかそんなモノが、実在するなんて……。
「コイツの効果は確かに本物……それはあたしが保証します。でもね、志島さん……コイツを使わなきゃならんのは……アンタの方でさぁ……。」
「……!?どういう事ですか!だって、オレは今ちゃんと生きて……」
「今は、ね……。」
「え……!?」
「あまり詳しくは言えやせんが、アンタさんの身に起きた転生現象は一時的なモノ……時が経つと、アンタさんは灰になって消えちまう……。」
「待って下さい!何を言ってるのか良く……。」
ドンッ!!
反論しようとする俺に、ミリオンさんは右手に持った杖のようなものを壁に思い切り突き立てた。
「分からなくても、事実なんでさぁ。一言言っときますが、 転生生活ってのはリゼロとか、鬼灯の冷徹みてぇな楽な暮らしじゃねぇ。 そういう人間には、多かれ少なかれリスクがついてくるもんなんでィ……。」
「……!!」
「あたしゃまだ、お優しい方ですぜ?こうして店の常連ってだけで警告するなんざ……とにかく、 死にたくなけりゃ体調をよく考えてぶっ倒れる前にこいつの砂を額に撒いてくだせぇ。
あたしの言いてえのは、それだけ……これで暇します。」
ミリオンさんの言葉は冷たいようで、正確な真実だった。
あの熱い瞳に、嘘は微塵も見えなかったのだ。
考えようによっては、それも生きていくための糧かもしれない。
ただ、それが自分にとってプラスであったかマイナスであったか以前に、オレの心に重く突き刺さったことだけは、確かである。




