灯台、同じ職場、向かいのベッド……いずれも下暗し
・マックス中央病院のロビーは、朝早くの食堂開店時間になると急激に騒がしくなる。
「だぁから!その牛乳はワシが先だったじゃろうが!」
「なぁにを申す!ワシは昨日から、食堂のおばちゃんに予約しとったわ!」
「この病院食堂に予約なんてシステム無いわ!」
「去年死んだお前んとこのバーさんも無理矢理押し通してたじゃろう!嫁の事を棚に上げ、ワシの事は非難するか!そんなんじゃから実家の蕎麦屋潰れるんじゃろうが!」
「お主とて、去年カレー屋潰したじゃろうが!お主、接客出来なさそうじゃもんなぁ〜!」
「黙れぃ!シェフにコミュニケーション能力など必要ないわ!」
「そんな古典的な考えじゃから客がどんどん……。」
見てられない。散々(二秒くらい)悩んだ末、割って入る事に決めた。
「はい!それまぁでぇよっ!」
「なんじゃ若造!これはワシらの戦い……!」
「ジーさん達よぉ、戦いも良いけど、周りの迷惑考えろって。」
オレが指を指したのは二人のすぐ後ろ。
くまさんポシェットを下げた、ベルより幼い少女が、困った顔で立っていた。
「この娘も、朝早くからお目当ての飲み物探しに来たら、ジーさん二人が窓口で痴話喧嘩して、いつまでも注文出来ねぇ。なってない最近の若者を叱るべきアンタら若者の見本が、それに反しちゃダメだろ?」
ジーさん二人が黙り込むと、オレは二人にレモン牛乳瓶を手渡した。
「今日のところは、二人共コイツで我慢しな。お嬢ちゃん、悪かったな。注文しな。」
オレはレモン牛乳二本分の金を窓口に支払い、フードコートの窓際席に座った。
「ありがとね、ジョー君。あのおじいちゃん達ちょっとボケがきてて、あーなったらもう手がつけられないのよ。」
「いえ、別に……。」
申し訳なさそうなナース長に、オレは笑顔で返した
そう。 自分でも変な話だと思う。
入院10日目。ようやく松葉杖では歩けるようになったが、大きくても狭いこの病院の中は、退屈で仕方がない。
適当にうろついていたら、見るに耐えない老人の痴話喧嘩を目撃するわ、1回その仲裁押したら、もう立派な喧嘩の仲裁役として周囲から期待されてしまうわ、運がいいのか悪いのかわかったもんじゃない。
退屈しのぎによろず屋店主ミリオンさんがベルに持って来させてくれた本は、思ってはいたがいかにも真面目な秀才が読むような書物で、落第高校生のオレは2、30ページでダウンしてしまった。
最も、俺がダウンしたのは、文字が英語だったということもあるのだが……。
とは言え、あの本がもたらしてくれた情報は大きかった。
どうやらこの世界は、地球と同じく宇宙空間に浮かぶ惑星の上にできているらしい。
ただし、大陸はいつつに分かれて存在しており、ほんの数十年前まで各島の統治、領有権が争われていたそうだ。
英語という文字や、俺が元いた世界と変わらない食物などがどこから来たのか、分からないことは多いが、それはぶっちゃけもうどうでもよくなってきた。
言葉は通じるわけだし、要は目で慣れれば良いのだから。
それよりも奇妙なのは、ああいう真面目な本は一冊だけで、後は異世界が見える泉のオカルト話とか、死人の魂を蘇らせるオカルトグッズとか、そういうわけのわからない内容のものばかりだったということだ。
ミリオンさんはなぜ、あのチョイスをオレに読ませたのだろう?
気になるところではあるが、今度直接会った時に聞けばいいか……異世界の泉……死人を蘇らせるオカルトグッズ……。
何だろう、どうも他人事に思えない様な……。
病室に戻ると、真新しいバラの花が飾られてあった。
昨日の朝早くに、ルシアナさん夫妻が持ってきてくれたのだ。
今日は家事ができないからいいと言ったのに、小遣いまできっちり持ってきてくれた。全く、あの人達には頭が下がる。
「おかえりなさい……。」
向かいのベッドからやはり少女の声がした。
この10日間毎日話しているのに、考えてみれば名前も顔も知らない。
まあ、向かい合った入院患者とは、そういうものなのかもしれない。
お互いのことはあまり詮索せず、その場をしのぐ程度の会話ができればそれでいい。
そんな感じに割り切っていたのだが、なぜだろう?
彼女と話しているとなぜか懐かしい感じがする。
「おう、ただいま。」
「疲れてますね、声が。」
「食堂で喧嘩があってさ。 もうあのじじいども、ほんっとめんどくせぇ……まいっちゃうよオレ……。」
「それでもちくいち止めに行くから、偉いですよね、あなたは……。」
「誰かがやらなきゃ、病院でも安らげねぇからよ。」
ベッドに思い切りドカリと寝転ぶ。そのまま寝てしまおうかと思えば、彼女の『ちょっとロビーに行って来ます』の声がした。
体を起こし、出ていく彼女の後ろ姿を、オレはほんの一瞬見た。
背格好はオレと同じぐらい。
流れるような紫の髪、スタイルも悪くなく、渋谷を歩けば何回スカウトされるだろうか、というレベルだ。
少々違和感を覚えたのは、頭の上にネズミ耳が見えなかったことだ。
この世界に来てから、ネズミ耳がない人は、会ったことがない。
見間違いだろうか?それにしてはくっきりと、彼女の後ろ姿が印象に残っている。
首をかしげていた時、隣の部屋の中年彼女が駆け込んできた。
「ジョー君、すぐきてくれ、また喧嘩が……。」
ったく、こちとら入院患者だってのに休むヒマも有りゃしねぇ。
彼の言う通り、喧嘩が起こっていた。ただし、 今朝のアレとは比べ物にならないほど大荒れに行ってなった喧嘩だった。
まぁ、今朝注意したジーさん達と違う人なだけ、まだ始末は悪くない。
「おのれ、いきなりぶつかって来おって!」
「ぶつかって来たのは、アンタの方じゃろうが!」
若い衆と協力し、罵り合う両者を抑えるが、どちらの怒りも収まらない。
「ホラ、何してんスか、皆見てますよ!?」
「ええい黙れぃ!一発殴らんとワシの気が……。」
「こぉら!アンタ達、いい加減にしなァァァァァ!」
火山の噴火の如きナース長の怒号は、収まらない熱い怒りを恐怖に変え、一瞬の内に鎮めた。
まさかのオチを迎え、病室に運ばれ(引きずられ)ていく二人を見送りながら、これオレいらなかったんじゃね?という疑問を抱えつつも、ひとまず安堵していた。
「そこをなんとか、考えてみない?」
「いえ……あの人以外の横で、花嫁衣裳を着るのはちょっと……。」
「けど、このままじゃ、あなた着れないままで最期を迎えるのよ?あなたが娘の様に後悔して逝くなんて、私、耐えられなくて……。」
その会話は、病室に戻ろうとしたオレの耳に、突然聞こえて来た。
フードコートの窓際席、今朝の喧嘩仲裁の後、オレが座っていた席だ。
一人は、明らかに向かいのベッドの少女の声だ。
最期……?逝く……?なんの話だろう。
気になって、さり気なく窓際席の方を向く。その瞬間、オレは稲妻に打たれた様な衝撃を受けた。
流れるような紫の長髪、透き通った白い肌、吸い込まれそうな黒い瞳。ネズミの耳もなく、その姿は、人そのものだった。
だが、オレが驚いたのはそんな事ではない。
オレは、彼女を知っている。最低でしかなかった元の世界の思い出の中で、彼女だけが鮮明に色づいているのであった。
彼女の思い、言葉が、オレに息づく、たった一つの転生前の思い出だ。
気が付くと、オレは彼女の名を口にしていた……。
「美……季……!?」
さぁさぁ、次回は修羅場だぞーう!?




