雪山で方角がわからなくなったら動かない
・謎のよろず屋、ミリオンから貰った小箱を前に、オレはウンウン唸っていた。
あの人はオレを『志島さん』と呼んだ。この世界に来てから、志島上と名乗ったのはベルだけだ。そのベルでさえも、オレの事は
『ジョー』と呼ぶ。ロングライド家の皆も、ベルからは『ジョー』としか紹介されていないのだろう。
なのに、店長ミリオンはオレのフルネームを知っていた。
どういう事だ?あの人は、この世界に来る前の、転生前のオレを知ってるって事か……!?
色々考えている内、一階からルシアナさんの声が聞こえて来た。
「ベル!ジョー君!降りてらっしゃい!」
考えても仕方無い。とりあえず、用事を聞きに行きますか。
「バイト……ですか?」
「そうなの。ジョー君が家に来た日、季節外れの雪が降ったでしょう?その時に、私の知り合いの農家のおじさんが、地面に埋めておいた収穫済みの野菜を失くしちゃったらしくてね。探すの手伝いに行ってあげてくれない?」
「さんせ〜い!」
ベルが元気に笑った。オレも右手を挙げる。
「同じく。」
「では、いってらっしゃ〜い!」
商店街と逆方向にしばらく歩くと、閑散としたローカル線の駅に着いた。一応電車は通ってるが、時刻表を見ると、なんと2時間に一本。間違えたら一巻の終わりだ。
やがて、茶色のローカル列車がやってきた。
ガタゴト揺られる事およそ一時間。『MARRON』(って事は栗の名産地かな?)って駅で下車したベルとオレは、『ドレイク農園』の看板を頼りに、目的地へ向かった。
「農家のドレイクおじさんってのは、ルシアナさんの古い知り合いなんだって?」
「うん。作物の育て方を習ってたんだってさ。ルッキーも仲良くて、来たがってたけど、試合があってね。残念がってたわ。」
「んじゃ、 よろしく言っとかねぇとだな。」
やがて、オレたちは目的地に着いた。二階建ての木造住宅の向こう側に、見渡す限りの雪原が広がっている。
といっても、この前の雪で埋まって真っ白になっただけで、普段は見渡す限りの野菜畑が広がっているのだろう。
『ウェルカム!ドレイク農園!』の看板の下で、 爺さんネズミがタバコをふかしていた。
頭にハンチング帽を被り、 ガウンもズボンも茶色で統一しているところは、かなり田舎臭いと見える。
もしかして、この人が?不意にベルを見ると、 彼女は俺の疑問に回答するかのように爺さんネズミをこう呼んだ。
「こんにちわ!ドレイクおじ様!」
「来たか……久しぶりだなベルちゃん。と、そこの兄ちゃんは?」
「はじめまして。あの、オレ……。」
「私の彼氏!」
「「は!?」」
ドレイクさんとオレは、ピッタリハモってしまった。
「な〜んちゃって!二人目のお兄ちゃんで〜す!」
「何だそりゃ、まぁ彼氏じゃねぇなら良い……。何にしても、ベルちゃんを泣かせたら……その金○マ引きちぎると思えよ!」
「は……はい!すんません!」
「分かりゃ良い!早速手伝って貰おうか……。」
家の中でスキーウェアとニット帽に着替えさせられ、雪が積もった野菜畑に駆り出されたオレたち二人は、ドレイク夫人から説明を受けた。
「雪が積もった畑のどこかに、野菜の詰め合わせが入ったカゴが3つ入ってるから、それを見つけ出して欲しいの。スコップとかは、自由に使っていいから。」
一面ただ真っ白な為、ヒントはほぼゼロ。手当り次第に雪の地面を少しずつほじくって行く。
「見つかったか?」
いつの間にか、後ろにドレイクさんが立っていた。
足音も気配も全くしなかった。よろず屋のミリオンさんもだが、このおじさんもまるでカタギの匂いがしない。
「い、いえ……まだです!」
「キリキリ探しな!昼は短しほじくれ地面!」
「すいません!すぐに!」
最近の若者はイヤに反抗的だと、幼い頃近所のオバハン達がウワサしていた。
だが、その反抗的な若者も、この農園の首領に逆らうのは不可能だろう。それ程の威圧と迫力を、オレは今目の当たりにしている。
「ジョーっつったか。お前さん、一体どっから来たんだぃ?」
「どっから……スか。」
「オレァ、ルシアナ夫婦をよく知ってる。あの二人もかなりのお人好しだが、いくら亡き息子に似てるからといっても、どこの馬の骨とも知れん野郎を簡単に養うほど不用心じゃあるめぇよ。
長い付き合いのアイツらを、心配してる身として聞くが、オメェ……ロングライド家の、何だ!?」
威圧的な目だった。ヘビをも睨み殺しそうな、冷酷な目。
不用意な発言をすれば、すぐにでも叩っ斬られそうだ。
どう言えば良い?だって本当に、オレとマイケルさんが似てるから……ジェームズさんはしばらくウチにいて欲しいって……。
強いて言えば、俺に行くあてもなく、まして頼れる人も誰もいなかったこと……でもなんだろう。今では何となく、それだけじゃないような気がしている。
あの夜ベルがオレを助けてくれたこと、その次の朝ジェームズさんがオレを家に置いてくれると言ってくれたこと、オレがこの世界に生まれ変わって、マイケルさんと似たような姿を受け継いだこと。すべてが、まるで一本の糸でつながっているような、そんな考えを巡らせているウチ、気がつけばオレは口走っていた。
「これから、家族になる男です!」
「……?」
「まだあの家の皆の事……知らない事の方が多いし、 ロングライド家の皆さんがそう言ってくれても、傍から見ればオレは赤の他人かもしれない。でも、あの家が大好きで、あの家にいたい気持ちは、この世界の誰より強いつもりだから……今すぐには無理でも、いつかきっと、ちゃんとロングライド家の一員になってみせます……!俺はロングライドの家族になる男です!」
頭が真っ白になった。具体性も中身もない無茶苦茶な物言い。
だが、よく見るとドレイクさんの目は和やかになっていた。
「言うじゃねぇか、若造……。仮にもルシアナの恩師たるオレに、そこまでの啖呵切ったんだ、せいぜいアイツらに孝行して、この世界一イイ男になって見やがれ……!」
「……押忍!」
少なくとも悪印象は持たれていない様だが、自分のハードルを自分であげてしまったような気がして、少し肝が冷えた様な、かと思えば、ドレイクさんに啖呵を切った自分が清々しい様な、複雑な気分だった。
夕方には野菜のカゴが全て見つかり、家で休ませて貰ってる内に、オレとベルは揃って眠りこけてしまった。
女将が起こしてくれた時、時計を見てオレは冷や汗をかいた。
「し、し、7時半〜!?」
急いでベルを起こし、荷物をまとめた。
ベルは半分寝ぼけていたが、悠長なことを言っていては帰れなくなってしまう。
家を出て、見えなくなるぎりぎりまで、二人はオレたちを見送ってくれた。
「今度はもっとゆっくりしていらっしゃいね〜!」
「おいジョー!ベルちゃんをしっかり連れて帰れよ!?」
「押忍!」
この雪景色とも、冬場までお別れか……。
ま、雪景色は好きだけど、自然のバランスとかを考えると、その方が良いのかもな……。
猛ダッシュで駅に行くと、着いた時既に窓口の駅員さえいなかった。
「どうする?戻る?」
ベルが聞いてきたが、絶対にベルを連れて帰るとドレイクさんと約束した手前、今戻るのはどうしても気が引けた。
「いやぁ……歩こっか……。」
ロングライド家のある『WALNUTS』(くるみ)の駅までは、路線沿いの一本道を進めば辿り着く。
かなり長い道だが、ベルは文句も言わずに付いてくる。
だが、やがて後ろからの足音が止まった。ベルは疲れからか、その場にすわりこんでいた。
「ベル……?」
「ごめんねジョーお兄ちゃん。疲れた。寒い。もう歩けない。」
仕方なくオレはしゃがみ、ベルに背を向ける。
「乗んな。おぶってやるから……。」
ベルは、思ったよりずっと軽かった。学生カバンを背負うのと、あまり変わらない。これなら、おぶるのもそれ程難しくない。それに、ベルは今日一日オレ以上に動いたし、一切ワガママを言わなかった。疲れるのも無理はない。こんくらい、してやらねぇとな……。
「寒くねぇか?」
「大丈夫……ありがとう。」
声はやはり眠そうだが、受け答えははっきりしている。
「にしてもお前……ドレイクさんに『彼氏』とか言うな。ビックリしたよオレ……。」
「なんで……?」
「なんでって……そりゃ冗談でも、笑えるのとそうでないのが……。」
「……冗談じゃなかったら、怒らない?」
「……え!?」
ベルが何を言ったのか、オレは一瞬分からなかった。
ただ、ベルの言葉はいつも正直で、確かに重みがある。
そのベルの口から、出るハズのない言葉が聞こえた様な気がしたのだ。
「お前それ……どういう……?」
返答が返ってこない。だが、ベルのすぅすぅという寝音が聞こえ始めた。
「ちょ、お前……そんな意味深発言した直後に寝る!?」
この場合、ベルを責めても仕方がない。とはいえ俺も…まだまだ青年。色々考え、混乱しているうちに、ルシアナさんが作ってくれたのであろうビーフシチューの匂いが漂ってきた。
とりあえず、ドレイクさんとの約束は守れた事はひと安心。だが、ベルが寝落ちする間際に放った一言は、俺を眠れぬ一夜へと誘うことになった。