現在の食事事情
ⅵ
今日支給された弁当はキラーラビットの焼肉と米もどきのチャーハンだ。
成長期の僕としては栄養バランスを考えて野菜が欲しいところだけれど畑なんて無いこの町では狩人が山の中で取ってこなければならず、野菜は高級品なのだ。
唯一豊富に採れるのが旧世界の米に似た食材である米もどき--正式名称は僕も知らない--だけである。
米もどきだけはそこらの草原に必要以上に生えているので飢えることはあまりないのだろうけどあきるんだよね…
「なんだろうなー。弁当箱を開けたら"茶色!"って感じのこの彩の無い感じ。旧世界の食事についてお前に教えられなきゃ我慢できてたんだろうが今となっちゃ見た目も楽しめる弁当を食べてみたいぜ」
「確かに「旧世界の食事事情」を見せたのは僕だけどあれはミルツが食事に関する本が見てみたいって言ったから探してきた物じゃないか。それに山に行ったってどの野菜が食べられるのかなんて僕にだってわからないよ」
「そんなことないだろ。コウはこの間なんとかの植物せい…せい…た?なんとかって本読んでただろ?」
う…。なんでそんなこと覚えてるんだ。いつもなら僕が読んでいる本なんてかけらも興味を持たないくせに。食事のことに関する嗅覚だけは本当に馬鹿にならない。
ちなみに読んでいた本は「再生歴後の植物生態に関する報告書」だ。どうせなら本のタイトルも併せて覚えてほしい。
「山に入るなんて自殺行為だよ。そもそも山に行くまでに麓の林を抜けなきゃ行けないんだよ?先月麓の主が確認されたって情報も出ていたし危険すぎるよ。」
「主の目撃情報なんてその一件だけじゃねーか。山までいかなくたって林の中にも野菜はあるだろ?な?な?」
「でも…」
「それにほら。お前の大好きな神父様もいってたじゃんか。今年の冬は厳しくなりそうだから備蓄が心もとないってさ。」
「むむむぅ…」
図書室の管理人であり僕の勉強の先生でもある神父様の話を持ち出されると僕としても強くは言えなくなる。
それでなくても町に住む数少ない大人の一人で町で唯一の"古書使い"だ。形だけの町長なんかよりよっぽど発言に重みがあると考えるのは僕だけではないだろう。
「神父様も年を取ったからか古書の行使で体つらいって言ってたし、お前が神父様にねだるもんだからほいほい力を使って疲れさせてるんだから体を労わってあげたいだろ?」
どうしよう。ミルツがまじめなことを言って僕を追い詰めてきてる。そんなに野菜が食べたいのか…
「はぁ…わかったよ。確かに神父様のお体を気遣うのは僕の役目だね。付き合うよ」
僕だって野菜は食べたいし、神父様にもいつまでもお元気でいてほしいとは思っているから不承不承だけれども納得する。
やりぃ!と飛び上がって喜ぶミルツと一緒にそそくさと昼食を終わらせ、麓の林での野菜収集へと向かう準備に取り掛かった。
まだ昼過ぎだというのに麓の林の中は薄暗く感じる。
大きな木々が数十メートルの高さまで伸び、不規則に枝葉を伸ばして日光を遮っているからだろうか。
それだけでも不気味なのに何か生臭い臭いまで漂ってきている気がする。
それなのにこいつは…
「こっちの…はなんかガラガラしいから毒もってそうだな…お、こっちのは薄い色だし食べられるんじゃ…おーい!コウ!これなんてどうだ?」
薄い紫をした根菜のようなものを指さしながら手をぶんぶん振り回して目をキラキラさせているミルツを見ると僕は本気で頭が痛くなってこめかみを強く抑えながら首を振る。
「ミルツは昔っから食べ物のことになると生き生きとしだすよね。」
因みにそれ、触るだけで体がしびれるよ。と忠告すると高速でバックステップをするミルツを放っておいて僕は周囲の気配を探りながら野菜を探すことにする。
暫く二人で周囲を探索するとミルツが息を飲む音が聞こえた。
何事かと驚いて僕も慌ててそちらへ駆け寄ると目の前にたくさんの赤くていい香りのする実がなっている数十本の木を見つけた。
僕も思わず息を飲み、これは…と呟きながら恐る恐る近づいて行く。
「ミルツ!お手柄だよ!野菜じゃないけどこれはフルーツだ!しかもフルーツの中でも一番入手難度が高いミグメの実だよ!」
「うぇ!?あの王都の貴族たちしか食べられないミグメの実なのか!?」
「うん!これだけあれば下手をすると王都に家が建つ量だよ!」
「ミグメ御殿…!」
呆然とするミルツを置いて僕は手ごろな高さにあるミグメの実をもぎ取って口にする。
シャリっという心地いい噛みごたえと共に口の中に何とも言えない甘みが広がり、芳醇な香りが鼻を突き抜ける。
みずみずしい汁がころころと舌の上で転がって僕の体内へと収まっていく。
口の中が空になったはずなのに体の奥からいい香りがするような得も言われぬ感覚だ。
「お…俺も食うぞ!」
ミルツも慌てて実をもぎ取り口にする。
カッ!という音がしそうなほど目を見開いた後、溶けるんじゃないかと感じるほど惚けた顔をしているミルツ。
よほどその味に感動したのか体をぶるぶると震わせて惚けている。
わかる。わかるよ。その気持ち。ただし、僕はそんなに目を見開けないけど。