殺しの兎と狩人(見習い)
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途中で小石を蹴りながら進むのにも飽きてきたころに今日の狩場が近づいてきた。
キラーラビットの生息地だ。
注意深くあたりを見渡すと 左前方を確認していたミルツが肩を叩いて合図してきた。
指さす方を見つめると100メートルほど先に子供が立って入れる程の穴を見つけた。
その周りに白とも灰色ともつかない毛色でちょうど僕と同じくらいの兎のような魔物、キラーラビットが3匹ほど群がっていた。
獲物を確認した僕らは頷き合ってから
「それじゃ打ち合わせ通り2地点からの挟撃で。僕はあっち。ミルツは向こうね」
「まかされてー」
お互い小声で最小限の会話をして別れた。
奴らは自分の巣穴から30メートル程度の範囲内でする音に過敏に反応して、音がした方へ向かってくる習性があるのでお互いに巣穴を挟んで向かい合うように狙撃ポジションにゆっくり移動する。
移動に5分程かけて弓の届く範囲へと更に移動すると背の高い雑草に隠れているミルツが僕に向かってひらひらと手を振っているのが見えた。
準備完了の合図だ。
「ふー。新品の弓だし新しい戦法だから少し不安だけど…」
狩りを始めるため、深呼吸をしてから頭のスイッチを切り替える。矢筒から一本の矢を取り出して弓につがえる。
「ふっ!」
キリキリと引き絞った弓からシュン!という小気味いい音を立ててキラーラビットへ向けて矢が飛んでいく。
僕の放った矢は少しそれたが見事に一匹のキラーラビットの首元へ突き刺さった。キラーラビットは一度大きく体を震わせるがそのまま力尽きドサリと大地に体を横たえた。
「う~ん。さすが500ゴールドの弓だ。飛距離も精度も支給品の弓と違って優秀だな」
獲物を倒した安堵感もあり、僕は弓の性能に目を見張った。
今まで使っていた弓は狩人になった時に渡された物をだましだまし使っていたものだから愛着はあるが安物なのだ。
旧世界の人類を駆逐した隕石の欠片がほんの少しだけ含まれた木材で形作られた弓を手に取り感嘆のため息をつく。
500ゴールドが僕の半年分の稼ぎだからこのくらい出来て当然といえば当然だけど。
仲間が目の前で倒された事もあって残りの2匹が首を上げ、耳をくるくる動かしながら音の出どころを探している。
そこに別の方向からもう一本の矢が飛んできて僕の方を向き掛けていたキラーラビットの後頭部に見事に突き刺さった。
矢の飛んできた方向を見るとミルツが人差し指を立てて空を指さしている。
「ふっふーん!どやぁ!」といっているに違いない…本当にお調子者なんだよなぁ。
ミルツが手を高々と上げたせいで警戒していた残りのキラーラビットがミルツを見つけて駆け出した。
ミルツがあわてて矢筒から矢を取り出そうとしているけれどこのままでは間に合わない。
が、僕はそうなることは既に予想済みで狙い澄まして矢を放った。
シュン!ドッ!という音を立てて今度は僕の矢がキラーラビットの後頭部へと見事命中した。
ミルツはほっとしたような表情をしたあと、こちらに手を挙げて「ごめんごめん。てへっ」みたいな顔をしている。
キラーラビットじゃなくてミルツに向けて撃ってやろうか…
巣穴から異常を感じたキラーラビットがわらわらと6匹ほど出てきた。
今度はお互い無言で交互に弓を放っていく。
合計4往復したところで6匹のキラーラビットを倒す事ができた。
僕が二本外したのはきっとまだ弓に慣れていないせいだろう。
外れたのがミルツに襲い掛かってきてるキラーラビットの時ではなくてよかったと無理やり自分を納得させて僕は小さなため息をついた。
僕らはすべてのキラーラビットを倒し終わっても10分ほどその場から動かずに待機した。
巣穴の奥に隠れているキラーラビットがまだいるかもしれないからだ。
10分立った後、最後にもう一本弓を巣穴に向けて放つ。乾いた土に矢が刺さり、ドッ!という音を立てたが巣穴に反応はない。
これでも出てこなければその巣穴はもぬけの殻だとわかる。
やっと終わったとばかりに背伸びをして巣穴の反対側にいるミルツを見ると
ミルツもじっと屈んでいて体が縮こまったのか大きく両手を上げて体を伸ばしてから僕の方へ小走りで駆け寄ってくる。
「今日も俺の方が多かったな」
まだまだだなという目線から目をそらして僕は倒れているキラーラビットに近づいていく。
「しょうがないだろ。僕は小柄で力がないんだ。その代わり二人で挟撃すれば子供の僕らでもキラーラビットの群れを全滅させられるかもって作戦を考えたんじゃないか」
「まぁな。さすが頭脳派狩人サマだよ。いつもだったらはぐれたキラーラビット数匹仕留めて終わりだもんな。さて、さっさと片付けちまおうぜ」
ミルツに促されて僕とミルツの二人でキラーラビットを捌き始める。
頭部は重いし役に立たないので解体用のナイフで切り落として、手と足の爪には毒があるので太ももと肩のあたりで両手両足を切り落とす。
腹を開いて内臓を抜き、胸の奥から小石大の鈍色に輝く黒い欠片「魔石」を取り出して解体完了だ。
魔石は隕石の粉塵を吸収した食物を食べた魔物の体内で結晶化したもので、僕の弓にもそこそこ高純度な魔石が取り付けられている。
武器に魔石を埋め込むことで武器の耐久度や性能が少しあがるため、成人を間近に控えている狩人は例外なく得意武器に魔石を取り付けている。
小型の魔物の魔石では大したことも出来ないが、これを王都に納め、町の維持にかかる材料や食材を譲り受けている。
なんでも紙片の騎士団に納めるために回収しているという噂だが僕にも正直よくわからない。
本当は毛皮も剥いで肉を小分けにした方が持ち運びが楽なのだが、こいつらは後で回収班が荷車で回収に来るからこのままにしておく。
一通りの解体が済んで「僕らが倒したから回収してね?」という目印になる旗をたてると調度太陽が真上に来ている事に気が付いた。
「コウ。そろそろ飯にしようぜ」
狩りよりも解体でくたびれた僕も頷いて食事の準備をする。
ナイフで解体するには小柄な僕では力が足りないので疲れるのだ。
ショートソードは狩りで接近した時に使うものなので解体に使う物ではないし、何しろまだ新品のショートソードを死体に使うのがためらわれたのだから仕方がないよね?