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あの店、あのカフェ、あの先生


東京の細く薄暗い路地に、「商い中」と書かれた貼紙のある一軒の店があった。

外から見ると、どこにでもあるようなごく普通の商店といったなんとなく温かみのある店だ。

その外見に騙され、今日もその店の被害者が出たのだった。

青年は、サラリーマンとして毎日真面目に会社に勤めていた。しかし、毎日のように残業が続き、身も心も疲れ切っていた。

この日、勤めている会社の帰り道で、いつも通り過ぎるだけの商店に入ってみたくなった。特にこの店に寄る理由もないが、たまには寄り道でもして気を紛らわそうと思ったのだ。

「こんにちはー」

といって青年は店に入っていった。

店に入ると奇妙な形をした装置が転がっており、異様な雰囲気を醸し出していた。

しばらくすると奥から店員らしき人物が出てきて、はきはきと次のように声を発した。

「どうも、なめちょん先生だよ」

なんだこいつは。

客に対し、タメ口を使い、自分のことを「先生」と呼んでいる。普通なら、この店員、いやこの店を不審に思うだろう。

しかし、この店の圧迫感に翻弄され、青年は何の疑いもなく、店に入った動機を説明した。

「あの、ここら辺いつも会社の帰り道なんですけど、今日初めて寄ってみたんです。えっと、面白いお店ですね、いろんな機械があって」

人は、子供のころから先生には敬語をつかえと教えられている。そのせいか、先生と言われるとつい敬語を使ってしまう。

例えば、「学校の先生」、「病院の先生」、そして「なめちょん先生」。

だからこの青年も、この店の店員に敬語を使ってしまっているのだ。つまり今、上の立場に立っているのはこの店の店員、ということなのだ。そして、青年より上の立場にいる自称先生がこういった。

「え、あんた初めてこの店に来たの。ヘー、ほー、ふーん」

完全にこの店員は、客である青年を馬鹿にしている。

しかし真面目な青年は、戸惑いながらも店員の言葉にうなずいた。青年がうなずいたとき、店員はもう次の言葉を発していた。

「あんたね、先月のキットを使ってるんじゃないの。あれはもう古い。今月のおすすめはこれ、なめちょんキットⅡ」

もはや理解不能。まるで宇宙のどこかの言語が、空耳で日本語に聞こえているようだ。

まず、ひとつ前の言葉とのつながりが、まるでないではないか。

そして、初めて寄ったことは発言済みのはずだ。しかしこの店員は、青年をまるでこの店の常連のように扱っている。

さらに、「なめちょんキットⅡ」という商品名も、自分自身の名前である「なめちょん」を使っている点で狂っている。

そんな、なめちょん先生のセールストークは続き、キットの効果についてしゃべり始めた。

「このキットはね、誰でもこのなめちょん先生になることができるんだ。あんたはこのなめちょんキットⅡに選ばれし人物なんでしょ、ほれ買いなされ」

何故なめちょん先生になる必要がある。

そして誰がこんなキットなんかに選ばれるのだ。

突っ込みどころ満載だが、青年は、「ほれ買いなされ」という言葉で自分の危機を察知した。

青年はもう、なめちょん先生の操り人形だ。

青年が危機を感じてから数秒たった時、なめちょん先生は昔の催眠術の道具のような、五円玉と紐を結び付けたものを取り出し、青年の前でゆらりゆらりと振り始めた。

青年はこんな原始的な催眠術にかかるかと思っていたが、催眠術をしているのはなめちょん先生だけではなかった。

先ほどまでごろごろ転がっているだけであった奇妙な形をした装置が、明らかに青年に向け超音波のようなものを発信していたのである。

青年は三六〇度催眠術に囲まれた。

そのとき青年はなめちょん先生が口を動かし、そのあとにお辞儀をする姿を見た。


青年が目を覚ますと、細く薄暗い路地に横たわっていた。

しかし、あたりを見渡すがあの店の姿はなく、「テナント募集中」の看板があるだけであった。

路地をよく見ると、少し離れたところに、小さい紙袋と、青年の財布が落ちていた。

青年は心配になり、財布の中身を見たのだが、身に覚えのない一枚の紙切れ以外は何も入っていなかった。青年は急いでその紙切れを読んだ。

「お買い上げありがとうございます   なめちょん先生」

紙袋の中には、「なめちょんキットⅡ」が入っていた。



ニューヨークの細く薄暗い路地に、「OPEN」と書かれた貼紙のある一軒の店があった。

外から見ると、どこにでもあるような小さなカフェといったなんとなくオシャレな店だ。

その外見に騙され、先日東京からニューヨークに転勤になった青年が店に入った。

この店最初の被害者となりそうだ。

青年は、アメリカにまだ慣れておらず、このようなオシャレなカフェにはいったことが無かったのだが、慣れない海外生活の気を紛らわすために店に入ったのだった。

「ハ、ハロー…」

というようなぎこちない英語を使いながら青年はカフェに入っていった。

カフェに入ると奇妙な形をしたコーヒーカップが多数並べられており、異様な雰囲気を醸し出していた。

しばらくするとカウンターに店員らしき人物がひょっこり現れ、明らかに流暢ではない英語で青年にしゃべりかけてきた。

「Hi,boy! I’m Dr.Namechon.」

………なんだこいつは。

客を「ボーイ」扱いにし、自分のことを「ドクター」と呼んでいる。

普通なら、この店員、いやこの店を不審に思うだろう。

しかし今青年は、前に商店で無理矢理商品を買わされてしまったときの事を思い出していた。

そして青年は、今このカフェにいる店員があの時の犯人であると確信した。

だが、今騒ぐと何をされるか分からないので、今は騙されたふりをしておくことにした。

「あの、ここら辺いつも会社の帰り道なんですけど、今日初めて寄ってみたんです。えっと、おしゃれなカフェですね、コーヒーカップとか」

と青年は日本語で言ってみた。

さて、「ドクター・なめちょん」はどのような反応をするのだろうか。

普通なら青年が日本語を話せることに突っ込むのだろう。

しかしドクターは、

「え、あんた初めてこのカフェに来たの。ヘー、ほー、ふーん」

と日本語で言っている。

青年は確かに「初めて来た」といった。

しかし、今回注目すべきなのは「初めて」ということではないはずだ。

しかし、青年がそんなことを思っている間も「ドクター・なめちょん」の話は進んでいる。しかも、当たり前のように日本語を使っている。

「あんた、なめちょんキットⅡを使っているんじゃないの。あれはもう古い。今月のおすすめはこれ、なめちょんドリンコ」

青年はこの時、何とかここから抜け出す方法を考えていた。

「このドリンコはね、誰でもこのドクターなめちょんになれるんだ。あんたはなめちょんドリンコに選ばれし人物なんでしょ、ほれ買いなされ」

青年は、「ほれ買いなされ」という言葉で良い考えが浮かんだ。

これで「ドクター・なめちょん」はもう、刑務所行きだ。

青年に良い考えが浮かんだ直後、ドクター・なめちょんはいつものように5円玉と紐を結び付けたものを取り出し、催眠術をしはじめた。

青年はとっさにポケットから鏡を取り出し、催眠術を「ドクター・なめちょん」に当てた。

すると、「ドクター・なめちょん」は眠った。

「勝った――」

青年はそうつぶやいた後、警察に通報した。

ガバッ。

青年は短い夢から覚めた。

しかしこの時まだ青年は気づいていない。催眠術にかけられたのは青年だったこと、「ドクター・なめちょん」にまた財布の中身を盗られたことを……


                        (完)

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