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新緑と煉瓦のヘイマウィスト

 私は久しぶりに体感した六本脚の馬の速度で、〝橋〟から遠く、あいかわらず緑でいっぱいのどこかへと辿り着いた。


 一応、ほこりをかぶっていたパスポートを持参して、エルフ国に入るのにややこしい審査とかがあるんだろうって覚悟はしてたけど、実際にはそんなことはなかった。

 私が来るとわかってたから、事前にいろいろ準備をしてくれてたんだろう。〝橋〟で私を出迎えてくれた人たちは、みんな笑顔で手際よく、私を通してくれた。

 〝エルフ国に入国するときは、ほかの国みたいにパスポートにスタンプ押してもらえるらしいよ〟って磨波(まなみ)から聞いてたから期待してたのに、あまりにも手際がよすぎて、パスポートはちらりとチェックしただけでスルーされてしまった。なんだか損した気分だ。

 私を〝橋〟まで案内してくれた執事さんは私を茶色い毛並みの六本脚の馬が()くソリに乗せて、自分はほかの馬の鞍にまたがった。私のいるほうの馬には、〝橋〟の門番をしていた騎士さんの一人が乗って、手綱を握った。

 彼は六本脚の後ろに据えつけられたソリのほうを振り向いて、快活な笑顔でこう言った。

「ようこそ! エルフ国へ」



 * * * * *



 私の目の前には、一棟の大きな建物が立っている。

 クリーム色の石壁に、真っ赤なレンガで組み立てられたその風体は、いかにも歴史がありそうな雰囲気を醸し出している。

 玄関には簡単な雨除けがついていて、装飾の施された木製のドアの両脇では、鉢に植えられた観葉植物がシンメトリーの列を作る。

 等間隔に並んだ窓の数を数えてみると、建物は五階建てのようだった。横に広がる窓の数は、多すぎて数える気がなくなった。

 建物は草原のなかにぽつりと立っていて、少し離れた先に、向かい合うように同じ造りの、だけど色だけが赤から青に変わったような建物が同じように草原のなかにぽつりと立っていた。

 二棟とも、なんとなくヨーロッパのどこかの博物館かアパートに似ている気がした。

 赤い屋根のほうの玄関口には羽飾りをつけたキレイな女の人の青銅像が、青い屋根のほうの玄関口には、鍔広の帽子を被ったおじさんの青銅像が、威厳たっぷりに据わっていた。

 二棟の玄関から伸びる草の消えた跡は建物同士の真ん中で合流して、まっすぐ西へと進んでいる。

「すごい……」

 六本脚の馬と騎士さんを見送った私は、目の前の広大な建物と自然のコントラストに目を奪われていた。

 フリーヤニルくん以外の六本脚の馬に乗ったのは初めてだったけど、今日乗った子も割り合い大人しい気性だったから、おかしな心配はいらなかった。

 春物のセーラー服のまま、ものすごい速さで空を飛んでいたのに寒さを感じなかったのは、もしかすると魔法のおかげかもしれない。

 辺りは見渡す限りの大草原、そのなかに池や川、丘や山なんかが景色を埋めている。澄んだ青い空と、綿あめ(私のことじゃない)みたいな綿雲が、春の心地よさに拍車をかけていた。

「お疲れ様です綿天様。此処が、ヒャールンヘイムルにございます」

 執事さんが、(ほう)けた私の後ろから声をかけた。

「ヒャールンヘイムル?」

「はい。ノルド語で〝湖の住まう地〟という意味で、その名のとおり美しい湖や山で有名な地域です。数百年ほど昔は、王侯の別荘地として栄えておりました」

 執事さんの言葉に、改めて周囲を見回す。

 たしかに、こんなところに別荘があったら素敵だろうな。普段住んでいる家よりも、こっちのほうに入り浸ってしまいそうだ。

「昔は小国が幾つかあったのですが、エルフ国として国が統合され、首都が此処から遠く離れたヴィーズブラーインに制定されてからは、地方貴族と地主の所有となり、主に富裕層の行楽地としても栄えるようになりました。数十年前に政府が此処一帯を買い取って行楽地の外れに設立したのが、ヴァナ・ホルガルの分校なのです」

「へえ……」

 地方貴族、と聞いて、シャルノのことを思い出した。

 スコーグル゠フローディ゠ウッルル。

 今はちゃんと言えるようになった、シャルノの名字だ。前に見たお屋敷からもわかるとおり、シャルノのお(うち)はかなりすごい家柄の貴族らしい。もしかしたら、シャルノのお父さんが持っている別荘が近くにあったりするのかもしれない。

「それで、その学校はどこにあるんですか?」

「学校の(しゅ)な施設は、ここより少し離れております」

「え、そうなんですか」

「はい」

 執事さんは頷いた。

「今居ります此処もヴァナ・ホルガルの領地内ではあるのですが、地形や規模の関係上、学校そのものは少々歩いたところにございます」

「へえ」

 たぶん、この草のなくなった道の向こうに、学校があるんだろう。

 道は途中でうねって丘の向こうへと入っているため、私が通うことになる学校の様子はまだわからない。

「では綿天様、そろそろ参りましょうか」

「あ、はい」

 執事さんの声に、西へ向けた顔を戻す。

 眼鏡の位置を直した執事さんは手で指し示しながら、

「あちらの青い屋根の建物が、ヴァナ・ホルガル大学士校ヒャールンヘイムル分校の、男子寮でございます」

 そして手袋をはめた手を反対方向へと振って、

「そしてこちらの赤い屋根の建物が、同校の女子寮でございます」

「え、これが寮なんですか?」

 驚いて、私が訊き返す。

然様(さよう)でございます」

 執事さんが肯定して、私は改めて目の前の建物に目を向ける。

 これが、寮?

 これから私が暮らす?

 こんな古くからある一流のホテルみたいな建物が、学生寮として使われているなんて……とてもじゃないけど、信じられない。

 ヨーロッパの有名な大学とかだと歴史ある建物とか珍しくないって聞くし、これくらいは普通なのかな。

 寮暮らしなんて初めてで、しかもそれが遠い異国のエルフ国で。ずっと不安だったけど、こんな所で生活できるのは……ちょっとラッキーかも。

 執事さんは一頻(ひとしき)り私が驚いたのを見届けてから、

「さ、参りましょうか」



 * * * * *



「知ってるか、我が友アカルン」

「なんだ、我が友グロン」

「今度、我らが友シャルノが復学するらしいぞ」

「なんだって?」

「なんだ。まだ知らなかったのか」

「その噂、本当なのか。よもやシャルノ違いじゃあるまいな?」

「勿論。シャルノ・ウォルスンガルでも、シャルノルン・アルドルナリでもない。あのシャルノ・スコーグル゠フローディ゠ウッルルが、今春から二年生として戻ってくるそうだ」

「……何年も前に理由も告げず、消え去ったあいつが……今更どうして?」

「スコーグル゠フローディ゠ウッルル家の事情はわからんが、……もしかすると、昨年のごたごたとなにか関係があるのかもな」

「それにしたって、異例だな。シャルノのことも、そのごたごたの渦中だった〝留学生〟のことも」

「ああ。彼女のおかげで、俺たちが日本語を話してた苦労がやっと報われるってもんだ」

「そうだな。──そういや知ってるか、我が友グロン」

「何をだ? 我が友アカルン」

「留学生として来られる(くだん)の舟星嬢は、噂のシャルノとは懇意の仲らしいぞ?」

「なっ………。それ、本当か」

「知らん。風の噂だ……が、ヴァナ・ホルガルに流れる噂だ。(あなが)ち嘘とも言い切れん」

「…………」

「…………」

「なんにせよ、二人を歓迎せねばな。我が友アカルン」

「そうだな、我が友グロン。我らが友シャルノと、我らが友になるであろう、舟星嬢のために」



 * * * * *



「まあまあ。ようこそいらっしゃいました、舟星さま」

 扉を越えて寮の玄関へ足を踏み入れると、恰幅のいいエプロン姿のおばさんが私を出迎えた。

 にっこりと笑った丸い笑顔が、ほっと私の緊張をほぐしてくれる。

 寮の玄関は思っていたほど煌びやかではなかった。

 毛皮の絨毯とか、鹿の頭の剥製とかが飾られているんじゃないかとちょっぴりどきどきしていたけれど、そんなものはどこにもない。年季の入った木目がむき出しの壁や柱が、奥行きのある空間を演出して私を出迎えていた。

 玄関からは左右に通路が分かれて、奥には階段が見える。

 室内に光を取り込むために、玄関からつき当たる壁は一面くり抜かれて、ガラス張りになっていた。その向こうには庭園が見えるため、四方の廊下に囲まれるような形で中庭が作ってあるのだろう。

 天井も同じ木造りだけど、床から天井までの距離がかなり高い。

 エルフはヨーロッパ人と同じルーツを持っている、って聞いたことがある。もしかしたら、背の高い女の子が多いのかも。

 私と同じくらいの背丈のおばさんは、ひと目見ただけでも、優しくていい人だというのがわかった。

 ふっくらとした体型にお饅頭みたいなほっぺたで繰り出される笑顔は、どんな相手でも否応なくほっこりさせてしまう魔法のようだ。

 エルフ特有の尖った耳さえなければ、近所のお店とかで学校帰りに「おかえり」って声をかけてくれてそうな雰囲気を感じる。

「はじめまして。舟星綿天っていいます。これから、よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をして、私はほっこりおばさんに挨拶をした。

「あらあら。ご丁寧にありがとうございます」

 おばさんも合わせて腰を折って、

「わたくしは寮母のムンゲル・スローアスクと申します。寮生の皆さんからは、〝ムンゲルおばさん〟と呼んでいただいております」

 笑みを絶やさずに自己紹介をしてくれた。

 名前はやっぱりノルド語だけど、〝ムンゲルおばさん〟って呼ぶと、なんだか本当に近所に住んでそうな雰囲気が出るから不思議だ。

 少なくとも、ヴァナ・ホルガル大学士校とか、ヒャールンヘイムル特殊分校──みたいに気難しそうな印象はまったく感じられない。

「じゃあ私も、ムンゲルおばさんって呼んでいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 おばさんはふふふ、と穏やかに笑みをこぼした。そして、おばさんは私の後ろで控えている初老くらいの執事さんのほうへ目を向けた。

「グロンス・ビュグウィル子爵。舟星様をお部屋へお連れしたあとで、お茶をお入れいたします。掛けてお待ちください」

 ああ、そうだ。

 家を出て、付いていくときに執事さんの名前を聞いたけれどすっかり忘れていた。

 例によって覚えにくい名前の執事さんは、目を伏せて小さく頭を横に振る。

(かたじけな)く存じますが、お気遣い御無用。今の(わたくし)は客ではなく、舟星様の案内人ですので」

「かしこまりました」

 ムンゲルおばさんは笑顔を崩さずそう返答して、私へと向き直った。

「それでは、お部屋へご案内しますね」



 おばさんの言葉に、学生かばんを()げ直した私は胸いっぱいに空気を吸って、木とレンガのにおいを肺に送り込む。

 ここからが始まり。

 ここが私の決意を現実にする、はじめの一歩。

 あの日誓ったように、もう一度。


 一年間考え続けた私と、優しいシャルノの物語をここからやり直そう。



 そのために私は、満面の笑みでもって、おばさんに元気よく言葉を返す。

「はいっ!」


heimavist -学寮



 大変長らくお待たせしてしまいました。

 涙目の桜雫あもる です。


 最近本っ………………………当に忙しくて、思うように小説を書く時間が取れていません。

 合間の時間を見つけてはああでもない、こうでもないと頭を悩ませながら少しずつ書き進めているのですが、それでもこんな遅い更新になってしまいました。


 心待ちにしてくださる方がいらっしゃるかは分かりませんが、お待たせしてすみません。


 この話で、『星屑エスケープ』終盤のフラグを回収? しました。

 春物セーラー服を着た綿天ちゃんが、エルフ国の寮に入るお話です。

 ああ、イラスト描きたい。

 そして投稿したい。


 以前にもどこかで述べた気がしますが、ここ「小説家になろう」の提携サイト「みてみん」さんにも一応登録はしているのですが、Safariの影響なのか何なのか、イラストを投稿できないまま一年が経とうとしています。

 現代日本においては致命的と言える機械音痴の筆者には、まだ解決はできなそうです。


 解決でき次第、幾つかの投稿小説にイラストをつけたいと思っています。

 あまり期待せずに話半分、「ふーん」と鼻を穿(ほじ)るくらいの気持ちで聞いていてください。



 それでは、引き続き『ほうき星エプリ』をお楽しみください。

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