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誘致と再訪のフリィシャ

 四月二日。

 眩しい日の光が青い空から差して、新学期の門出を告げる朝。


 私はいつもどおりに制服を着て、ローファーを穿いて、最後に身だしなみをチェックして家の玄関に降り立った。

 そのままドアノブに手をかけようとして、お母さんがあわててお弁当の包みを渡してくれる。


 そこまではいつもといっしょだけど、今日の登校は今までとは全然ちがう。

 私の手には、学校用のかばんとお弁当のほかに……あの手紙が、握られているからだ。



 * * * * *



 拝啓 舟星綿天殿



 春光麗らかなこの日頃、如何(いかが)お過ごしであろうか。


 先日の大変な無礼、誠に申し訳なかった。

 我々はいま、自らの過ちを認め、誤った(まつりごと)を正し、人間世界とよい関係を築けるよう腐心している。

 エルフ国の総意として、ここで正式に、限りない謝罪の意を申し上げる。

 どうか、広い御心でお許しいただきたく存ずる。



 此度、このように文を綴ったのは、貴姉にとある制度の試験を依頼するためである。


 貴姉の存在は、我々エルフと人間とを密接に繋ぎ、良好に結ぶために欠かせないものである。

 その事実はエルフ国、人間世界との共通認識である。

 そこで、今回各国との学術会談にて可決した、エルフ国人間世界間の友好を深め、文化を互いに知るための相互人員派遣制度の初期試験委員を、貴姉に務めていただきたい。

 貴姉こそが、この(えき)に最も適任であると日本国が申し入れ、それが我々を含めた全ての国と地域の代表に受け入れられた結果である。

 試験期間は今春より一年、貴姉の貢献によっては、試験期間が延長されることも十分に考えられる。



 貴姉がこの申し出を棄却するならば、数日の(かん)にその旨を仮エルフ国大使館日本支部へご連絡賜りたい。


 棄却の申し出がなければ、(きた)る卯月の二日、案内の者を遣わす。



 僭越ながら、よき返答を期待する。



 敬具



 筆者 アルンガルズル・グラフ執筆官

 起案、企画等 アウザリンス・フラム゠スルーズヴァングル・イェルン外務省渉外官

         エロフ・タルム・ブロムクウィスト

         ビルゲル・エベルグ

         トッラク・アグナルッソン

         ソルウェイ・フラム゠リョースフリョート・ハウゲン

          他

 弊校総合学長 ビヴリンディ・フロン゠ラード・アーヴァル

 学術教務省大臣 ポル・ウィース・アヴ゠ウィリ゠エンン゠ウェー・リンドホルム

 認可印 君王ガンダールヴル ⅭⅡ・アヴ゠ユングヴィ

 特別推薦人 シャルノ・グロンラル・フラム゠リョースヘイムル・スコーグル゠フローディ゠ウッルル弊校二回生




 * * * * *



 そう。そこには、〝シャルノ〟の名前があった。

 今までの手紙も宛名はシャルノだったけど、エルフ国から届く公文書では、全部〝ブリック〟だった。

 シャルノの名前がこういう正式な手紙に書いてあるのは、これが初めてだった。


 だから私は、この手紙の言いたいことはよくわからなかったけれど、お父さんとお母さんと話をして、最終的に断らないことを決めたのだ。

 いつもは私より早く家を出るお父さんも、今日は私の後ろ姿を見守ってくれている。お母さんも心配そうな顔をしている。

 でも私はもう決めたんだ。

 これに同封されていた、シャルノからの手紙を読んで。そうすることにしたんだ。

 私はもう、一年前の弱い私じゃない、はずだ。


 自分の気持ちを勇ませて、勢いよく玄関の扉を開ける。

 すると、門の向こう側に人影があった。

「おはようございます。舟星綿天様」

 丁寧にお辞儀をしたのは、背の高い老齢の男性だった。

 漫画に出てくるような執事服をきちっと着こなしていて、口元にはぴしりと整えられた白い顎髭。

 硬いような柔らかいようなその渋い声を聞くと、なんだかこっちまで畏まってしまう。

「は、はい」

 思わず声がうわずった。

「おはようございます」

 朝の挨拶を返す。執事さんは会釈をしてから私の背中に目をやって、

「お父様、お母様も、ご機嫌麗しう」

 突然、人生で一番丁寧な挨拶をされて、お父さんとお母さんは目に見えて戸惑った。

 びくついて、あ、どうも……なんて返す二人の姿が、申し訳ないけどちょっと滑稽に映った。

「さて」

 執事さんが、確かめるように口を開く。

「その扉を開けられたということは、我々と共に来ていただけると。そういうご決断で、相違ありますまいな」

 今さら、迷うことでもない。

 お父さんとお母さんの痛い視線を背中に受けながら、私は無言で頷く。

「承知いたしました。この度は寛大なご決断、誠にありがとうございます」

 執事さんは再び、ゆっくりと腰を折った。

 それから、

「では、参りましょうか」

 私のほうを見据えて、白い手袋をまとった手を仰向けにして差し出した。

 まるで、舞踏会でダンスでも申し込むかのように。

「貴女にとっては懐かしの──エルフの国へ」

 そして、私の日常は趣を変える。



 * * * * *



 私はまた、あの世界へ足を踏み入れる。


 幻想的で、不可思議で、とっても魅惑される……あの世界へ。

 もう私を追うものはなにもない。

 私の知らない残酷な真実もない。


 目の前の不安から逃げ出さず、彼らの長い影を追い求めて。

flytja -転学、移転




 こんにちはこんばんは。

 桜雫あもる と申します。


 作中出てくる人名ですが、これらは古ノルド語(北欧神話の言語)、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語の名前、姓や形容詞を複数組み合わせて作ったものです。

 活動報告にも書いたとおり、人名の表記法も一新しました。


 それぞれの名前にはちゃんと意味があります。

 今後再登場するかはわかりませんが、端役各々にもきちんとした名前を与えてあげたい筆者の親心、どうかご理解いただきたいです。


 それでは引き続き、『ほうき星エプリ』をお楽しみください。

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