絶えること無い焦りと気苦労
ガラガラガラガラ……
「あっ」
学校に辿り着いたのは午前九時頃。俺はクラスメイトから注目を浴びつつ、窓側の一番後ろにある自分の席へと座った。
どうやら運は良かったのか、黒板には大きな文字で自習と書かれてあった。校門にいた見張りの先生は上手いこと撒けたし、これはもしかしたら遅刻扱いにはなっていないかもしれない。
「ちょっとアンタ、一体何があったのよ? 学校休むなんてアンタらしくもないじゃない?」
教室に入って一番最初に視線を向けてきた女の子が、一つ前の席から身を振り返って話し掛けてきた。
「別に何もねーよ。ちょっと色々あっただけだ」
「明らさまに矛盾した答えなんだけど、気のせいじゃないわよね?」
「うるさいなー、細かいことをグチグチ言うんじゃない。そんなんだからその胸も成長の兆しを見せないんだよ」
顔面に重い一発をもらう俺。こいつまた一段と力を上げてやがる。
今この瞬間に女子力皆無の突きを放ってきたのは、小波湊。大きな白リボンに長い黒髪ポニーテールが特徴的な俺の馴染みの一人だ。
「やっさん、今後はあんまりミーナを刺激しない方がいいよ。この前なんだけど、五六人の不良相手に圧倒しているところを見たくらいだからね」
そしてもう一人、最も馴染み深い親友が隣の席から話し掛けてきた。
サラッサラの茶髪ロン毛を一本に束ね、背景に花か何かを備えれば絵になる二枚目。俺達はこいつのことをウニ助と呼んでいる。本名を言わないのは、そのあだ名が定着し過ぎて奇跡的に忘れてしまったからだ。
「マジでか。やっぱこいつの祖先ってゴリラ――いや、もっと違う狂暴性を持ち合わせた未確認生物かもしれないな」
「アンタにだけは狂暴性でディスられたくないんだけど。人のこと馬鹿にする前に、自分の汚点を見直す努力をしなさいよね」
「……ごめんなさい」
「そうそう、そうやって素直に自分の非を認めれば――んんっ!?」
しまった。朝からドタバタし過ぎて疲れてるせいか、言い返すよりもあやまることを優先してしまった。
ミーナは引きつった顔になると、隠しきれない動揺を曝け出しながら俺の両肩を掴んできた。
「やっさん、アンタこの一日に一体私が何があったのよ!? 何!? 死ぬの!? 近々天にお召されるの!?」
「お、落ち着けって。だから俺は至って正常だって。全然大丈夫だって」
「アンタがアタシに謝るなんて、今までの人生を振り返っても指で数えられる程しかないのよ!? 絶対何もないわけないじゃない!」
「それに何だか顔色も悪いよ? やっさんはすぐに顔に出るから、単細胞のミーナでも何かあったってことくらい、手に取るように分かるよ」
「アンタも然り気無くアタシをディスってんじゃないわよウニ野郎!」
二枚目の顔に拳が叩き込まれ、俺達は仲良く鼻血を流す同士となった。
「おいおい何だか騒がしいな? 痴話喧嘩か?」
「何々!? もしかして男二人によるミーナちゃんの取り合い!?」
「キャー! 合戦よー! 女一人のための桶狭間戦が勃発よー!」
ノリだけは無駄に良いクラスメイト達がぞろぞろと集まってきた。このクラスって一人一人が個性強くてロクな奴がいねぇ。
「で? どっちが今は優勢なんだ? 罪な女だなミーナも」
「爆ぜなさいボケナス共。これ以上誤解を膨らませるなら、アンタらの背が半分縮むくらいの一撃叩き込むわよゴラァ」
「そんなミーナたんがとってもキュート。いやん、可愛――」
男子生徒の一人が廊下の方にぶっ飛んで行った。ミーナの蹴りをモロにくらった以上、アレはもう助からないだろう。だって、こいつの足先から『ジュゥゥゥ……』とか鳴って煙出てるんだもの。
つーか最近は爆音ばっかり聞いてんな俺。いつかには俺本体が爆発するんじゃないかと不安でしゃーない。
「それでミーナちゃん。本当は何があったの?」
「何かがあったのはアタシじゃなくてコイツよ。くだらない討論の末、コイツが私に謝罪の言葉を届けてきたわけ」
「皆ー! 今日はやりたいことを存分にやっとけー! 地球最後の日だぞー!」
「じゃあ俺は貯金全部使って女遊びでもするかな」
「じゃあ私は自分が満足できるだけ相手を攻められる風俗かな」
「おーい、ここにも重症患者がいたぞー」
コイツらのノリが愛くるしすぎて、思わず愛で殺してしまいたくなりそうだ。そこまで珍しいことじゃねーよ全く……。
「確かに今日のやっさんは、賞金3億ベリーくらいはある悪人顔になってるな。どうしたんだお前?」
「人をお尋ね者扱いしてんじゃねぇ。……もう分かったから。素直に話すから、今から話すことは他言無用だからな? もし噂の一つでも流れたら、俺はこのクラスメイト全員を連帯責任で半殺す」
一人残らずゴクリと固唾を飲み込み、一瞬にして空気が張り詰める。
別に深刻な話でもないが、もし皆のことが言い回されたら大変だ。仮に、異星人なんて存在が世間に出回って捕獲なんてされてしまったら、俺はあの三人に合わせる顔がない。
……まぁ、約二名は捕らわれの身になるような華奢な奴等ではないのだが。
「えーとだな……掻い摘んで説明すると、空から降ってきた天使と将軍様と全知全能に屋根を破壊されて、結果的に皆がホームステイすることになった」
「マジで大丈夫アンタ? 頭沸いた?」
「僕の知り合いに有名な精神科の先生がいるんだけど……行く?」
「人に真相聞いといて何だその態度!? 張り倒されてぇかコラ!?」
長い話でもないのに関わらず、気付けばクラスメイト全員が自分の席に戻っていた。何人か白けた視線を送ってきている奴もいて、殺意の波動に目覚めそうになってしまう。
「いや本当なんだって。お前らにはちゃんと教えておくが、本当に空から異星人が降ってきたんだよ」
「嘘は不幸を呼ぶって知ってるアンタ?」
「あぁもう良いよ! 分かったよ! 所詮お前らはその程度の信頼関係だったってことかよ! 外面良くて中身最悪の魔性の魔女だったんだな二人共! 嫌いだ! 人間なんて嫌――」
「うるさい黙れ」
「……すいません」
物心ついた時からの関係だというのに、なんて冷たい奴等なんだ。約一名は冷たい+狂暴というステータスの持ち主だし、やっぱり俺の身内にはまともな奴が一人もいない。当然、俺も含めて……。
「さて、冗談はこのくらいしておいて……。やっさん、異星人が降って来て、何か支障があったってことだよね? 例えば、朝に弱いからそこを突かれて何かされたとか」
「友よ! 俺が信じられるのは竹馬の友だけだ!」
ガシッと熱い抱擁を交わす。しかし、信じてくれたウニ助に対し、ミーナの視線は冷たいまま微動だにしない。今思うとこいつ、リースに似通った何かがあるな……。
「ちょっとウニ助、アンタマジでこの話を信じるつもり?」
「やっさんはこういう時に嘘はつかないよ。仮に嘘をついていたとしても、やっさんは顔に出て分かるからね」
「ハァ……男ってどうしてこうも馬鹿なのかしら?」
「単細胞に言われたくない台詞第一位だなそれ」
直後、今度はさっきの蹴りが再び繰り出されるが、俺は右手一つで受け止めた。そう何度も同じ手は食わないぜ。
「ちっ、まだ衰えてないのね“その腕”」
「まあな。そんなことより、お前はまだそっちサイドなのか? もし本当に信じられないのなら、今日学校が終わったら家に来るか?」
「えぇ? アンタの家に? ウジとか沸いてるんじゃないの?」
「よし、それじゃ遊びに来いよウニ助。夜は旨い物食べさせてやるからさ」
「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな」
というわけで、放課後はウニ助を家に招待することなった。さて、今日はミコさんにどんな料理を作ってもらおうか――
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何で許可出すのはウニ助一人なのよ!」
「あァ? すいませんね~、うちはウジとか沸いて出てくるんで~? 清潔病患者は来れないと思うんで、一応配慮したつもりなんですけど~?」
「ぐっ……こ、この脳筋野郎……」
「お前にそれだけは言われたくねーっての。それじゃ親友、今晩の献立を共に考えようじゃないか」
「それじゃ今日は、大勢で簡単に食べられるように鍋で手を打とうよ」
こういう時、顔に似合わずこの二枚目はノッてくれるから話の分かる奴だ。俺達はわざとミーナに背中を向けてひっそりと喋る。
「くっ……ぐぅっ……」
チラッと後ろを確認すると、涙目になりながら歯を食い縛っている姿が見える。素直になれば良いだけの話なのに、マジでリースそのものじゃねーかコイツ。
(やっさん、そろそろ構ってあげないと拗ね始めちゃうよ?)
(そうだな。それじゃいつものように頼むわ)
コイツは拗ねると何日もその時のことを引き摺るので、手を打つタイミングが重要なポイントになってくる。今日はこのくらいにして、もう釣り上げてやるとしよう。
「あ~、でも鍋って新鮮な野菜とか選ぶの重要になってくるよな~?」
「そうだね~? 僕達はそういうの見る目ないから困るよね~?」
ミーナに聞こえるようにわざとらしく会話を弾ませる。ミーナはムッとした顔になりながらピクピクと耳を動かしている。
「それじゃ~鍋は厳しいかもな~? 今日は諦めるしかないか~?」
「でも食べたいな~? 僕はもう口の中が鍋の味になっちゃったよ~?」
「そうか~? あ~、どこかに目利きの良い奴はいないかな~?」
……そろそろかな?
「……な、何よアンタら情けないわね~? 何だったら『目利き上手の心眼力』という異名を持つこの私が付いていってやっても良――」
「安心しろ愚人。料理では敗北した私だが、新鮮な食材を見抜く目は誰にも負けぬ。あの白髪を除いて、観察眼で私に勝るものはいない」
「そっか~、それじゃ――ぶふっ!?」
自然に会話に混ざって来た乱入者が一人。その将軍様は、窓の外で堂々と仁王立ちしていた。
「……へ? だ、誰この人? ていうか、ここ三階――」
「オラァッ!!」
「むぉっ!?」
誤魔化すために俊足の蹴りを放ったものの、無駄に身体能力が高いため、紙一重で避けられてしまう。そしてよくよく見てみると、リースは常備品の傘の上に立っていたようだ。それって魔法の箒だったのかよ。
「急に何をするか愚人。随分と荒々しい挨拶ではないか」
「帰れ! いいから帰れ! なんでここにいんの!? なんで付いてきちゃってんの!? 身の程を知っとけよ!」
「私は宇宙一の大将軍だぞ? 何にも縛られないのがこの私だ」
「そういうボケは求めてねぇから! いいから大人しく俺の言うことを聞け!」
「むぅ……仕方のない奴だ」
リースは不満げな表情を浮かべ――教室の中に入ってきた。
「ふむ……他に良い腕を持つ者はそこの馬の尻尾くらいか……これでは奇襲を受けた際、ひとたまりもないではないか」
「帰れっつってんだろ!! ここは軍の本拠地じゃねーんだよ!!」
何をどう聞いたら滞在という選択肢が出現するのか分からない。コイツを攻略するのは骨が折れるどころか、粉々に砕け散って修復不可能状態だ。
「なんだなんだ? 誰だあの娘?」
「コ、コスプレ……?」
「も、萌えるでガンス……デュフフッ」
またもや俺の騒動が注目を浴びてしまい、皆の視線は全てリースに注がれる。それに対するリースの表情はドヤ顔。その余裕ある笑みをぶっ飛ばしたくなる。
「ちょ、ちょっとやっさん。誰なのよこの娘? アンタの知り合い?」
「知り合いではない。そんな容易に言い表せる程、私達の仲は単純なものではない」
「え?そ、それってどういう……?」
言い方が紛らわしい! 妙な誤解が産声上げて産まれたらどうすんだこの野郎!
「やっさん……もしかして、アンタは自分の趣味を押し付けて……」
ほーらね!? 早速ミーナから蔑まれた視線を頂いちゃったよ!?
「んなわけねーだろ! これはコイツが勝手に着ているだけの服だ! それとリース! これ以上状況がややこしくなる前に帰――」
ピシャーンッ!
その時、突然教室のドアが勢い良く開けられた。どうやら、こんな最悪のタイミングに先生がご到着してしまったよう――
「ほいほい、んじゃまー出席を取るぞ~。お主らの中で欠席してる者はお手上げ~」
黒いジャージの上から白衣を着た眼鏡女教師。それが俺達の担任のスタイルである、ストレートな白髪を持つ者。皆はその名をコヨミ先生と呼ぶ。
「――って、んなわけねーだろっ!!」
何故か先生として更なる厄災がご登場してしまった。しかもその白髪野郎の横には、白のセーターと薄紫色のスカートを身に纏い、猫耳ニット帽を被ったミコさんまで付き添っていた。
「はいそこ~。ギャーギャーと合コンの二次会のノリで騒いでないで、さっさと席に付くんじゃ~」
「黙れ全知全能! 人をおちょくったような目を常時維持しやがって何様だテメェ!」
「元神様ではないか?」
「律儀な補正は入れなくていいんだよ!」
マジで気苦労が絶えない。家では無理でも、せめて学校でくらいは何もかも忘れて時を過ごしたかったのに、まさかここまで魔の手を伸ばして来るだなんて思いも寄らない出来事だ。
しかも今更気付いたが、俺以外の奴等全員がこの状況を受け入れている。まるで、コヨミが元々ここの担任を請け負っていたかのような雰囲気だ。
……あいつ、絶対洗脳的な何かをしやがったな。
「えー、ではでは本日のホームルームを始める……といきたいところじゃが、今日は急遽授業内容を変更して、保健体育の子作りの社会見学を――」
「お前らちょっと来い!」
「え? ちょ、ちょっとやっさん!?」
「……きっと彼女達がそうなんだね。楽しそうだな~やっさん」
俺はリースとコヨミの後ろ首を掴むと、前代未聞の授業が行われる前に屋上へと待避していった。




